二 呉越同舟

「近藤局長。昨晩から三条木屋町の宿屋に不逞浪士の出入りが確認されています。そこに桂小五郎の姿があると情報が入りました」

 八木邸の離れに滞在していた近藤のもとへ島田かいが現れる。島田は狸吉たぬきにも負けないほど筋骨隆々とした男で、今は新選組の監察方を担っている。

「うむ。早速今晩向かうか」

 近藤がぱちんと膝を叩くと、土方が庭で稽古をしている原田に声を掛ける。

「原田。総司と平助を連れていけ。あと芹沢先生にも伝えろ。斎藤、魂喰たまくいに伝達を頼む」

 「承知」と言い残し斎藤が屋敷を出る。

「はいよー。しんちゃんは?」

「新八は俺らと待機だ」

 土方から永倉新八と同行できない事を聞いた原田がつまらなそうに口を尖らせた。

「さて、近藤さんよ。京の兇魂くたまってのはどんなもんだろうな。俺らも偵察に行くか」

「トシは一緒に踏み込みたいだけだろう?」

 はははと近藤が豪快に笑うと、土方がふっと口元を緩める。

「俺らは突いて出て来た桂を捕えりゃいい。まずは芹沢あの人よりも先に手柄を得る」

「芹沢先生には前線を任せて我らは後方で待ち、確実に捕らえる。うん、さすがはトシだな」

 近藤は顎をさすると含んだ笑みを浮かべ、夜を待った。



「はーーーーー。もうかいな。あれからたった3日やで。密な付き合いになりそうやなあ」

 日が落ちた京の町、めんどくさそうに狐火がぼやく。

 狐火こっこてん、狸吉の3人が屋根の上から町の様子を見下ろしていた。

「手柄を立てることこそが新選組が生き残る道。それは我らとて同じだろう」

 町中に真っ黒い羽織を羽織った新選組がぞろぞろと集まり出す。貂がその集団をキョロキョロと見回し何かを探していた。

「若虎か? 貂は若虎が気になんねやろ」

「若虎?」

 初めて聞く言葉に貂は首をかしげる。

「藤堂平助。諱は宜虎よしとら。新選組で一番若い隊士やそうや。やから若虎と名付けたった」

 狐火が自慢げに嬉しそうに笑う。

「この前壬生に行った時、ずっと気になってたやろ」

「はい」

 素直に答える貂に狐火が満足そうにする。

「お前と同い年くらいちゃうか? よろしゅうしたりや」

 貂と狐火が話していると、集まっていた隊士達に少し遅れて藤堂がやってきた。やはり結った髪を前にたらしたその姿は、小袖と袴、重々しい黒い羽織と二本差しの刀がなければ女にも見える。

 しかしこの時の藤堂の顔はとても怖かった。

 ――笑ったりすんのかな、あいつ。

 貂が藤堂の後ろ姿をじっと見つめる。

 目的の宿屋から少し離れた場所、隊士たちが集合すると土方が声を上げた。

「それじゃあ、今から出陣する」

「土方さん、私が前に」

 土方が藤堂の言葉に頷く。

「出発!」

 藤堂が威勢よく声を発すると宿屋に向かい走り出す。後から隊士達も続いて走った。魂喰の面々も屋根や木々、塀を伝い新選組を追いかける。不逞浪士が潜んでいると通達のあった宿屋に着くと、藤堂が思い切り扉を開けた。

「御用改めである!」

 隊士達が土足のまま宿屋へと踏み込む。宿屋の亭主が狼狽えていると、店の奥の裏口から走り出る浪士の姿が見えた。

「二階を頼みます」

 藤堂が原田と沖田に声をかけると二人が階段を駆け上がる。藤堂は裏口へと走り、裏庭に出たところで浪士二人と対峙した。その様子を貂が屋根から見下ろす。

 藤堂が刀を抜き、刃を下に向けたまま間合いを取る。浪士は刀を青眼に構えて相対する。


「やあああああああ」

 浪士が藤堂に詰め寄り、刀を左右横ざまに振る。それを藤堂が刀で止めると、そのまま刀を振り上げ、刃で相手の刀を振り払う。浪士は衝撃で柄から手を離し刀を飛ばしてしまう。瞬時に襲ってきた藤堂の突きを辛うじて躱すとそのまま逃げ去った。追いかけようとする藤堂にもう一人の浪士が斬りかかる。

「幕府の犬が!」

 その言葉に反応したのか、藤堂の瞳孔がきゅっと縮み浪士を睨んだ。浪士が刀を振り上げるが、振り下ろす間もなく気付くと藤堂が浪士の懐に入り込み、浪士の腹には刀の刃があてがわれていた。

「うるさいよ」

 藤堂が腹に当てた刃を上に引き抜くと、浪士の前面が切り裂かれ血しぶきが舞う。

「あいつ、剣の腕が立つのか」

 藤堂の斬り合いを貂が見守る。少し離れた場所では狐火が楽しそうに扇を口に当て隊士と浪士の乱戦を見つめていた。


 宿屋の二階では原田が先陣を切り攻め入っていた。

「ねえ、ここに桂小五郎がいるって聞いたんだけど、知らない?」

 原田が槍の穂先を浪士たちに向ける。

「知るか! 我らの忠義、邪魔はさせんぞ」

「ちゅうぎ?」

 浪士の答えに原田が面白くなさそうにする。

「原田さん、ここは頼んだ。俺は奥を探す」

「はいよ! 今日は新ちゃんの分まで働いちゃうからね!」

 沖田に答えた原田の脳裏には、励まし送り出す永倉の顔が浮かぶ。

「あくまでも捕縛だ! 忘れんなよ」

 走り去りながら沖田が叫ぶ。「うんうん」と原田が頷き槍を構えると、今までのへらへらした顔から一変。口元をニヤつかせ、眼を光らせた。

「大人しくしてたら捕縛でいいって」

 原田が嬉しそうに言い放つと浪士の一人が斬り込んでくる。

「大人しく捕まるかよ!」

 まっすぐ胴に突いて来た浪士の刀を槍の柄で絡めとると、そのまま刀を払い体をくるっと一回転させながら相手に詰め寄る。ついでに原田の背後から斬りかかってきた浪士を足蹴りにした。

「背後からって。それで?」

 浪士の目と鼻の先まで詰めると、刀を払われ空いた浪士の胴に穂を突き立てる。浪士が動けば穂が腹に突き刺さる。この状況に冷や汗を垂らし、身動きが出来なくなる。

 その隙に他の浪士数名がバタバタと逃げ出す。

「逃げ出すって。それで?」

 相手より低い体勢のまま原田が上目遣いに浪士を見る。

「大人しくしてたら、捕縛でいいって」

 かるくウィンクすると浪士はずるずるとへたり込み観念した。


 沖田が二階の奥へ進むと、渡り廊下から手摺に捕まり一階へと飛び降りていく浪士たちを見つける。後を追い沖田が躊躇なく飛び降りる。そこから先は藤堂がいる裏庭へとつながっており、浪士たちは沖田と藤堂の挟み撃ちに合う。

「あんま斬らんといてほしいなあ。仕事が増えるわ」

 狐火が暴れる新選組を見てぼやく。

「そろそろ出る頃だ」

 狸吉の合図に貂が叫んだ。

「沖田さん! 兇魂が出ます。出来るだけ早く捌けてください!」

「ついに来るか!」

 沖田が楽しそうに笑うと浪士に一気にたたみ掛けた。

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