第35話 怒りのウララさんと消えた勇者

 屋上は今、別の空間へと隔離されていた。「杉浦 灯」……ウララが「コンキスタドール」と呼ぶ異次元からの敵が姿を現したのだ。屋上に姿を見せたのは、いつものダイバースーツのような恰好をした男だった。だが、ウララはその男が身に付けている金色に輝くブローチに目がいった。


『あれは金のブローチ!? ――ということは、今ここにいるのが……なんだっけ、金のオカメ? オカマじゃなかったわよね……。マカオだったかしら』


 静寂が支配する世界で、レジスタンスから通称「金のカメオ」と呼ばれている男は声を上げた。


「ここには『適応者』の女が1人いるんだろ? 出て来いよ! さっさとしないとこの高エネルギー源のチビ女を抜け殻にするぞ!」


『やっぱり狙いはホメ子さんなのね! 私のホメ子さんをチビなんて侮辱した罪は重いわよ!』


 ウララは自ら進んで男の前に立った。ここでは夏の暑さも感じとれない。


「適応者は私よ! 金のオマメ! 納豆みたいな通り名しちゃってさ! ホメ子さんに手を出したら許さないから!」


 男はゆっくりとウララに顔を向けて、口元だけで不気味な笑顔をつくった。


「威勢がいいな、小娘。大した力があるようには見えんし、ここに送られたやつらの程度が知れる。すぐに片付けてやろう」


 ウララは男のわずかな動きすら見逃さないように注視している。目の前の相手がどれほど危険な男かはすでに聞き及んでいるからだ。視線を外さないようにしながら、スリッパを脱ぎ捨てた。あまりに動きにくいからだ。


『イサミんはどこに……いいえ、人に頼っていはいけない。私がなんとかするんだから』


 ウララがイサミんの居場所を探したその一瞬、彼女の注意は目の前の男から逸れていた。そして、男にとってはその「一瞬」が十分な時間だった。


 まるで瞬間移動したようにウララの背後に現れた男は、彼女の背中を思い切り蹴り飛ばした。まるでサッカーのフリーキックのような勢いだ。そして蹴りの直撃と同時に強烈な衝撃波を叩き込んでいた。


「ッッ!!」


 ウララはシールドも張れずに蹴りと衝撃波をまともにその身に受けて吹っ飛び、本来なら触れるのも熱いくらいの屋上の地面に転がった。


 ウララはもぞもぞと立ち上がろうとする動きを見せる。それを確認した男はさらに追撃を入れようとする……が。


 彼とウララとの間に立ち塞がる人の姿があった。それは、この学校の制服を着た男子だったが、顔には珍妙な仮面を被っている。


「僕の名は『サハギン仮面』、これ以上彼女を傷付けるのは許さない」


 金のカメオの男は、仮面の造形を見て笑いが込み上げるのを抑えていた。この仮面は、以前にテルが美術の授業で作ったものとは別物だ。それを模して、仮面の主が新たに作った物である。その出来栄えは、残念ながら以前の物と比較にならないほど低クオリティだった。


「貴様は何者だ? レジスタンスとも違うようだが……どこから現れた?」


 サハギン仮面は答える。


「お前が現れたとき、あと2人仲間がいる気配がした。彼女には悪いと思ったけど先にそっちの始末をさせてもらったよ」


 この台詞に男はわずかながら驚きをみせた。仮面の男が言う通り、彼は仲間を2人引き連れて来ていたからだ。そして、その気配が消えているのも同時に感じていた。


「よくわからんが、どうやら寝転がっている小娘より貴様の方が危険のようだな」


「お前たちが何者か知らないが、僕の身近な人たちに手を出すやつを許すことはできない。貴様はもう僕の怒りをかっている。覚悟するんだな」


 ふたりの男は一触即発の雰囲気を纏いながら、ゴーグルと仮面越しに睨み合っていた。

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