第9章 そこに「終わり」が集う

第34話 飛べないカラスはただの人

 夏休みが間近まで迫っていた。入学直後は1日1日がとても長く感じられたが、人間の適応力というのは凄まじいものだ。ひと月も過ぎた頃にはすべてが「当たり前」に変わっている。


 高校生で初めて迎える夏休み、中学最後の夏休みから1年経っただけだというのになぜか少し背伸びしたことをしたい気持ちになっていた。


 オレが仲良くしているクラスメイトはテル、イサミん……あとはホメ子さん、彼女と特に仲良さそうなのはリンさんとウララさんかな。せっかくだから友達だけでどこかへ出かけてみたいと思った。中学生のときはそういう経験をしなかった。


 そんなことを考えながら外を眺めていると、テルから声をかけられた。


「カラス、なんか今から航空写真の撮影があるらしいぜ? みんな屋上に集合だってさ」


「航空写真? そういえばそんな話してたな。こんなにいい天気ならみんな仲良くしかめっ面だな」


 外は雲一つない青空だった。7月の陽射しは厳しく、屋上なんかに出たら鰹のタタキの気持ちが理解できそうな気がする。


「カラスくん、テル、屋上に行くんだろ? 一緒に上がろうか」


 教室を出るところでイサミんに声をかけられた。最近はほとんどこの3人でつるんでいる。そういえば、テルとイサミんはホメ子さんを奪い合うような話をしていなかったか……。あれから進展はあったのだろうか。いや、今ここでオレと一緒にいるのが進展のない証拠ではないだろうか。


 イサミんは意外と勉強だけは苦手のようだが、そこに目を瞑れば完璧超人みたいな男だ。テルもちょっと陰気な雰囲気こそあるが、それが逆にダークヒーロー的なカッコよさを醸し出している。運動神経は抜群で、勉強もそつなくこなしている。この二人でダメなんて、君は難攻不落の要塞なのか……、ホメ子さんよ。


「そういえば、『航空写真』て言ってるけど、ドローン撮影らしいな?」


「ドローンなのか、学校の財布に優しい仕様にしたんだろう」


「すまない、カラスくん。『どろーん』ってなにかの音かな?」


「イサミん、『ドローン』知らないのか? なんて説明したらいいんだ……。U.F.Oみたいなやつで……いや、『U.F.O』も知らなかったか」


「イサミんは案外抜けてるところあるよな? まあ天から五物くらいもらってそうだからご愛敬ってところだろ」


 オレたちは他愛のない話をしながら屋上への階段を上がっていった。階段の一番上まで上がって所々錆びついた鉄の扉を開ける。金属の擦れる不快な音が響いた。外に一歩出ると、まるで別世界のように気温が高かった。


「あっちぃなー。塩タンか目玉焼きの気持ちがよくわかるぜ」


「クラス単位で撮影だよね? まだみんな集まっていないか」


 テルとイサミんはどちらに話すでもなく、屋上に出た感想を言いながら二言目には「暑い」と言っていた。この暑さは「暑い」より「熱い」よりだな。


 屋上への扉を開けたままにしていると、続いてホメ子さんとリンさん、ウララさんが上がってきた。


「うわっ……あっつ! ちょっとまだみんな全然揃ってないじゃない? 早く撮影して戻りたいのに……」


「ここにいると日焼けしそうですから、廊下に戻りませんか? メイクが汗で流れてしまいそうです」


「さすがは夏です! エアコンの入った部屋に引き籠っている私たちにここぞとばかりにその威厳を示してみせますね!」


 女性陣はそんなことを言いながら、屋上の扉付近に集まっていた。


 オレは今日の気温を見たくてポケットからスマホを取り出そうとした。


 あれ? スマホがない……。そういえば、授業のときにサイレントにして鞄に放り込んでそのままだった気がする。


「すまん、ちょっと教室にスマホ忘れたから取ってくる!」


 オレはテルとイサミんのいる方へと声を上げて廊下へ戻った。



「おう、慌ててコケるなよ!」



 テルの声が背中に届いた。走りにくいスリッパで階段を駆け下りていく。教室に戻ると、まだ部屋の中にはほとんどのクラスメイトが残っていた。オレたちが上にいくのが早すぎたようだ。


 鞄の中からスマホを見つけてポケットに入れ、足早に屋上に戻った。



 ――その後の出来事は振り返っても不思議だった。



 教室から屋上までは一本道で、寄り道するところはないはずだった。再び、屋上へ上がっていく途中、誰ともすれ違わなかった。


 それにも関わらず、オレが再度、屋上の鉄扉を開けると、そこには誰もいなかった。

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