第十二話 「地獄への道は善意で舗装されている」 後編






 元は採石場だったという場所の周辺の森が切り開かれていた。

 黄色や赤味が強い石で積み上げられた胸壁が四辺形を成している。

 一辺は二十間から三十間ほどだろうか。

 胸壁の高さは三間強。

 四隅に塔があるが、これはまだ未完成のようだ。

 周囲に空堀が掘られ、更にその周りに、作業小屋が立ち並んでいた。


 私を、その城を見て酷く懐かしい気持ちになった。

 たいして大きくはない。

 ここに住めるのは、せいぜいが、城主と家族親族、奉公人を合わせて三十人ぐらいだろう。

 そう判るのは、私がそういう城で育ったからだ。

 構造といい大きさといい、そっくりだった。


 私はディーにそんな話をしながら、馬を操って城の周囲を巡らせた。

 別に感傷的になった自覚はない。

 だが、ディーが私の背中に身を寄せてきて、その暖かさは有難かった。


 しかし北東の角、一番大きな塔の所で曲がった時、私とディーは驚きの声を上げた。

 一間ほど掘られた空堀の底に、巨大な蛇の抜け殻があったからだ。



 馬をつないでから、私たちは空堀に降りた。


「直接触れないで。呪いが移る怖れがある」


 ディーに警告されたので、私は触らないように注意しながら観察した。


 半透明で、光の加減によって虹色に輝く皮。

 かなりの厚みがある。

 蛇の鱗は、魚のそれと違って一枚一枚独立している訳ではない。

 実は一枚の皮であり、折り重なってる部分は半分ほどだ。

 固い鱗甲部と、それをつなぐ柔軟部が蛇の目模様を成す。


 それにしても、なんという大きさだろう。

 長さは、七間以上あるように見える。

 太さは、私の胴周りと同じほどだろうか。


「鱗の折り重なり部分があるから、抜け殻は実物より大きくなる。だから、その分は割り引いて考えて」


 ディーはそういうが、それにしてもでかすぎる。

 頭部など一抱えもあった。

 不思議な事に目玉の部分の皮もあって、不気味だ。


「その首が、稲妻のように噛みついてくる」


 ディーが、抜け殻の主の狩りの仕方を語る。


「腕かどこかを噛んだら、身体を横転させる。あなたは腕を折られながら、ひねり倒される。同時に、長い胴体があなたの身体に巻き付く」


 私は想像した。


「巻き付かれた時に位置が悪かった関節や、弱い骨は折れる。喉に巻き付かれなかったとしても肋骨が拡張できなくて呼吸困難になる。全身の血の流れがせき止められて、心の臓が止まる」


 全身板金鎧を着てきたら、違ったのだろうか。

 板金上着は身体に柔軟に適応してくれる分、衝撃吸収力は劣る。

 しかし苦しむ時間が伸びるだけな気もした。


「それから、蛇はあなたを頭から飲み込む。どこか引っ掛かるようであれば、締め上げ直して骨を折ったり外したりして、飲み込みやすくする。飲み込み終わったら、消化するまで数週間は身を隠してのんびり過ごす」


 ディーが、私がその話を消化し終わるのを待つように、間を取った。


「あの馬を飲み込ませた直後、身動きができない状態の所を叩く、というのが私の作戦。あなたが、どうしてもそれが嫌なら、正面切って大蛇と戦うしかない。どうするの?」


 ディーが私を見た。

 私が大蛇の正面に立ち続けられる望みは皆無だ。彼女もそう思ってる。

 だが、あえて彼女は私に問う。

 私の自尊心をおもんばかっているのだろうか? それともそんな判断もできないグズなら見限る算段でもしているのか。

 ……駄目だ。

 彼女を信じられなくなったら、私は本当に終わってしまう。

 不意に、そう思った。


「……わかった。ディーの作戦で行こう」


 私は、馬を犠牲にする事を決心した。





 空堀に掛けられた橋を渡ると、城門がある。

 城門のすぐ横には、堂々とした二つの塔がそびえ立つ。

 塔の側面にあるのは、こちらを狙う矢狭間。

 

 内開きの主扉は開放されている。

 そのすぐ内側の天井に、落とし格子の尖った下端が見えた。

 そこをくぐると、二間幅の通路。


 通路の左右の壁には、やはり矢狭間がある。

 天井と壁の角には、落とし口が空いていた。

 非常時には、あそこから岩だの煮えた油だのが降って来るのだろう。


 通路の終わりにはやはり落とし格子があり、こちらも内開きの扉があった。

 外からだけでなく、中庭に侵入した敵に対しても、この城門は防備を向けている。

 この城門の二階や三階に立てこもる、という運用も想定されているようだ。


 建設中なので、中庭も一面に土が敷き詰められているだけだ。

 奥の方、突き当りの城壁前に、領主が住む主館があった。

 切妻屋根に敷き詰められた、赤い焼きレンガの瓦。


 私は、主館の前に馬をつなぐ。

 残っていた燕麦を全て撒いた。

 鞍や鞍袋を外し、ディーと二人で荷物を全て担いだ。


 それから城を出て、職人の作業小屋の一つを根城に定めた。

 城から一番遠くて、歩いて小一時間ほどもかかる。

 小川のそばにあって、どうやら染物職人の仕事場だったようだ。


 ディーが鷹の羽を、小屋の軒先に吊るして回った。

 それから、小さな蛇の首を落として得た血と灰を混ぜ、地面に線を描く。 

 描いた線が、ぐるりと小屋を取り囲んだ。


「蛇除けのまじないをかけた。あとは、餌に喰い付くのを待つ」


「どれくらい、かかるかな?」


「わからない。抜け殻は必ずしも巣の近くにはない。でもこの近辺にいると思う。場合によっては、出直す事になるかも」


 食料は、あと一週間ほどは滞在できるだけあった。

 私とディーは、その作業小屋で二晩を過ごした。

 そして三日目の朝、ディーが何やら千切れた紐を見せてきた。


「蛇が罠にかかった。行こう」


 ディーに言われて、私は急いで鎧を着始めた。




 中庭に到着すると、よく判らない怪物がいた。

 一瞬そう思ったが、違う。

 本当に大蛇が、馬を飲み込みかけている。

 頭部から一間ほどの長さが、胴体よりも太く膨れ上がっていた。

 左右に分かれた下あごは今にも閉じ掛かっており、そこから馬の後ろ脚のだけが、いていた。

 抜け殻から想像していたよりも、巨大だ。

 その圧倒的な量感に、 私は思わず一歩退いてしまった。





「大丈夫! 行けっ!」


 ディーの叱咤に背中を押され、私は大蛇に駆け寄った。

 長剣を、蛇の後頭部を思しき辺りに叩き込む。

 丸太に斬りつけたような感触。

 刃は、鱗をわずかに傷付けただけだ。

 止まった刀身は、引っ掛かりもなく引き戻す事ができてしまった。


 その瞬間、大蛇が私を見た。

 瞳など無いのに、確かに私を見たと感じた。

 長い胴体がうねって、膨らんだ頭部を覆い隠すように割り込んでくる。

 ただそれだけで私は押しのけられて、尻持ちを突いてしまった。

 馬鹿みたいな体重差を感じて、ぞっとする。

 もし、奴が尻尾を振って叩きつけるような知恵があったら詰む。

 私は立ち上がって距離を取り、様子を伺った。



「見て、馬を吐き出そうとしている!」



 ディーが叫んだ。

 見れば、膨れ上がった頭部付近が、伸び縮みをしている。

 そして、確かに先ほどより馬の後ろ足が長く見えていた。


 私は飛び出して、左手で長剣の刃の中ほどをつかんだ。

 右手は通常通りつかを握っているので、長剣を短槍のように構えた形になる。

 中取りと呼ばれる技法。

 走り込んだ勢いそのままに、切っ先を鱗の重なりの間に滑り込むように突き込んだ。

 ブツ、と鈍い感触。

 大蛇がのたうつ。

 効いてる!

 たぶん、切っ先が鱗の裏側の皮を破って食い込んだ!

 左手や指は別に斬れてない。

 装甲手袋の内側に装甲はないけど丈夫な革製だし、刃の平を摘まむように保持している。

 刺突の推進力は主に柄を握った右手が生み出している。よほど下手を打って左手の握りが滑らない限り、問題ない。


 私は雄叫びをあげ、大蛇をめった刺しにする。

 気付けば、ディーも槍で同じように鱗の隙間に突き込んでいた。


 長剣は中途半端な武器だ。尖った性能は無い。

 しかし、色んな状況に対応できる。

 だから剣術道場では、長剣術を“全ての武器術の基本だ”と言って教えていた。




 大蛇を、何回刺したか判らない。

 少なくとも数十回は刺しただろう。

 しかし、思ったより大蛇に深手を与えられていない。

 下の方の胴体が割り込んでくる事もあるし、頭部付近も右に左に動くので、集中攻撃で傷口を広げる事ができない。

 単発でチクチク刺してるだけになってしまっている。

 

 もう、馬の後ろ脚がほとんど見えてしまっている。

 一番太い骨盤の辺りを越えたら、一気にズルっと抜けそうな予感がした。

 その時、馬を吐き出す為に大口を開けているその際に、桃色の肉がはみ出しているのが見えた。

 位置的に舌かと思ったが、筒状になっている。


「撤収! 撤収!」


 ディーが叫んで、走り出した。

 その声に弾かれるように、私は謎の肉筒に切っ先をねじ込んだ。

 すると思いのほか柔らかく、一尺ほども刺さった。

 中取りをしていた左手を外し、右手一本で更にねじ込んだ。

 刀身が更に深く突き込まれ、大蛇が跳ねるように暴れたので私は剣を失った。

 後ろ歩きに五、六歩下がる。

 大蛇が、こちらを狙っている気配はなかった。

 馬は暴れた際に完全に吐き出したようだが、苦痛にもだえているように見える。

 私は大蛇の様子を警戒しながら、ディーの後を追った。


 私とディーは城門の所で、のたうつ大蛇を見守った。

 四半時ほど経つと、ほぼ動きを止めた。

 それでも時折り動く。

 何しろ、蛇だ。

 首を落としても噛みつき、胴体はしばらく動いている生命力の持ち主だ。

 用心の為、更に一刻ほど待つ事にした。



 そしてようやく大蛇の動きが止まったと思われた。

 私とディーは、大蛇の口を開けて、長剣が刺さった器官を検分した。


「なんだろう、これ?」


「あ、ひょっとしてこれ、気管かもしれない……」


 ディーが、長剣を引き抜きながら見解を述べた。

 刀身には、大蛇の血がべったり付いている。

 とすると、大蛇の死因は肺に血液が流れ込んだ事による溺死、又は窒息死か。

 


 私たちは、帰途についた。

 馬を埋葬するのも、大蛇を解体するのも二人ではしんどく、諦めた。

 何しろ帰りの道のりが長い。

 しかも歩きだ。

 石工棟梁に頼んで、後始末は任せてしまおうと思っている。


 蛇の素材をジュリアーノに渡せば、幾ばくかの金にはなったかもしれない。

 しかし、その選択肢は私の中で既に無い。

 この旅の間に固まって来た思いを、野営の時にディーに打ち明けた。


「ジュリアーノを、このまま放っておく事はできない、最近、そう思うんだ。奴を止める事はできなくとも、告発だけはしておきたい」


 ディーは、私の話を聞きながら、枝でおきびを整える。


「……一当てして、すぐ逃げる。約束してくれる?」


「分かった」


 私がうなずくと、ディーはため息をついた。


「そんな事になるんじゃないかとは、思っていた。ま、仕方ないか」


「すまん」


「いいわ。その代わり農場に行ったら、きりきり働いてもらうからね」


 彼女はそう言って、苦笑を見せた。

 






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舞台はゲドロン城をイメージしてるよ

https://playducation.net/291313201820062723



大蛇さんと気管

Anaconda Devours Huge Meal | Monster Snakes

https://youtu.be/gP0xoRrf8i0


大蛇さん、牛を吐き戻す

Giant Anaconda snake throws out the cow it swallowed earlier. Rare ANACO... https://youtu.be/N01lOeNhoUM


大蛇さん、人を噛む

アナコンダに襲われたとき、最も効果的な対処法は? | ナショジオ https://youtu.be/LMVFvJkS9nU


中取り。ハーフソード

FACT Open House 2012 - Longsword in Armour

https://youtu.be/hK0Dko-5MYg


Half-swording - Why grabbing a sharp blade in a sword fight is not crazy https://youtu.be/vwuQPfvSSlo

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