第十三話 「雨を呼ぶ者」 前編













 数日後。

 私は、マリオンの家を訪ねた。

 そして、迷宮について知った事を、全て話した。

 しばし、彼は、絶句した。


「何か、手立てはあるかい?」


 私は、尋ねた。


「……思いつくのは、国王の巡回裁判に訴える事でしょうか」


「そんな所だろうなぁ。でもまあ、ジュリアーノがあそこまで自信満々なんだ。そこら辺には、たっぷり鼻薬が効いているんだろうさ」


 マリオンも、肯いた。


「今や、あの商人は"国王の金庫番"とも呼ばれているそうですから……。でも、やり様はあるかもしれません。

 もし国王が、ジュリアーノの資産を接収する気になれば……。昔、聖騎士修道会に対して、そのような企てがあったと聞いた事があります」


「そういう風に、持っていけるの?」


「私の父も、所詮は陪臣ですので……。ただ、お仕えしてるのが王家譜代の伯に連なる方ですので、まずは、そちらにご注進という形になるでしょうか」


 私は、口をへの字に結んだ。


「まあ、あまり無理はしないでくれ。何なら、放っておいてもいい。お前さんには、まずはオードリーの面倒をきちんと見て欲しいんだ」


「しかし……」


「まあ、まあ。それより、これを頼む」


 承服しかねる様子のマリオンを制して、私は持ち込んだ長持ながもちを開けた。

 中には、私が貯め込んだ銀貨が詰まっている。


「これは?」


「オードリーの持参金にしてくれ。それと、うちの使用人君や女中さん、あと女中さんの娘夫婦もオードリーの召使いとして連れていってくれないかな」


「カスパーさんは、どうするのですか?」


「オレは、逃げる。とんずらするよ」




 更に数日後。

 私は、ユテル修道士にも同じ話をした。

 彼は、腕組みして、考え込んだ


「何か、人に示せる証拠はあるのだろうか?」


「ありません。ディーの呪術によって知った事ばかりですから」


 ユテル修道士は、項垂うなだれた。


「ディー殿と貴殿が言うなら、私は、信じる。しかし、前途ある若い修道士たちの事を考えると……」


「いいんです。ただ、この事をご承知置いてくだされば結構です」


 それから、私は居住まいを正して、ユテル修道士に向き合った。


「それと、急な話で申し訳ないのですが。私は、ここを去る事にしました」


「待て、いつ出立するのだ?」


「今日にでも。おさらばです、ユテル修道士。あなたに会えて、本当に良かった」


「……こ、この者が! 名残を惜しむ場ぐらい設けんか!」


 老修道士に、叱られた。

 彼は、私を力強く抱擁した。

 目元に、光る物があった




 家財道具がなくなり、がらんとした我が家で、ディーと落ち合った。

 彼女は、ノルドの居留地から戻ってきた所だ。


「どうだった?」


「大丈夫、予定通り。小早船こはやぶねが一隻、私たちを待ってくれている。大河までは馬を用意したよ」


「乗馬の練習しておいて、良かったよ」


 私の今日の武装は小刀一本だ。

 あとは、いつもの綿入り刺し子縫いの胴着のみ。


「ソーリンは、連絡ついた?」

「使いは出したけど、どうかしらね。まあ、あの子なら何とでもなるでしょ」


 そんな風に、ディーは言った。


「それで、ノルドの男たちはどうかな?」

「難しいね。王様直々の雇われ兵ではあるけど、やっぱり表立って街の参議会にたて突くのは無理みたい。でも、たまたま今日、街の外で演習をするんだって」

「そっか。それは偶然だなぁ」

「偶然ね」


 私とディーは、ヒッヒッヒと笑い合った。


「じゃあ、行ってくる」

「市門で、待ってる」


 私とディーは、口付けを交わした。



 その日、歩兵傭兵団の宿営地では、集会が開かれていた。

 歩兵傭兵たちは、定期的にこういった集会を行う。

 そこで、待遇の改善や報酬の追加など、要求を取りまとめて、中隊長や、その上の総隊長に上申する。

 もちろん、必ずしも要求は通らないし、上からは煙たがられる。

 しかしこれは、歩兵傭兵団ができた時から連綿と続いている習わしだ。


「さて! 次の議題は、特務兵カスパーから、何やら訴えがある!」


 司会を務める中隊付軍曹が、私を呼んだ。

 私は、 お立ち台に登る。


「待てよ! なんでそんな奴が、話をできるんだ?」


 傭兵たちの間から、声があがった。


「五名以上の倍給兵の同意があれば、誰でも提議できる! これは集会の習わしである!」


 軍曹の台詞に、傭兵連中は不満そうだった。


「さて、ご納得いただいたところで」


 大きな声を出したつもりだが、喉が詰まって蚊の鳴くような声しかでなかった。


「……ごほん! さて! ご納得いただいたところで! 聴いて欲しい話がある!」


 咳払いをして、仕切り直した。


「話というのは、迷宮の事だ! 実は、あの迷宮は、参議会の商人ジュリアーノが作ったものだ! それで、あの迷宮で死ぬと、オレたちは魂を吸われて怪物に作り変えられてしまう! そのオレたちの死体を売り払って、ジュリアーノは儲けているんだ!」


 私は、一息ついて、傭兵たちの様子を伺った。

 奴らは、話を聞いてなかった。

 飽きて、酒や女の話を内輪でし始めている。

 私は、怒声を上げた。


「聞けよ! 

 オレを無視するな! 

 オレは大事な話をしてるんだよ、ふざけるな!」


 奴らは、私の口調に反射的にこちらを見た。


「なんだコラ! てめえコラ? やんのかオオ!?」

「降りてこいコノヤロウ!」


 場の空気が、一気にきな臭くなってきた。

 私は、気分が浮き立つのを感じる。

 しゅも受けてないのに、犬歯が尖るのを感じた。


「お前らは、ダマされてるんだよ!

 ダマされて、迷宮に送り込まれてるんだ!

 お前らが、死ねば死ぬほど、流行り病と凶作が長引くんだ!

 それで、得して笑ってる奴がいるんだ!

 お前らを、笑ってる奴がいるんだ!」


 集会場は、騒然となった。

 古参兵たちが抑えようと大声を張り上げる。

 跳ねっ返りが一人、お立ち台によじ登ってきた。

 私は、そいつの胸倉をつかんで、片腕で放り投げた。

 二間ほども飛んだだろうか。そいつは傭兵たちの頭上に落ちた。

 一瞬、場が静まり返った。


「どうして、そんな事を知ってるんだ!?」


 誰かが、叫んだ。


「オレが見てきたからだ!

 地の底にもぐり 獣や巨人を殺した!

 死人や化け物と戦い 魔術を打ち破った!

 闇の中で 真実を見てきた!」


 大声を出し続けて、喉が開いてきたのを感じる。


「オレは これからクソったれの商人の所に行って 決闘を挑む!

 正しい方の剣に 神のお導きがある!

 決闘裁判だ! 決闘裁判だ! 決闘裁判だ!

 お前らも来て 見届けろ! 

 流れる血を 見届けろ!

 金持ちが怖い奴は来るな! 頭を出すのが怖い奴は引っ込んでろ!

 クソったれは言ったぞ! オレたちに知られたって屁でもないって!

 お前らは どっちなんだ?

 小銭をあてがわれて 命をすり減らす雑兵なのか?

 故郷を守るために 立ち上がった戦士なのか?」


 私は、お立ち台を飛び降りた。

 つかみかかって来る連中を蹴散らしながら、市門に向かう。




「なんで、もう怪我してるの? それにだいぶ険悪な感じだけど」


 ディーが、呆れて言った。


「なんとなく、その場のノリで」


 彼女と市門で合流して、ジュリアーノの邸宅に向かいつつある。

 後ろからは、結局、二、三十人ほどの歩兵傭兵が付いてきた。

 たまに、怒りが収まらない奴が突っかかってくるので、殴り倒す。

 半数ぐらいは、ニヤニヤしていたり、ゲラゲラ笑っている。

 奴らが何を思って付いてきてるのか、正直よく分からない。

 街の人々も、そんな一団を不思議に思ったのだろう。

 物見高い連中が、遠巻きながらも、私たちに付いてくる。

 まあ、元々、たいした計画はない。

 人目に付きさえすればいいので、好都合だった。

 この後、ジュリアーノの邸宅の前で告発し、決闘を申し入れるつもりだ。

 しかし、奴が出てくる理由がない。

 おそらく、手の者が出てきて、我々を殺すか拘束しようとする。

 私とディーは、それを切り抜けて街を脱出、ソーリンの農場へ逃げる。

 何の解決にもならない、いたちの最後っぺみたいなものだ。

 でも、知った事か。

 私の腕は、そんなに長くない。












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