第十一話 「暗闇の恐怖」 後編






 私は、染物師通りの突き当りにある道場を訪れる。

 五間ほどの間口の石造りの二階建てで、奥に行くほど広がっていた。

 中庭には、講師の指導の元、小刀を振る十人ほどの生徒。

 生徒は、おそらくはほとんどが市民である職人だ。

 歩兵傭兵らしき、切れ込み入り胴着姿も数人見かけられた。

 講師を務めるのは、昨日私が小刀を買った職人。

 彼はこちらに気付くと会釈してきたので、私も返礼して通り過ぎる。


 建屋の中に入ると、階段から二階に上がる。

 そこは板張りの広い部屋で、ここにも数人の男がいた。

 ここは、この街で有数の剣術道場。

 この集まりは、長剣を教えるクラスだ。


 私は、戸棚に預けてあった木剣を取り出す。

 それから、顔なじみのご同輩たちに挨拶をした。

 呉服問屋とか大店の子弟といった、いわゆる上級市民の若者。

 マリオンのような“冒険者(雇われ騎士)”も一人混じっている。

 師は、その筋では高名な四十絡みの剣士だった。

 私は、ここ数週間、彼に師事している。


 長剣は、中途半端な武器だ。

 刀身は片手剣より少し長い。つかは両手持ちなので片手剣に比べて長い。

 小刀ほどの携帯性はない。

 たいていは鞘に入れて、手に持つか従者に持たせる。

 革帯を二本付けて腰帯から吊り下げる場合もあるが、歩くには邪魔だ。

 しかも、とっさに抜き打ちができるような、取り回しの良さは無い。

 それを補う長さや破壊力も、槍や戦鎚のような長物には及ばない。

 それでも、学ぶ者は多い。

 

 いつぞやマリオンが見せた竹とんぼ斬りの打ち込みをやって、その日の訓練は終わった。

 汗を拭っていると、師が声を掛けてきた。

 師が企画している“剣術興行”に出ないかと、以前から誘われている。

 人前で試合をやって、見物料を取ると同時に道場の広告をしようという試みだ。


 私は、言葉を尽くして遠慮させてもらっていた。

 人前で見せられるような腕前ではない。

 それに師には言わなかったが、興行の試合には少しだけ、見映えを良くする為の配慮が求められているのが気になった。

 未だ習熟中の私がそんな事をしたら変な癖がつき、迷宮の中で下手を打つんじゃないか。

 そう案じたから断っていたのが……今日は、ふと思い立って尋ねてみた。


「あの、こんな事お尋ねするのも何なんですが、出たら、いくばくかお手当みたいなの頂けるんですか?」


「ガハハハ、そりゃ無理だ! 何しろ初めてだからな。実際どれくらい見物人が集まるか、判らん!」


 師はあっけらかんと笑った。そうだろうな、と思う。

 興行の出演料で身を立てられたら、ディーの故郷に行かなくても良いのではないか。

 一瞬、そう考えてしまった。



 剣術道場を辞すると、自宅に戻る。

 今日はマリオンとユテル師を招いて、ささやかな宴を開く予定だった。

 領地に帰る前にユテル師の知己を得たいと、マリオンが頼んできたからだ。

 調理人君が準備している料理を、念のため確認しておく。

 ユテル師は戒律的に口にできないものがあるからだ。


 ディーを含めて四人で料理に舌鼓を打つ。

 その後、葡萄酒を楽しんだ。


「まあ、そんな訳で、剣術興行は全く実入りにはならなそうだ」


 私は、昼間の話をした。


「そう言えば聞きたかったんだけど、よく騎士道物語には武術試合を渡り歩く遍歴の騎士が出てくるじゃない。あれって本当にそんな風に身を立てている人はいるのかい?」


 私は、マリオンに尋ねた。

 どうも金の話ばかりで、我ながら浅ましいと思う。

 ディーは何も言わない。

 見透かされてはいるだろうと思うが。


「どうでしょう。昔とか、あるいは今でも西の方では多少事情が違うようですが、少なくとも私の周りにはいませんね。武術試合はむしろ金子をつぎ込んで参加して、得た名声が仕事を得るのに役立つのを期待する感じです。銀貨を得たいなら、やはり傭兵働きです。都市の参事会、隣領と揉めてる地方領主、いくらでも奉仕先は見つかります」


 マリオンが答えた。


「私の若い頃は、結構な大金を稼いでいた者もいた。だが今の武術試合よりだいぶ荒っぽかったので、長く続けるのは難しかったな」


 聞けばユテル師の頃は、試合場もなく、村ひとつ借り切ってほぼ禁じ手なしの集団騎馬戦で争ったらしい。

 それはもう試合じゃなくて戦争なんだよな……。


「最近だと、さっき話に出た、剣術指南とか道場経営なんかも一つの道です」


「時代は変った。私の若い頃は、得物の扱いは従者修行に行った先で習ったものだ


 マリオンの言葉に、ユテル師が感慨深そう言った。


「騎士以外でも剣の遣い方を覚えたいって人、多いですからね。結構あちこちの街に道場がありますよ」


 マリオンが相づちを打つ。


「しかし何故、剣術ばかり多いのだろう。旅人の護身術なら杖とかいいと思うのだが」


「あれ。剣はほら、十字架の形してて特別じゃないんですか?」


 ユテル師の疑問に、私は尋ねた。


「まあ、そう見立てる時もあるが。武器は武器だろう? 用途に応じて選ぶべきだ」


 私とマリオンは顔を見合わせた。


「僕が幼い時、最初に剣に憧れを感じたのは、母の図書室でした」


 マリオンが、顔をやや上向け、目を閉じて語りだした。


「詩人が、騎士道物語を詠ってくれるんです。遍歴の聖騎士の冒険と探求を。そして巨人、竜、魔法使いを倒し、苦境の貴婦人を助ける聖騎士の手には、いつも輝く剣がありました」


 それを聞いて、ユテル師が苦笑する。


「詩人の想像力には驚かせられる。我らは軍事行動として聖地に向かった訳で、そこら辺をふらふらしてる聖騎士はいないぞ。ついでに言えば、斧や棍棒もよく使っていた」


「お話ってのは、面白い方が優先なのよ」


 思う所があるようで、ディーが笑いを含んだ声で言った。


 ユテル師の杯が空いたので、使用人君がお湯割りの葡萄酒を注ぐ。


「騎士道物語と言えば、聖遺物もよく出てきますね。御坊様は、聖地でそういった物に出会った事は?」


 マリオンが尋ねた。


「あると言えばある。しかし……」


 ユテル師の言葉が途切れた。

 記憶に思いをはせたのだろうか。


「ああ、すまんな。たいした話ではなかった。酒の場で話すほどの事ではない」


 そう言ったユテル師に、マリオンは食いついた。


「いえ、ぜひ聞かせて下さい。もし何か都合の悪い話であれば、一切他言しない事をお誓いしてもいい」


 その言い様に、ディーが片眉をいたずらっぽく上げる。


「ううむ。そうさなぁ……」


 そう言って、ユテル師はマリオンを見た。

 マリオンが見つめ返す。

 ユテル師が、ぽつりぽつりと話したのは、次のような話だった。



 その時、ユテル師の部隊は、とある都市にて敵軍に包囲されていた。

 戦況は悪く、苦しい籠城だった。

 その時、ある従者が、夢に天使が現れてお告げを受けたと言い出した。

 曰く、ある古い教会の床下に“聖槍”が埋まっていると。

 その槍は、大昔の処刑された聖人の胸を貫いたとされる有名な物だ。

 しかし今では失われた物と考えられていた。

 部隊には、そのお告げを信じる者はほとんどいなかった。

 しかしその晩、城壁外の敵軍勢の天幕がいくつか燃え上がった。

 目撃していた歩哨によると、奇妙な明りが天幕に落ちたという。

 その件を神のご加護と感じ、従者の夢を信じる者が増えた。

 教会の床が掘り起こされる。

 そして、錆だらけになった古い槍の穂先が見つかった。

 その“聖槍”は、部隊の陣営まで運ばれ、洗われた後に金糸織りの布地の上に安置された。

 

「それを見た兵士たちは感激し、部隊の士気は高まった。最終的に、我らは援軍が来るまで持ちこたえた。かくて、神のご加護が示された」


 ユテル師は、そう語り終えた。


 マリオンは、十字を切って祈る仕草をしたが、その表情は微妙だった。

 ディーは、すました顔でだんまりを決め込んでいる。


 ひょっとして、そのをやったのはユテル師じゃないだろうか。

 明らかにそう示唆する話しぶりだが、それだとあまりに冒的な話っぽいので受け取り方に困る。


「いやあ、不思議な事もあるもんですね」


 結局、月並みな事を私は言った。

 ユテル師は何も言わなかったが、小さく口角を上げた気もする。


 私は、自分の杯を空け、おかわりを頼んだ。

 皆も酒杯に口をつけ、会話が途切れる。

 こういうのを、天使が通ると言うのだっけか。


「そう言えば、マリオンに紹介してもらった最新板金鎧、結局身体に合わなくて、諦めたよ」


 ちょっと微妙な話題から離れる為、私は鎧の話を持ち出した。


「え、そうなんですか。残念ですね……」


 ちなみにマリオン自身は身体にしっかり馴染んだ板金鎧を導入済だ。

 ユテル師も興味深そうにしているので、今度マリオンの実物を見てもらう話になった。


「ちょっと彼の兜、面白いんですよ。顔の所が開いていて鼻当てと頬当てがあって……。なんか大昔の兜みたいな形してるんです」


「古の地中海都市国家や地中海帝国が、最近見直されているんです。我々の文明の源はそこにある、っていう感じで」


 私が振ると、マリオンが引き取った。


「最新の技術を持つ南の都市が古典へ傾倒するのも、面白い話だな」


 ユテル師が、そんな感想をもらした。


「最近じゃ、宴の余興に地中海都市国家風の装束を着るのが流行ってるんですよ。そういった装束を着た女性は天使のように美しいです」


 マリオンが、だいぶ酒が回ったのか赤い顔で言った。

 おい、大丈夫か。


「そう言えば御坊様は、天使の存在を信じておられますか? 羽が生えて、地中海風の衣装を着た天使です。」


 マリオンが、さりげない調子で尋ねた。

 私は、あっ、と内心声を上げた。

 この若者は、どうも有翼人に恋い焦がれている節がある。

 ディーが笑顔のまま、目が怖くなった。


 マリオンの視線を受けて、ユテル師は宙を見上げた。

 杯を両手の中でもて遊んで、どう答えたものか迷っているようにも見える。


 私は眉に力を入れて、ユテル師とマリオンの間で視線を揺らした。

 マリオンにとって、これは重大で繊細な問いかけだ。

 それが伝わればいいと思った。


 私の目配せに気付いたのかどうか、ユテル師が口を開いた。


「信じるか信じないかで言えば、私は信じていない。私の信仰には、天使は不可欠な物ではないからだ。ただ、天使の存在を信じる人を否定するつもりはない」


 マリオンは、真剣な表情で話しを聞いている。


「信仰とは、個人的なものだからだ。いるのか、いないのか。真摯に考え尽くし、死に物狂いに信じる時、その速さと強さの渦の先に、何かが


 ユテル師は、杯で唇を湿らせた。


「だが、気を付けなさい、お若い人よ。悲惨な後悔をする前に、そういった力の渦からは離れなくてはいけない。

 騎士道物語でも、聖杯を得る騎士はただ一人しかおらぬではないか。

 しかも彼は、天に召されてしまう。これが何を示唆していおるか判るか?

 そこにあるものは、必ずしも良い結果をもたらさない。

 あなたがすべき事は、笑っている人々に混じる事だ。

 家庭を持ちなさい。子供を育てなさい。そうやって得た分別こそが、あなたの人生の宝となろう」


 ユテル師の話を、私はどう受けとめていいのか迷った。

 脇腹を突かれて、隣を見るとディーが口角を上げている。

 その笑みが何を意味するのか判らないが、悪い事ではないような気がする。


「つい、説教じみた事を言ってしまう。すまんな」


 ユテル師が、少し疲れたように息をついた。


「いえ、先達の助言は僕にとって非常に貴重なものです。ご自身の経験や知恵を惜しみなく分かち合って頂いて感謝しています。今後もご厚誼を賜れるならば、どうかよろしくお願いします」


 マリオンは真摯な声音で礼を述べた。

 彼がユテル師の言葉をどう受け取ったかは、判らない。

 しかし、彼らはお互いに敬意と好意を抱いているように感じる。

 紹介した身としては、ほっとした。






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地中海都市国家。ギリシャっぽいの。

地中海帝国。ローマ帝国っぽいの


マリオンの兜は、前章のアヴァント・アーマーに付属していた

バルブータという兜。ちなみにこのバルブータは同時代だから乗っけられていただけで、アヴァント・アーマーと同じ工房で作られたものではないそうな。

https://en.wikipedia.org/wiki/Barbute


長剣。ロングソード。


Akademia Szermierzy - Fior di Battaglia (medieval longsword techniques) https://youtu.be/4GoQlvc_H3s


Adorea longsword fight duel

https://youtu.be/Cn36Pb8z3yI @YouTubeより




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