第四章

第十一話 「暗闇の恐怖」 前編







 夏の日差しが照り付けて、石畳が焼けている。

 私は、金物職人通りを抜けて鍛冶屋に向かっていた。

 狭い通りに店を広げて作業をしている、鋳物師、車輪職人、小刀こがたな職人etc……。

 その間を縫って進む。


「よっ、“迷宮騎士”! これ、新作なんだ。見て行ってくれよ」


 顔見知りの小刀職人に、そう声をかけられる。

 見せられたのは、刃渡りが二尺ほどの小刀だった。

 刀身とつかがひとつながりになった簡素な造り。

 や包丁と同じ生活用品扱いで、一般市民でも携帯できるやつだ。


 私は市民ではないので剣も携帯できるが、最近この手の小刀が気に入っている。 

 私は、小刀を手に取り、重量の釣り合いを確かめた。

 手の内を変えて数回振ってみて、その小刀を気に入った。


「いくらだい?」


「銀貨二百枚! 毎度あり!」


 巾着袋から帝国銀貨をだいたい二十枚ぐらい取り出し、職人に渡す。

 付きで渡された小刀を腰帯に差して、目的の鍛冶屋に向かった。

 既に一本差してあるし、実は自宅にはもう二、三本ある。

 片手剣の類は場所をくわないのもあって、不思議と増えてしまう。


 ちなみに“迷宮騎士”というのは、最近の私のあだ名だ。

 騎士に叙勲されたのは、知られている。

 しかし私は、領地や権益を持っている貴族でもない。

 市の参議会に選ばれる資格がある大店おおだなの商人でもない。

 それで「迷宮(の中でだけの)騎士」と揶揄されているようだ。

 まあ、“老いぼれ”よりは、ずっと良い。





 鍛冶屋に着くと、親方がやはり通りで作業をしている。

 鎧の部品に革帯を鋲止めしていた。

 私を認めると、立ち上がって一つうなずく親方。

 寡黙だが、腕の確かな人だ。

 彼について、店内に入る。


 そこは二階建ての建屋で、一階が作業場になっている。

 まず目に付くのは、大きな炉だ。

 その周りに様々な鍛冶道具。

 作業場の奥に中庭があって、開かれた木戸から明りを採っている。


 その側に衣紋掛えもんかけがあり、一領いちりょうの甲冑が飾られている。

 これは、私が遠方から取り寄せた最新の甲冑だった。

 鉄工業が盛んな南方の都市が生み出した、全身を板金で覆う鎧。

 その出来栄えは素晴らしく、各地の貴族達が争って購入しているそうだ。

 出身がやはり南方のマリオンに教えてもらった。


 注文する際には、身体の寸法を事細かく測った手紙を添えた。

 しかし送られてきた現物は、色々身体に合わない。

 ある程度それは想定していたので、親方に手直しを頼んでいた。

 今日は、手直ししてもらった部分の具合を確かめに来ている。


 まずは、閉鎖兜と呼ばれる、頭から顔、首までをすっぽり覆う兜。

 頭がきつく、着けてしばらくすると頭痛がしてくる。

 私は頭の形がちょっと特殊で、上から見た時にかなり丸いらしい。

 一般的には前後に多少長い楕円形で、兜もそれに合わせて作られる。

 その為、兜がしっかり保持する為、私には微妙な調整が必要になる。

 今回は、内側に縫い付けてある刺し子縫いの頭巾の綿を減らしてもらった。


 問題は、面頬に開いた穴が、私の目より少し高い所にある事だった。

 その為、顎を引いて上目遣いにならないと、正面の敵が見れない。

 しかし首までしっかり板金に覆われている分、その動きが出来ない。

 これたぶん、馬上槍試合用に少し上目に穴があるんだよなぁ……。

 面頬の無い兜に慣れているので、この狭い視界が辛い。


 例えば、マリオンなんかは迷宮外では面頬付きを愛用しており、


「慣れです。慣れると見えている所から、見えない所も想像つきます」


 とか言うのだが……。 うーん。


 次は、腕鎧。

 まず前腕が長すぎて、手首を曲げると当たって痛かった。

 そこで前腕部を切り詰めて、先端を折り曲げてもらった。


 籠手は、人差し指から小指までが一緒くたに鉄板に覆われていた。

 私は、剣を握った指の防御が甘いので、その点は嬉しい。

 何故かというと、ユテル師のとう棒剣術になじんだ為だ。

 そのルールでは、折れやすい指に対する攻撃が禁じ手になっている。

 鉄篭で束の周りを覆ったりもする。

 それで、彼らは指の防御への意識が低い。

 むしろ無意識に、構えた盾の右上に拳を添えて防御に使ってしまう。

 私もユテル師にかなり矯正されたが、その悪癖は抜け切っていない。


 小手の問題は、手首の可動域の狭さだった。

 手の甲部分と、そこから広がる裾が一体成型になっており、そしてその広がり方が小さい。

 前腕部の丈を詰めてもらったが、それでも手首を動かすと小手の裾が干渉する。

 肘鎧も、肩鎧もやたら大きい。

 肘と上腕部、肘と前腕部の結合も紐でなく鋲止めなので、内旋と外旋の動きが阻害される。

 これだと、片手剣を十分に使いこなすのは難しい。

 また、盾を構えて左肩に乗せる事もできない。

 円盾を扱う時のように腕をまっすぐ伸ばして保持するしかない。

 聞けば、この手の甲冑を使う時の武器は戦槌のような長物が一般的らしい。

 武器は選ぶな、とソーリンには教えられたけど、やはり得意不得意は出る。

 私は剣盾、それもソーリンやユテル師のように鎖帷子前提の剣術が得意だ。

 おそらく、この甲冑を使い続ければ、いずれ可動範囲にも慣れ、戦槌にも親しむだろう。

 ただ私も愛着があり、どうにも剣盾を捨てがたい。


 次は足鎧。

 太股ふとももと膝は、問題なかった。

 しかしの形が合わない。

 まず丈が長くて、足の甲に当たる。走ると痛い。

 ついでに太さも全然細くて、ふくらはぎが入らない。

 丈は詰める事ができるが、細いのはどうにもできない。

 前後二枚を丁番で繋ぎ、革帯で締める構造になっているが、それを内側から叩いて広げてもらった。

 完全には閉まらず、隙間が出来たまま強引に革帯で締めるようになった。

 何かの拍子に肉を挟みそうだ。


 そして最大の問題は胴鎧だった。

 下腹部と胸部で別れており、大きな革帯で縦に留めてるのが特徴の鎧。

 これが、でかすぎて私の身体に全然合わない。

 測って送った寸法とか絶対見てないだろうと思う。

 一応注文生産のはずだが、出来合いの在庫を送ってきたとしか思えない。

 おまけにかなり分厚い板金を使っており、重量がすごい事になっていた。


 迷宮に潜る時は、ディーの呪術で身体能力が上がっている。

 だから重さだけであれば何とかなったかもしれない。

 しかし、ディーの支援を前提にする事にためらいがあった。

 ディーからは、この街を立ち去る事を提案されている。

 迷宮とは違い、ディーの呪術をおおっぴらに受けられない場合もあるかもしれない。

 そう考えると、自分の身の丈に合った装備を選びたい。


 私は甲冑を着て色々動き、また親方とも相談を重ねた。


「ワシも意地がある。ここまで来たら、全部直そうや」


 親方は、やる気のようだった。


 ぶっちゃけ、調整費用として親方に払った金額も結構な額になっている。

 生産工房に払った費用が帝国銀貨百五十枚。

 取り寄せ仲介料と調整費用として親方に払った金額は、百枚を超えた。

 親方としては、手間賃も取れて最新技術の鎧をいじれるのだから得しかないんじゃないだろうか。

 つい疑心暗鬼になってしまう心を抑える。

 

「やるって事で、いいか?」


「……。いや、ちょっと今回は、諦める。誰か中古で買い取ってくれる人がいないか、探してくれないか?」


 私は、親方の目を見て言った。

 

 親方は言葉に詰まり、私を睨み付けながら、徐々に顔を赤くしていった。


「やっぱり遠くの知らない鍛冶屋なんかに頼んだのが失敗だった。あんたの作った物を、ここで現物見ながら選ぶべきだったよ」


 私が持ち上げると、親方は一瞬困ったような顔を見せる。

 顔色も、徐々に落ち着いていった。


 そんな親方には、代わりに新しい鎧を一式揃えて欲しい、という要望をした。

 今度は、身体に合わせるのにあまり苦労しなさそうな奴にする。

 今回の費用は、いずれ私の家に取りに来るよう頼んで、鍛冶屋を辞した。


 最新の全身板金鎧は、確かに素晴らしい出来栄えだった。

 ただ、私が鎧に対して適応できる範囲と、鎧が使用者に対して適応できる範囲が最後まで重ならなかった。

 一言で言えば運が無かったという事なんだけど、残念だ。




 自宅に帰る道すがら、甘酸っぱい匂いに誘われる。

 広場にを敷き、果物を並べた農家のおじさんに声をかけた。

 買ったのは、生の木苺。

 例の放置大聖堂の日陰で涼む市民たちに習って、私も腰を下ろす。


「騎士様、お花はいかがですか」


 まだ幼い少女が、竹籠の岡持ちに花を詰めて売りに来た。

 私は銀貨を渡して、岡持ちごと受け取った。

 この街の浮民の元締めは、市当局と上手くやっている。

 市民の憩いの場には、小奇麗にした見た目のよい子供しか寄越さない。

 こう言った子らは、施療院や修道院を通して正市民に加入する事も多い。

 もちろんこれは上澄みの一部であろう。

 下層では過酷な搾取が行われているのは想像に難くない。

 しかしそれは、この街では巧妙に隠されている。



「いつまでも、こんな風に暮らせたらいいのにな」


 赤い果実をつまみながら、私はそう思う。

 迷宮潜りは性に合ってると感じるし、この街での知人友人にも恵まれた。

 率直に言って、今ほど経済的に余裕があった事は無い。

 家を買った時は、ここが終の棲家になると思っていた。


 ディーは本格的に移住の準備を進めている。

 故郷に手紙を送り、ソーリンの農場の近くに小さな地所を借りていた。

 ディーはそこで、近郊の住人に頼られる呪術医になるだろう。

 私は、農家でも羊飼いでも漁師でも、何か気に入った事をやる。

 蓄えは十分以上にあるので、何もやらなくてもいい。

 

 私も基本的には移住に賛成している。

 ただ、今の豊かさを捨てるのが惜しいのも事実だ。

 彼女たちの故郷が、結構な田舎だというのも気になっている。

 田舎特有の濃厚な人間関係が要求されるのではないか。

 そういう所では、私はたちまち異物として排斥されてしまうだろう。

 傭兵団や街には、そこまで踏み込まないおおらかさがあった……。


 まあ要は、変化に適応する自信がないのだ。

 それが行動へ移す事のおっくうさに転じている。

 ディーは夏中にでも移動したがっていた。

 しかし私がぐずぐず言って、秋まで先伸ばしにしてもらっていた。








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小刀。メッサ―。

Laurus Nobilis - messer vs messer duel fight

https://youtu.be/HwHNzL9-zpg


全身板金鎧。ミラノ式(イタリア式)プレートアーマー。

特に有名なのがこのアヴァントアーマー。

https://en.wikipedia.org/wiki/Avant_armour

ヘルムはこの鎧が作られた時からあった物ではなく、同時代の物だったので乗っけられて保存されてた関係ない子。


閉鎖兜。クローズドヘルム

https://youtu.be/42oEPWVGNBw?t=70

ホントはミラノアーマーと同時代なのはアーメットのほう。

クローズドヘルムとの違いは顔の所で左右に別れるかどうか。

ただ、これらの用語は現代の便宜上の呼称であり、歴史的な文脈では厳密に区別されていなかったとか。







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