第十四話 「旅人」 後編
三週間後。
私とディーとソーリンは、かつて女面獅子が守っていた広間にいた。
今日、ここにいたのは、全身包帯巻の
既に、首と胴体が切り離されて、倒れている。
ディーが、人頭鳥身の木彫象を燃やした。
私たちは、地上への帰路についた。
また、狭い鉄の籠に三人ですし詰めになった。
これも最後かと思うと、感慨深い。
「結局、あいつは何だったのだろう。竜とも違ってたし」
「使ってた呪は、とても古いもののように感じる。あんなのが人間に立ち混じって暮らしていたなんて、ちょっと信じられない」
ソーリンとディーが、かつての商人ジュリアーノについて、そんな話を交わしてした。
「なんで、あいつ、自分から怪物の姿を晒したのかな。しらばっくれていれば、オレたちに打つ手はなかったのに」
私は、問うともなく尋ねた。
「わたしの事を知って、動揺してたからね。わたしたちが何とかして人々を説得して、彼を討ちに来たと思ったのかも」
ディーが、そう推し測った。
「ディーって有名なの?」
「俺たちの故郷じゃ、うちの叔母さんの名を出すと、目を輝かせる奴が大勢いるよ。子供が胸躍らせる
「語り部が盛ったのよ」
ディーは、恥ずかしそうに言った。
「でも、だとしたら、締まらない話だよな。ここじゃディーにそれだけの影響力はないのに」
「結局、あいつは、人間が分からなかったのかもしれない。だから、脅えたとか。あいつにとって人間こそが、怪物だったのかも」
私は、そう言ってジュリアーノに思いをはせた。
ソーリンが、片方の口角を上げた。
苛立った様子を見せたディーが、私の唇や喉元にかみつきはじめた。
「何? どうしたの?」
私が困惑していると、ソーリンが吹き出した。
私たちは、地上に出た。
大聖堂は建築が再開されている。
あちこちに木の足場が組まれ、職人たちが忙しく立ち働いていた。
私たちを出迎える、身なりのよい一団があった。
彼らは、この街の参議会員だ。
「ど、どうでしたでしょうか?」
一人が、不安げに尋ねてきた。
「最後の仕掛けも、壊してきた。これで、もう怪物は増えない。地道に討伐を続ければ、直に根絶やしにできるだろう」
ソーリンが答えた。
参議会員たちは、安どのため息をついた。
聞き耳を立てていた職人たちが、歓声をあげた。
誰かが大聖堂の外に走っていったので、街の市民にも伝わるだろう。
市門に向かって歩く私たちの正面から、騎馬の大部隊がやってきた。
私たちや市民は、脇に寄って、その軍勢を見送る。
「あれは?」
ソーリンが、尋ねた。
「国王様の軍隊だってさ。ジュリアーノの資産を抑えに来たらしい。警備をさせられてたマリオンがぼやいてたよ」
私が、答えた。
ジュリアーノは、結局、あの騒動の中で亡くなったという扱いになっている。
彼が怪物だったとはつゆ知らず、市民は、気前が良かった彼の死を悼んでいた。
「ジュリアーノの邸宅の地下室には、財宝が貯め込まれていたと聞くが、そうなのか?」
「いや。マリオンに聞いたけど、それほどでもなかったってさ。たぶん、どこかに隠してあるんだろうなぁ」
「ちょっとそれ、面倒くさい事になりそう」
「そうだねぇ。あらぬ疑いをかけられる前に、オレたちも早く退散した方が良さそうだよ」
私たちは、肯きあった。
数日後。
私は、羊皮紙に書かれた文字に×印をつけた。
それは、私の名前らしい。
「では、これで、貴様は傭兵団を満期退職となった。下がってよろしい」
書記官が、私に告げた。
騎士と共に街を守った英雄として、傭兵団もかなりの褒賞を得たと聞く。
しかし、私には何の手当もないようだ。
まあ、歩兵傭兵団の一員として参戦したかと言われば、そうではない。
それに、彼らが命を賭して戦ってくれなければ、怪物を倒せなかった。
天幕を出ようとした私を、中隊長が呼び止めた。
「何か?」
「いや……。何でもない。行け」
私は、そのまま天幕を出た。
ソーリンの小屋に戻ると、オードリーが遊びに来ていた。
囲炉裏にかけた鍋で、何やら紫色の汁を煮込んでいる。
「これは、記憶を固定する薬です。ディーさんに言われて作ってます」
私が露骨に嫌な顔をしたのだろう、
オードリーが、先んじて言った。
そうであれば、仕方ない。
葬儀の日以来、ディーは、あの長い詩を暇があれば暗唱していた。
今も、小屋の片隅でブツブツ言いながら歩き回ってる。
彼女が、私をにらんだ。
そして、
そうされてしまうと、私には何も言えない。
「ほれ薬とか、マリオンに盛るぐらいなら、おじさん目をつぶるからさぁ……。あんまり危険な
そう言えば、オードリーは顔を真っ赤にして、抗議してきた。
「はっはっは。そんな事しないよな?」
ソーリンが、取りなすように爽やかに笑った。
私は、彼の兜を見た。
彼の兜の
ようやく分かってきたのだが、この叔母と甥は、ひどく面白がり屋なのだ。
「まったく。マリオンも早く領地に引っ込めばいいのに……。これじゃあ、オレたちの方が先に街を出るようじゃないか」
「もう、行っちゃうんですか?」
途端に、オードリーが目を潤ませた。
「その件で、相談があるんだが」
ソーリンが、私に言った。
「実は農場に帰る前に、立ち寄りたい所があるんだ。西の島国に、弓の名手がいてな。こいつが悪辣な代官から人々を守る為に戦っているのだが……」
「ふむ」
その話の途中で、開け放している入口から、ユテル修道士が入ってきた。
まだ頭に包帯を巻き、松葉杖をついている。
「お邪魔するよ。ディー殿にちょっと尋ねたい事あって来たのだが……いいかね?」
一瞬、ディーは、すごい目でユテル修道士をにらんだ。
しかし、咳払いをして表情を取り繕った。
あれが私なら、"今ので一人、忘れた"とか、なじられてる。
「どうぞ」
「実は、その。なんだ。意思があって、話をする短剣があると言ったら、お笑いになるだろうか?」
「話すって……どこに口があるの?」
「わからん」
ディーが尋ねると、ユテル修道士は肩を落とした。
「うーん……?」
ディーは、腕を組んで、首をひねる。
そうしていると、今度はマリオンが飛び込んできた。
「カスパーさん、カスパーさん! 実は、私の友人に、
マリオンは、何やら私にまくし立てはじめた。
そこで、小屋の中の微妙な雰囲気に気付いたようだ。
私たちは、何とも言えない顔で、互いの顔を伺いあう。
ひょっとしたら、ソーリンの農場へ行くのは、だいぶ先の話になるかもしれない。
私は、そう思った。
<fin>
これにて、このお話は一旦終了です。
ご拝読ありがとうございました!
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よろしくお願いします!
ところで、主人公他、ネームドキャラの容姿に関しては、わざとあんまり描写してません。
ご読了頂いた方が、どんな風にご想像されたか、感想欄でちょっと教えて頂けたら嬉しいです!
迷宮騎士の誓い @bilbo
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