第十四話 「旅人」 前編













 "竜殺し"は、屋根の上を走り、怪物に飛びついた。

 背中に取りつく。

 匕首あいくちを逆手に握って、突き立てる。

 怪物は、振りほどこうと暴れた。

 体勢を崩して、民家にぶち当たる怪物。

 首を回して、長いくちばしでソーリンをついばもうとした。

 その前に、ソーリンは、剣を怪物の脇の下に突き込む。

 つかを両手で握り、飛び降りる"竜殺し"。

 怪物が翼を広げて、振り回した。

 ソーリンは吹っ飛んでいったが、翼の膜が切り裂かれる。

 今度こそ、私は飛び出した。

 苦痛にあえぎ、出たら目にもがく怪物を尻目に、ユテル修道士を助け起こす。

 小路こみちに、彼を引きずり込んだ。

 老修道士は、血の混じったつばを吐き出して、私の胸倉をつかんだ。


「かなづちと、金床だ!」

「!?」


 彼は、私にみつくように吠えた。


やつを、足止めしろ!」


 よく分からないが、ユテル修道士が言うなら、私はそうする。

 怪物は、駆けだしていた。

 私も、追いかける。

 奴は、地を蹴って羽ばたいた。

 しかし、飛び上がれない。そのまま、着地する。

 再び走り出そうとする奴を、尻尾を抱え込んで、

 思った通りだ。

 奴は、軽い。

 私と、さほど変わらないのではないか。

 見た目にされて、不必要におびえてしまった。

 腰を落とした私が、こん身の力で引っ張ると、奴は尻持ちをついた。

 振り向いた奴の頭が振られて、くちばしの横で、ぶっ叩かれる。

 私は、地面に叩きつけられた。

 怪物は、私を見る。

 硬玉のような、黒い目。


「スヴィンフィルキンッ!」


 誰かが、叫んだ。

 気付けば、ノルドの戦士たちが、盾を構えて楔型の隊形を組んでいた。

 先頭の偉丈夫を切っ先に、突っ込んでくる。

 偉丈夫は怪物に吹っ飛ばされたが、続く戦士たちが怪物の足元にとりついた。

 手斧や両手斧を、怪物のあしに叩きつけていく。

 しかし、見る間にくちばしでついばまれ、肢で踏みつけられ、頭数あたまかずを失っていく。


「やめろ! 無茶だ!」


 私は、叫ぶ。

 しかし彼らは、耳を貸すそぶりも見せない。


「カスパァーーーーッ!」


 誰かが、私を呼ぶ。

 振り向けば、大聖堂前の広場に、騎兵の列が並んでいる。

 十騎? 二十騎? それ以上?


退けっ! 退けっ!」


 馬上から、マリオンが身振りを交えながら叫んでいる。


「クソっ! 馬が突っ込んでくる! お前ら、下がれ!」


 しかし、ノルドの戦士たちは一人も引かない。

 もう、生死を超えた所で戦っている。


「AAAWWHOOOONN!!」


 自分でも驚くほどの雄叫びが、腹から飛び出した。

 もう半数ほども残っていない戦士たちが、私を見た。


「下がれ! 下がれ!」


 私は、二、三人ひっつかんで小路に引き込みながら、叫んだ。

 怪物も、騎馬の列を見て、きびすを返す。

 後ろの片肢を引きずって、市門の方へ大通りを逃げ始める。

 しかし、その先に歩兵傭兵団がいた。

 五間ごけん巾の大通りを塞ぐように並ぶ、槍ぶすま。

 最前列は、石突を踏んで槍を低く構え、次列は肩の高さに構えている。

 三列目以降の槍は、徐々に角度をつけて上方に向けられていた。

 怪物は、槍の穂先の数々にためらいを見せ、肢を止めた。

 振り向いた所に迫る、ひづめの音シャッフルリズム

 騎士たちが、次々と突撃して行く。

 たくましい、巨大な軍馬。

 あぶみを踏んで立ち上がり、脇に抱え込んだ騎兵槍に全体重を乗せる騎士たち。

 槍が、突き刺さる。

 槍が、折れる。

 騎兵槍の大きなつばに胸を殴られ、上体を仰け反らせ、落馬する。

 一際深く槍を突き刺したマリオンも、地面に落ちた。

 彼は、綺麗に受け身をとり、すぐに立ち上がる。

 怪物が、絶叫を上げ、座り込むように崩れ落ちた。


「全体、進め!」


 楽師の太鼓に合わせ、歩兵傭兵団の槍ぶすまが、怪物に詰め寄った。

 なおも怪物はもがき、最後の抵抗をする。


 歩兵傭兵団も、無傷では済まなかった。

 しかし半刻ほどの後、無数の刺し傷を受け、怪物は絶命した。






 ノルドの戦士たちの亡きがらが、に付された。


「ソルステインの息子、スマルリジ。怪物の後ろ肢に斧で斬りつけた。怪物に踏まれた。フラップの息子、オースクがこれを助けたが、三日後に亡くなった。ボルグの息子、スノッリは……」


 ディーが、戦士たちの戦いぶりを詠い上げる。

 それは非常に長い詩で、彼女はそれを作る為に、膨大な聞き取り調査を行った。

 彼女の勘定によれば、怪物との戦いに参加した戦士は六十七人。

 うち三十九人が帰らぬ人となった。

 それだけの人数になると、葬儀の準備も一大事だった。

 これには、街の市民たちが助力してくれた。

 北方の故郷だけでなく、この地方でも、勇敢なノルドの戦士たちは語り継がれるだろう。

 彼らは、ヴァルハルに行けたのだろうか。

 私には、分からない。


「これで、ひと区切りか」


 同席していたユテル修道士が、つぶやいた。

 ひどく疲れた様子だった。


「ユテル様。この後は、街の参議会でも何とかなるでしょうし、彼らの仕事です。どうか、ご静養下さい」


 マリオンが、老修道士を気付かった。


「貴殿も、よくやってくれた。これだけの人数を、速やかに弔う事ができたのは、君ら騎士が率先して動いてくれたからだ」


 ユテル修道士が、マリオンの肩を叩く。


「対処が遅れれば、疫病の苗床になりかねなかった。あなたが救った人命は、計り知れない」


 ソーリンが、ユテル修道士を称えた。


「この老骨の経験が、役に立ったとすれば何より。しかし、これほどの惨事を、再び目にする事があろうとは、思わなんだ……」


 実際、ノルドだけでなく、歩兵傭兵にも傭兵騎士にも、そして何より市民に膨大な死者が出ている。

 最大の有力者であるジュリアーノを失った街の参議会では、この未曽有の災害に対処できなかった。

 代わって、人々を指揮したのが、ユテル修道士だった。

 傭兵や騎士といった兵士、教会、参議会といった関係者に繋がりがあり、これを取りまとめられるのは、彼しかいなかった。

 陣頭に立って采配をするユテル修道士を、街の人々は王のように敬い、従った。








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 重騎兵突撃イメージ動画です。

https://youtu.be/bhcHNR-3R0Q

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