第六話 「輝く物が全て錆びついてしまった時に」 後編







逆袈裟ぎゃくけさは難しい。左足前構えからだと、まず腰を入れるか、右足を前に出してスイッチしなければならない。同時に、剣を握った拳を、頭の上を通すようにして左上に持ってくる。それから、腰を戻しながら振る。一拍予備動作が必要な分、その時間をどう作るか考えねばならぬ。それと、逆袈裟も振り切った後に切っ先を回して相手に向けるのは同じだ」


 これは難しい。頭の上を通そうとすると、拳や柄が兜に当たる。


「兜に当たるようであれば、脇を開いて、予め拳を目の横辺りに構えるのだ。そこから腰を入れれば、逆袈裟の軌道が空く」


 なるほど。


「袈裟も逆袈裟も、次の攻撃はそのまま突くか、再度斬りかの二択だ。再び斬る場合は、拳を頭上に掲げて、頭の上で切っ先と柄を入れ替えるように回転させる」


 老聖騎士が実演してみせてくれる。

 袈裟斬り、振り終わりに切っ先を敵に向ける、頭上で再び切っ先を後ろに、逆袈裟、振り終わりに切っ先を敵に向ける、頭上で再び切っ先を後ろに。

 老聖騎士の剣は∞の字を描くように斬り続けた。


「そんな重い剣なのに、軽々と振り回すんですね……」


 感嘆して言った。


「剣を回す時は、重心を意識する。柄頭に重りがついているので、剣の重心は十字鍔じゅうじつばの少し先になる。腕の構造上、全く動かさない訳にはいかないが、なるべく剣の重心の移動が少ないように回せば、そんなに重くはないはずだ」


 試してみるが、これは慣れが必要だと思った。


「次は打ち込みをしてみよう」


 人の背丈ほどの、木の柱の前に私たちは立った。


「まずは"水平斬り"。右肩の前ぐらいに剣を握った拳を置いて、切っ先を後ろに倒す。そして腰を入れて、相手より左側、何もない空間に拳を突き出すように振る」


 老聖騎士がやると、水平に刀身が走り、木の柱が衝撃で揺れた。


「これはとても速い攻撃が出せる。同じ予備動作から、足を斬る事もできる。敵が盾を持っている場合は袈裟斬りは難しいので、この上下二択を押し付けるのが基本戦術になる」


 木剣に持ち替えて、型稽古方式で見せてくれる。


「例えば、一回足打ちを見せておく。もう一度同じ予備動作が始まると、敵は盾を下げてしまうので、こう」


 確かに私は盾を下げてしまい、防御が開いた頬の先でピタっと木剣が止まった。


「右肩や拳を一瞬下げる騙し手も有効だ。ただ騙し手は相手が正しく対応しなければ返って隙を作る。実戦では多用すべきではない」

「注意点は二つ。袈裟斬りよりも早い段階で、フォロースルーの手首を内に曲げるに向ける動作を行う事。そうしないと、空振りした時に手首を痛める。

 もう一つは、敵の顎から喉元、最低でも目の高さを狙う事。目より上はたいていの兵士は兜をかぶっている。逆に盾がきちんと構えられていれば、敵の水平斬りは兜に当たる可能性が高くなる。

 獣人型の怪物であれば、鼻を狙う事。たいていの獣人の頭は兜なみに頑丈だが、鼻だけは弱い」


 老聖騎士が熱意を持って教えてくれている最中に、建屋の方から鐘の音が鳴り響いた。


「失礼。祈祷の時間だ。続きはまた明日にしよう」


 彼は、当然のように言った。


「よろしくお願いします」


 私は、そう答えた。




 私とユテル修道士は、鍛錬と迷宮探索を繰り返した。

 拠点の農家の二階には、大きな羊皮紙がある。

 そこには、私たちが探索している"真鍮の三層"の地図が描かれていた。

 迷宮で書きつけた蝋板ろうばんから書き写す度に、その地図は広がっていった。

 また彼は、迷宮で倒した怪物から乱取りをしなかった。


「ユテル殿。こいつの皮を剥いでいいですか? 非常に高く売れるらしいので」


 倒した蜥蜴男を見下ろしながら、尋ねた。


「いや、探索を続けよう。一刻も早く、狂公を見つけなければならぬ」


 彼は、かぶりを振った。

 もったいない気がしたが、蜥蜴男の指から指輪を取る事にとどめた。




 ある日。商人ジュリアーノの邸宅。

 黒い机の上に広げられた、指輪、牙、偃月刀といった品々に、豪商は渋い顔をしていた。


「今回も、蜥蜴男の皮は無しですか」

「やつら相当でかいんで、難しいですよ。道具もなけりゃ、水場も、吊るす枝一つもない訳だし。おまけに皮は硬くて、刃物も中々通らないし」

「何もはく製にできるほど全部、剥いでこいとは言ってません。やりようはあるはずですよ」


 ギョロっと、瞳だけ動かしてジュリアーノは私をにらみつけた。


「そうは言ってもね……。ユテル修道士は、真摯に迷宮攻略を目指してるから、無駄な時間をとられるのを嫌がるんですよ」


 実際のところ、流行り病と飢きんを終わらせる為に戦っている人間は、私が知る限り、ユテル修道士ただ一人だけだ。

 私の返事に、ジュリアーノは不満そうだった。




 ある日。ユテル修道士との鍛錬の最中。


「これからは、少し試合的な事も教える」


 彼はそう言った。


「試合?」

「そうだ。東方から撤退した後、我らは身内で安全に訓練できるように、先に詰め物を付けたとうの棒で叩き合う試し合いを始めた。

 当初は、訓練の一環だったが、段々と勝敗にこだわるようになってな。我々も三十年間実戦から遠ざかっていたので、いささか実践的でない部分もあるが、それは含みおかれよ」


 彼はそう言って、籐の棒を手に取った。


「まずは、相手が盾を持っている時の左からの斬りだ。

 最初は、水平斬りの反対、"逆水平斬り"。水平斬りが相手の兜や盾に防がれた後、反動も利用して、剣の重心を意識して逆回転で叩く」


 彼がそれをやると、木の柱が左右から叩かれ、ほとんど連続した打撃音が響いた。


「ただこれは、小手先でやりがちになって威力が弱くなる。面頬付の兜の相手であれば驚かせるぐらいの効果しか見込めない。やるなら、二の腕の内旋を意識して強く振れ。

 もし敵が、盾と剣で左右の連撃を防ぐ相手であれば、防御を固めさせる事ができるので、次の一手が若干の有利を得る。三手目に何を仕掛けるかを考えて出せ。

 あるいは、水平斬りは右足前で打って、左足を深く踏み込んで、逆袈裟で喉元を狙え。これを"十字斬り"と言う」

 「次は"回転斬り"だ。これも剣の重心を利用した、回す攻撃になる。よく見てるんだ」


 ユテル修道士は、腰を入れ、剣を握った掌を見せるように自らの盾の前に持ってくる。

 切っ先が下がり、剣先が真下に向けられる。

 そこから、剣が、くるっと縦回転した。

 同時に、ユテル修道士が右足を踏み込む。

 剣先が、私の右鎖骨をスパンと叩いた。

 剣の回転中心が、私から見て右方にある。

 その為、盾を高く構えていると剣でしか防げない。


「肩はあまり使わず、肘を上手く使って回すんだ。威力が弱いので、相手の武器を握った小手か、今のように鎖骨や首元を狙う使い方になる。あと、ひとつ次の攻撃を見て欲しい」


 そう言って、ユテル修道士は、歩幅を狭くした。

 膝をほとんど曲げない腰高の姿勢で、今までより私に近い位置に立つ。

 ほとんど、盾と盾を合わせるような至近距離。


「盾を上げて、頭を守っていろ」


 言われた通りにすると、彼が回転斬りを繰り出す。

 だが不思議な事に、剣が魔法のように盾をすり抜け、私の兜の頭頂部をパコンと叩いた。


「えっ!?」


 驚いた私を見て、ユテル修道士はニヤリと笑った。


「我々はこれを、"変形回転斬り"と呼んでいる。腕を伸ばして回転面を奥におき、横に回転させるように振る。そうすると、盾の内側に刃が滑り込む」

「いや、これ凄いですよ……。これだけやってれば勝てるのでは?」


 率直に、そう思った。


「いや、これも実戦向きではない。ほぼ前腕の外旋だけで振る上に、手首を極端に早く内に曲げなければいけない。威力は最弱、刃筋は立たず、上手く行って刃ですくい上げるように削るか、あるいは握りが滑れば剣の平で叩くだけ。それも、たいていは兜に守られているこめかみから上をだ」


 言いながら、ユテル修道士の表情は沈んでいった。


「おまけに、この至近距離だ。実戦では敵は盾で殴ってくるか、盾ごと体当たりしてくるか、あるいは組み付いてくる。そんな時に、こんな棒立ちの姿勢では、いい餌食になってしまう。実際に、私も仲間も、何度もそんな危機に陥った」


 ユテル修道士は、ため息を付いた。


「剣盾を使う戦士は、集団戦個人戦問わず、基本的に敵とぶつかり合い、押し合い圧し合いするものだ。足腰は常にそれに備えておけ」

「ああっと……でも、お互い鎧を着てない軽装の時なら、この技も役に立つのでは?」

「鎧なしなら、切っ先がわずかに差し込まれれば深手になる。間合いぎりぎりの遠間での攻防か、互いに武器を制し合った状態で一気に組み打ちに入るかの二択だ。回転斬りはともかく、変形回転斬りを使う場面はない」 

「ええっと。ではユテル殿は、何故、私にこれを教えたのでしょう?」

「理由は二つ。一つは、貴方が間違いを犯さないように。私が信じて積み重ねてきた事が、ここで有用であったかどうかは、誠実に貴方に伝える。

 しかしそれと、私がこれを長年研鑽してきた事実は、別の事柄なのだ。

 苦境では、身体に染み込んだ技しか出てこない。

 有効であるかどうかに関わらず、私はそれで戦うしかない。

 武術には、そういった側面がある。

 共に戦う貴殿には、私の癖を覚えておいてもらいたい。

 そういった判断からなのだ」


 そう言った時の老聖騎士の表情が、印象的だった。




 下宿に戻ると、女将さんが声をかけてきた。


「ねぇ、ちょっとあんた。最近、聖騎士様とつるんでるって言うじゃない。大丈夫なの?」

「何がです?」

「なんか、あの人達、教皇様の言いつけじゃなく、勝手に来てるって。それで、迷宮で荒稼ぎしてるから、そのうち破門されるって噂だよ。あんたも変な事に巻き込まれないようにした方がいいよ」


 その話を聞いて、私は眉をひそめた。









―――――――――――――――――――――――――――――――――――





水平斬り。フラットスナップ。

Duke Sean Stick Mechanics - Flat Snap and Leg Snap

https://youtu.be/D3z4UD4o4Us

逆水平斬り。オフサイドヘッド。

Duke Sean Stick Mechanics - Offside Head

https://youtu.be/Kd2hJti43zs 

ちょっと説明多くて動作少ないので退屈かもだけど、この方のチャンネルに試合動画沢山あるので実際の動きはそちらも見て頂ければ


回転斬り。モーリネット。

https://youtu.be/wYIe8PAHCGA

ちょっとSCA界隈でモーリネットって言葉で表すムーブは独特。


HEMA界隈だとモーリネットというとこんな感じ

Moulinette - what is it and why do it? - Historical fencing

https://youtu.be/ztTq35BhPuQ


二つのモーリネットが違う物に見えるけど、

間にこれを入れると判り易いかも

Meyer Rapier - 5th Parry/Hanging

https://youtu.be/kTh9xx3E-hw

※吊り構え。ハンギング・ガード(拳を高く上げて剣先下げる構え)からの反撃



ちなみに十字軍騎士が籐の剣でスポーツ競技をしたという歴史的事実はありません。競技化が進んでルールに適応した(実戦から離れた)テクニックが生まれてきた、というくだりを含めて、全くの創作です。 


カスパーの装備は、この話の時点では、ヘルムだけユテル修道士と違います

彼のヘルムは、Cervelliereと呼ばれる物です。

詳しくは、こちらのグレゴリウス山田先生のブログに詳しいので、よかったらどうぞ。


吉田と中世と兜:

http://www.wtnb-bnz.jp/blog/diary/yoshida8armors







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る