第六話 「輝く物が全て錆びついてしまった時に」 前編






 





 迷宮の地下通路。

 私とユテル修道士が並んで歩き、後ろからディーが続く。

 老聖騎士の装備は、全身に鎖かたびら。

 右手に片手剣。左腕に涙滴るいてき型の盾。

 この盾は、上半分はノルドの円盾に似ているが、下半分が長く下に伸びている。

 その分重く、首にかけて支える為の革帯が付いている。

 また、把手で一つで保持するのでなく、前腕を締める革帯が付いている。




 やがて、輝く杖の明かりの中に、後ろあしで立つ蜥蜴とかげが二体現れた。 

 まるで人のように、右手に偃月刀えんげつとう、左手に丸盾を構えている。

 拍子をとるように、ゆらゆらと揺らされる刀と盾。

 これまでの敵と異なり、こちらの様子を冷静に伺っていた。

 丸盾は把手と前腕の革帯で保持する形。

 さほど大きくなく、直径で二尺程度。

 彼らと私たちは、ゆっくりを間合いを詰める。

 あの盾では、下半身を守れない。

 そう見た私は、蜥蜴男の足に斬りつけた。

 ちがっ! 足が遠い!

 おまけに、盾を一瞬あげた空間に、剣を振りきってしまった。

 その為、手首を返した剣と右腕が盾の内側に入ってしまう。

 とっさに盾で頭を守り、剣を引き戻しながら後退あとずさ

 盾を上げたままだと視界を隠す。

 やや開いて、右目で敵をのぞく。

 しかし、その私の右側の空間に、蜥蜴男が逆袈裟ぎゃくけさで斬り込んできた。

 右鎖骨から胸にかけて、衝撃。

 冷や汗が一気に噴き出す。右腕動くか?

 その時、左側から、ユテル修道士が斜交はすかいに剣を突き出した。

 私を追撃しようとした蜥蜴男の喉に、切っ先が沈み込む。

 青い血をばら撒いて、倒れる蜥蜴男。

 残り一匹。

 数的有利を得た我々は、十字に攻撃できるように位置取りした。

 蜥蜴男の注意が、正面の老騎士に注がれるのを感じる。

 私は、側面から盾ごと体当たりした。

 盾の内側、左肩と左腕に全体重をかけたが、押し込み切れない。

 しかし、ユテル修道士が、腰だめに構えた剣を、蜥蜴男の腹に突き刺す。

 足の力が抜けた蜥蜴男を、私が壁に押し込んだ。

 老聖騎士は、再度突き込み直し、刃を捻って止めを刺した。



 肩で息しながら、倒れた蜥蜴男たちを見下ろした。

 彼らは、思ったよりも大きかった。

 尻尾を伸ばして吊り合いを取り、極端な前傾姿勢をとっているから、頭の位置が低い。

 それで、私と同じくらいの高さに頭があるから、同等の体格と勘違いしてしまった。

 足が遠かったのも、それで合点がいく。

 私は、右肩の具合を確かめる。

 鎖かたびらは刃を防いでくれるが、衝撃を受け止めてくれる訳ではない。


「肩はどうだ?」


 老聖騎士に声をかけられて、私は肯いた。


「やはり勘所かんどころを抑えた動きをされるな。ディー殿の明かりも素晴らしい。貴殿らに声をかけたのは間違いではなかった」


 ユテル修道士は、上機嫌だった。




 二週間前。郊外の農家。

 私たちに助力を願ったユテル修道士は、聖騎士修道会の現状を語った。


「三十年前」


 彼は、一度そこで口ごもった。


「三十年前。我らは東方での最後の拠点を失い、落ち延びるように撤退した。その後は、各地に寄進きしん頂いた土地に身を休ませつつ、再編と反抗を図った。しかし、聖地奪還の機運は高まる事がなく、遠征軍がおこる事はなかった。……もう、そういう時代ではなかったのだろう」


 私は黙って聞いていた。


「もはや我が兄弟団は役目を終え、緩やかに終わりを迎えるのみ、そう思っておった。その折りに、この災厄に見舞われた地の事を聞き及び、居ても立っても居られなくなった。そこで私は、賛同してくれる仲間を募り、この地に来たのだ」


 そこで、老修道士は建屋の方を振り返った。

 昼食を終えた従僕たちが、屋根の修理や、家畜の世話をしている。

 いずれも年配の男で、どこかしら身体が不自由そうな者が多かった。

「しかし、我ら兄弟も老い、傷つき、戦える者は私一人になってしまった。従卒達も同様。

 先ほどの話だが、我々は貴殿に、一回の探索に付き帝国銀貨百枚をお支払いするつもりだ。武具も提供する。もし万が一の場合には、兄弟団が所有する墓地に埋葬されるよう取り計らう」


 ユテル修道士は、椅子から立ち上がり、私の前に膝をついた。


「こうして、卓越した戦士であり、また我らの先達せんだつ薫陶くんとうを受けた貴殿に出会えた事は、神の恩ちょうに違いない。何卒なにとぞ、我らにご助力を」

「お止めください」


 彼の肘を抱くようにして立たせ、椅子に戻ってもらおうとした。


「では、お受け下さるか」


 私は首を振った。


「お受けできません。私のした事のほとんどは彼女の功績です。私自身の力は微力なものですし、何より私自身が、彼女なしで戦いたいとは思わない」


 ディーを見やりながら、修道士に答えた。

 彼女は、淡々と私の言葉を聞いている。


「貴殿が探索に一人伴っているのもお聞きしていたが。まさか女性とは。もちろん、彼女の分も相応の金額をお支払いしますぞ」

「いえ、そうではなく。彼女は北方人です。異教徒ですし、ある種の……伝統的な療法を用います。貴方とは、相いれない」


 意図を誤解されたようなので、改めて強い言葉を使ってみた。

 老修道士は、合点したように肯いた。


「私は若い時分の数年ですが、東方で過ごした。異教徒の友人も、大勢いた」


 老聖騎士は、北方の中年女を安心させるように微笑んだ。

 私は困惑する。


「しかし貴方は、神の忠実な戦士だ」

「神のおぼしは常に深遠だが、不浄の怪物を討つ事には何の疑いも要りますまい」


 そんな風に、ユテル修道士は答えた。

 返事を保留にして、その日は辞した。




 ソーリンの家。

 囲炉裏いろりで暖を取りながら、老聖騎士の提案について、二人で話し合った。


「ディーは、どう思う?」

「カスパーは、どうしたい?」


 尋ねたら、問い返された。


「条件もいいし、私の師だった人の兄弟であれば、手助けしたい」


 私は、考えを整理して答えた。


「その話、聞いてない」

「ん?」

「子供の頃の、話。今日の口の利き方、だいぶ違ってたよ」


 言われれば、自覚はある。


「オレの子供の頃の話、聞くかい?」

「聞かせて。そうしたら、ユテルさんの件はいいよ」


 それで、彼女に話をした。


「ふうん。そうは思ってたけど、結構なお坊ちゃんだったんじゃない?」

「そうでもないさ。たぶん親父は、中間ちゅうげんとか奉公人の類いで、小さな砦を任されてただけだと思う。自由民の地主とかの方が、よっぽど豊かだったんじゃないかな」


 思えば、私はこのように自分を誰かに語った経験がなかった。

 話しているうちに、ささやかな楽しかった事や、風景や香りを思い出す。

 替わりに、辛い思い出は、当時の色合いを失っている事に気付いた。

 今度、ディーの子供の頃の話も聞こうと思った。




 私たちは、聖騎士の拠点を訪れ、共闘を了承した。

 さっそく、ユテル修道士は私を農家の二階に案内した。

 彼は、私の身体に合う武具を見繕ってくれた。

 まず、長袖で、裾が太股ふとももまである鎖かたびらの胴着。

 同じく鎖かたびらの頭巾と、鎖かたびらが縫い付けられた手袋と長靴下。

 いずれもは下地は綿入り刺し子縫いで、衝撃を多少和らげてくれる。


「かたびらを着たら、腰帯をきつく巻くんだ。その後、伸びをして腹回りを余らせるように」


 彼は、私の鎖かたびらを引き上げて、腰帯の上に垂れ下がるぐらい余らせた。


「片手剣を使いこなす為には、腕を上げた時に肩が耳に着くぐらい肩が自由になっていなければならない。腹を余らせておかないと、かたびらが引っ張って肩の動きの邪魔になる」


 そして頭には、鎖かたびらの頭巾の中に兜をかぶった。

 耳から上にかぶる半球状で、一枚板から打ち出されている。


 他に、顔を守る面頬めんぽおが付いたものや、頭部をすっぽり覆い隠す型の兜もあって、そちらも若干そそられた。


「これ、顔も守られていいですねぇ」

「それはやめた方がいい。迷宮は松明があっても、影が数多くできる。視界は広い方がいい」

「なるほど」


 私は納得して、たる型兜を台に置いた。

 盾は、ノルドの円盾の下半分を長く伸ばしような涙滴型の盾。

 把手に加えて、前腕を締める革帯がついている。

 更に、首にかける長い革帯もある。

 使った事のない形の盾なので、老聖騎士に扱い方を教授してもらえる事になった。




 建屋の外に出て、まず構え方から教えてもらう事になった。


「そう、盾で鼻を隠すように。すこし下側を前に出して、左肘と肩に乗せるように引き付けて構えなさい」


 指南された通りに、左足を前に、やや前傾姿勢になってそれを構えた。


「第一の選択肢は、突きだ。切っ先を前に構え、剣を握った拳を盾の上方に突き出すように。刃先は下に向けて」


 腕を内旋させ、肩を入れるような形になる。

 老聖騎士がやると、蛇が盾の上を乗り越えるようにぬるっと刀身が突き出される。


「左側から頭を攻撃された時は、盾を上げて防ぐ。そのまま上げると全く敵が見えなくなるから、少し開いて、右目で敵をのぞき見するのだ」


 盾はかなり重いので、これはいささか難しかった。

 盾の把手を握った左拳を、構えている時は顎の右前に置き、裏拳で敵の攻撃を弾くような感じで動かすと、ユテル修道士の言うように動かせるようになった。


「右側から頭を攻撃された時は、剣を立てて防ぐ。頭の両側を守ると、剣の刀身と盾で眼前に三角の屋根を作るような姿勢になる。ただし剣の平を盾の縁に乗せて支えてはいけない。剣が折れる」

「斬りもやってみよう。これを使うといい」


 彼が渡す剣を、受け取った。


「重っ!?」

「鍛錬用の剣だ。刃はつけてないが、普通の剣の二倍の重さで作ってある」


 老聖騎士は、まずは右上から左下に振る袈裟けさ斬りを見せた。


「腰を入れて振るのだ。相手を斬る位置を通り過ぎたら、手首を返す。盾は身体に引き付けてフォロースルーの邪魔にならないように。そのまま剣の勢いを殺さずに、手首を内に曲げるようにして、切っ先を回して相手に向ける」


 確か、ソーリンが手斧で狼男の腹をぶち抜いた時も、同じようにしていた。











 ユテル修道士の装備イメージ

https://youtu.be/fy_ztGP1oNU

 ただ、へルムと盾については、こちらの11世紀版のノルマン・ヘルムとティアドロップのカイトシールドをイメージしてます。

https://youtu.be/7ofqIc1g1nI



 最後にユテル修道士が話してた、片手武器のフォロースルーは、こちらのイメージ。

 豚の頭が試し切りされたり、かなりのグロ動画ですのでご注意を。

https://youtu.be/CfQ0tzYxIG8



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