第3話「聖女の真実」

「お、終わった。こ、こ、殺される……っ?」


 宗教裁判? 異端審問?

 いったいどれほどの目に遭わされるのだろう。

 聖女様は今、どんな顔をしているのだろうと恐る恐る窺うと……。


「いいじゃないですか! むしろ最高じゃないですか!」


 よだれを拭った聖女様が、目をキラキラさせながら迫って来た。

 大きなお胸に手を当てて、ぐいぐぐいと距離を詰めて来た。


「それを食べようということは、あなたもご同類・・・なんですよね!? ああ、なんという運命の巡り合わせでしょう! こんな山の中でこんなにも素晴らしい出会いが待っているだなんて!」


「えっとえっと、ご同類ということは……もしかして聖女様って?」


「ええ、大きな声では言えませんが!」


 聖女様は自らの顔をビシィッと指さすと、これ以上ないほどに大きな声で言い放った。


「わたし、こっそり『魔物喰い』をするためにソロ活動をしていたんです! だけどレベル差があるせいかみんな逃げちゃって、上手く狩ることが出来なくて! そのうち空腹でどうしよもなくなってこんな状態に!」


 全国民憧れの聖女様が、まさかの『魔物喰い』ジャンキーだった。

 常識がガラガラと崩れる音を聞きながら、ボクはその場に座り込んだ。


「っていうことで食べていいですかっ? いいですよねっ? ねっ?」


「いいですけど……」


 もはや反論する気力を失ったボクがおわんを差し出すと、聖女様は喜び勇んで手に取った。

 木のスプーンで米と肉をひとすくいし、口に入れた瞬間甘やかな声を出した。


「はっきゅううう~ん♡」


 豊満な肉体をくねくねと身悶えさせながら、頬をピンク色に染め──


「ふわあああ~っ!? なんですかこれ美味しいっ、超美味しいっ! 塩味の濃すぎない優しい味付けで! じんわり体の中がほぐれていくような温かさで! あとあとあと、何よりこのお肉っ! たんぱくなのにコクがあってほっくり柔らかくてっ! これが一角ウサギ!? あっ、これって内臓モツですよね!? モツも食べられるんですかっ!?」


 絶対に聖女様の口からは出ないだろう、モツという単語を連呼し──


「はい、すぐに悪くなっちゃうんで人里には持って帰れなくて。狩人の特権みたいなとこありますけど……」


「まあっ、そんなに貴重なものだったなんてっ!」


 聖女様は瞳の中に星を瞬かせて感動を表した。


「……ああっ、このコリコリした食感っ! 柔らかな雑炊の中にあって、とっても異彩を放ってますね! さすがにモツなのでクセはあるんですけど、そこがまた魔物で野性な感じで素敵ですっ! あ・あ・し・あ・わ・せえぇぇぇ~っ♡」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 大騒ぎしながら食べ終えると、聖女様は上品に口を拭った。

 正座して姿勢を正すと胸の前で手を組み、神様への祈りを捧げた。


「主よ、遅くなりましたが今日のお恵みに感謝します」


 続いてボクに向き直ると、すっと綺麗に頭を下げた。


「誠にお見苦しいところをお見せしました、わたしはクラリスと申します。ミリア教の信徒です。寛大にもこんなに素晴らしい料理をご馳走してくださったあなたのお名前を伺っても?」


「……なんかもう今さら感がすごいですけど、ボクはロッカです。冒険者をしていて色々あって……」


『魔物喰い』の共犯者同士、隠し立てしても仕方ない。

 そう思うと、一気に肩が軽くなった。

 勢いのままにソロで冒険していた理由まで説明すると……。


「なるほど、だから食べちゃいたいぐらい可愛い上に狩りが出来て料理も出来て『魔物喰い』への禁忌もない超優良物件が手つかずでこんなところに……ゴホンっ。今ちょっと色々漏れましたが、聞かなかったことにしてください」


「は、はあ……」


 都会特有の言い回しなのかな?

 ボクには聖女様の言ってることの半分も理解出来なかった。


「ふっ……わたしも昔はこんな女ではなかったんですけどね……」


 そんなボクの思いを知ってか知らずか、聖女様は自嘲気味に語り出した。


「飢餓に苦しむ難民のために何かできないかと模索するうちに『魔物喰い』にたどり着きまして……。狩ることはあっても誰も食べようとしない、つまりは廃棄食材の研究をするうちにその背徳的な魅力にりつかれてしまい……。最初は覆面をかぶってブラックマーケットにおもむいていたんですけど、それも徐々に難しくなって来て……やがて需要に供給が追いつかなくなって思い余って……」


「結果的に、こんな森の中まで流れ着いたと?」


「ええ、お恥ずかしながら」


 あれほど見事な食いっぷりを披露しておきながらも恥じらい自体は残っているのだろう、聖女様はポッと頬を赤らめた。


「別に恥ずかしいことはないと思いますよ。そりゃ宗教的にはダメなんでしょうが、ボクら狩人は普通にやっていることなんで」


 ひとたび森に入ればそこは異界であり、人里の常識なんて通用しない。

 生きるために魔物を食うぐらいのことは普通にする。それが狩人だ。


「それに、もともとの発端が飢えている人のためですもん。神様だってそのぐらいは許してくれますよ」


 信徒ですらないボクがそんなことを言っても説得力は皆無だろう。

 でも聖女様は、ぱむと両手を合わせると「まあお優しいっ」と少女のように顔を綻ばせた。


「やはりあなたとの出会いは運命だったようですね。ねえロッカさん、どうでしょう。わたしたちふたりでパーティを組んでみるというのは? わたしは神聖術が使えますし、物理攻撃もそれなりに出来ます。ロッカさんは狩人の技術や料理という風に住み分けも出来ますし。ね、これってとっても素晴らしい組み合わせじゃありません? まるで主が、最初からそうなるようデザインしたみたいに」


「わ、ホントですかっ? そんなのホントにいいんですかっ? ボク……ボクホントに嬉しいですっ」


 聖女様の申し出に、ボクは声を弾ませて喜んだ。

 ちょうどソロでの冒険に限界を感じていたところだったんだ。

 しかも相手が聖女様だというなら、これ以上の幸せはない。


「あ、でも、ボクまだレベルがその……五しか無くて……。とてもじゃないけど聖女様のお役には立てそうになくて……」


『金水蓮』を追放されるきっかけだって、元をたどれば自らの弱さが原因だった。

 もし聖女様にまで呆れられ、即座にパーティー解消なんてされた日には、たぶんボクは二度と立ち直れないだろう。


 そう思ってあらかじめ言っておいたんだけど……。


「大丈夫ですよ。先ほども言いましたように、住み分けです。戦闘や回復といったことに関しては、わたしがいればなんの問題もありません。ロッカさんにはそれ以外の部分を担当していただければよいのです。狩人としての技能とか可愛さとか……」


 最後のほうはむにゃむにゃ言ってて聞き取れなかったけど、どうやら気にしないでいいと言ってくれているらしい。


「ともかく、ロッカさんが問題ないのであればパーティー結成といきましょう。いいですか? いいですよね? あとからやっぱり嫌だとか言ってもダメですからね?」


「え、あ、はい、お願いします。もちろんそんなこと言うわけありませんけど……」


「しゃっ」


 聖女様はグッと拳を握って喜ぶと……。


「では決まりですね。あ、これからわたしのことはクラリスとお呼びください。いつまでも聖女様では堅苦しくてしかたないですから」


「は、はい。ええと……く、く、クラリス様……」


「クラリス」


「く、クラリス……さん」


「ふふ、まあ今日のところはそれぐらいでいいでしょう」


 くすりと笑うと、クラリスさんは左手を差し出してきた。


 手首にめられている金属製の腕輪は冒険者ギルドから配布されているものだ。

 冒険者の名前、性別、種族、年齢、職業、レベル、個人ランク、パーティ名とそのランクが光る文字で記されている。

 腕輪の色は黒、白、黄、ピンク、赤、銀、金の7種類があり、それぞれがFからSまでの個人ランクに対応している。

 それらは魔道ネットワークでギルドと繋がっていて、何か変化があればリアルタイムで更新される。


「わあ、すごい。クラリスさんは金なんですねっ。Sだっ。S級冒険者ってたしか伝説級の人物しかなれないものですよね。すごすごい、初めて見たっ」


 Fランクの自分なんかが一緒でホントにいいのかと、改めて気後きおくれしていると。


「ランクなんてただの目安に過ぎません。本当に大事なものは、その人の心の内にあるのです」


「心の……内?」


 聖職者特有の言い回しなのだろうか、ボクが首を傾げていると。


「ええ、ロッカさんは最初、わたしに食事を提供するのをやめようとされましたよね? それってたぶん、もし知らずに一角ウサギの肉を食べればわたしがショックを受けるだろうと考えた結果ですよね?」


「はい」


「でもその時、こういう考え方も出来たはずです。『別にバレなければいいんじゃないか?』と。『ここで変に粘って魔物喰いがバレれば、今度は自分が処罰される。だったら黙って食べさせればいいんじゃないか?』と。でも、ロッカさんはそうはしなかった。それはなぜですか?」


「それはその……なんかイヤだなと思ったんです。クラリスさんが理性では気づかなかったとしても、胃の中には紛れもない魔物の肉が入ってしまう。本人が知らないところで宗教上の禁忌をおかしてしまう。そんなの可哀想だなって」


 全国民憧れの英雄である聖女様に、形はどうあれボクが傷をつけてしまう。

 そんなのは許されざる行為だと思ったんだ。


「ほら、それがあなたの優しさです」


 ボクの言葉を聞いたクラリスさんは、女神ミリア様みたいな慈愛に満ちた笑みを浮かべた。


「自分の身を危険に晒してでも他人の尊厳を守ろうとする、尊い精神性です。わたしがパーティーを組みたいと願った、一番大事な部分ですよ」


「尊い……精神性……」


 クラリスさんの言葉をオウム返しに繰り返すと、胸の内にぽっと暖かい火が灯った。

 ボクなんかの気持ちにまで配慮した言葉の使い方がひたすらに嬉しくて、アレスたちに裏切られささくれ立った傷口が、急速に塞がっていくのを感じた。


「ですからロッカさん、自信を持ってください。わたしがパーティーを組みたいのは、そんな素敵な心根を持ったあなたなのですから」


 優しく言うと、クラリスさんはボクの腕輪に自分のそれをぶつけた。

 

 ──パーティー承認。リーダーとパーティー名を登録してください。


 女性の声のメッセージが流れると……。


「リーダーはロッカ・エイムズ。パーティー名は……うふふ、『エイムズファミリア一家』なんてどうでしょう?」


「え、え、ええええーっ!? ボクがリーダーでっ!? 名前も、ええええぇーっ!?」


 まさかの事態に、ボクは慌てた。

 Fランク冒険者であるボクがパーティーリーダーだなんてあり得ない。

 しかもパーティー名まで……。


「ちょ、待って……っ。待ってくださ……」


 ──リーダー名『ロッカ・エイムズ』。パーティー名『エイムズファミリア』。承認されました。現在のパーティーランクはリーダーを基準とし、『F』となります。なお、これはあくまで仮契約となりますので、一週間以内に最寄りの冒険者ギルドで本契約の締結を……。


「うわああああーっ!?」


 ボクが止める前に、冒険者の腕輪が承認してしまった。

 しかもパーティーランクはリーダーのそれに同期するから、クラリスさんはF級冒険者パーティーの一員になってしまった。

 

「ちょっとクラリスさん!? ホントにこれでいいんですか!?」


「いいんですよ。これがいいんです。わたしとロッカさんで『エイムズファミリア』。うふふふふ……なんて素敵な響きなんでしょう」


 クラリスさんは頬に手を当てると、幸せそうに微笑んで──


「さあ、それでは街に戻りましょうか。このめでたき日を祝って、祝杯を上げなければ」


 ウキウキルンルン楽し気に、一緒に帰ろうと手を差し伸べて来た。

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