第2話「魔物喰い」

 街を出たボクは、近くにある森へと向かった。

『エールの森』と呼ばれるそこは弱い魔物しか出て来ないので初心者向けな上に、採取クエストに必要な薬草などは大体採取できるので使いやすい採取場だからだ。


「なーんて、油断してちゃダメだよね」


 弱いのしか出て来ないとはいえ、魔物は魔物。

 しかもボク自身が弱いので、相手によってはけっこうな死闘になってしまうかもしれない。

 数が多い場合は、本気で死んじゃうことだってあるかもしれない。

 なのでここは安心安全に、見つからないようこっそりと……。


「ほい、『生命感知』」


 スキルを発動させると、ボクの胸の前に直径三十センチぐらいの球体が現れた。

 発光する黄色のラインによって形成されたそれは、周囲の地形を地図として立体的に表したものだ。

 ところどころにある緑色のマーカーは『一定以上の力を持つ生命体』の印、マーカーの脇にはその生命体の個体名が記されている。

 ちなみに球体の中心にいるのはボクで、『人間(男):狩人ロッカ』。


 操作の仕方としては、大きくふたつだ。 


 まずはつつく。

 球体の右側をつつくたびに『一定以上の力を持つ生命体』の『一定以上』の値が『上昇』する。

 最初は小動物まで表示されていたのが魔物とボクだけになり、そのうちそれすらも表示されなくなる。

 左側をつつくと今度は値が『減少』する。ゼロ以下になるとマイナス領域。『負の生命力』を持ったアンデッドなんかの存在は、こちらで計測出来る。

 狩る獲物によって値を変えることで、必要な情報を選べるってわけ。


 次に指の開閉。

 球体表面で指を開いたり閉じたりすると、地図の表示範囲が拡大されたり縮小されたりする。

 特定の魔物の周辺の地形を確かめるために縮小したり、あるいは全体的な魔物の所在を確かめるために拡大したりと、これまたケースバイケースで便利な使い方が出来る。


「まずは表示を魔物以上にして……と。よしよし、近くにはいないな。安心安全、と。んじゃ作業開始ーっ」


 安全を確認した上で、ボクはさっそく採取作業に移った。

 

 ちなみに特別なスキルとかは持ってないけど、ボクは採取が得意だ。

 それはボクの『産まれ』によるもので……。


「お、ヒユスベリだ。んでこっちにはヘレボルスと。よしよし、意外とこーゆー所に生えてたりするんだよねー。こんなにたくさん生えてるってことは、こっちの人はわかってないのかな? えへへへへ、これは独占だねえー」


 ボクの住んでいたエリチェ村は、極度の辺境にあった。

 人口は百人に満たないほど少なく、近くの街まで十日もかかるほどに遠い。


 基本的に自給自足なので、生活必需品は自分たちで用意した。

 服に靴、家具に雑貨に食器に食料。

 金属製品に関しては定期的に村を訪れる商人さんを頼るしかなかったけど、それ以外の部分はたいがいなんとかなった。


 商人さんの運んで来る商品と交換するのは、動物の毛皮や薬草。

 特に重宝されたのは薬草だった。

 都会では手に入りづらい希少な薬草を採取する術をみんなが持っていたから、商人さんは村へ来るたび薬草満載の籠を馬の両脇に吊るして帰って行った。


 当然、採取は争いになる。

 高価な薬草の採取場は、秘伝として代々家に伝えられていた。


 そんなところで育ったボクもまた、薬草に関してはそれなりの知識を持っていた。

 どんなとこに生えているか、どういう風に採れば傷つけないか、どうすれば鮮度を保てるか。  

 採取クエストをこなす上で、それらはとても役に立った。



 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 一日目の作業を終えたボクが冒険者ギルドに戻り成果物を広げると、周りにいたみんなが驚きの声を上げた。

 ボクの収穫量が他の採取クエスト従事者のそれに比べて明らかに多く、また薬草の鮮度が良かったからだ。


 二日目も、三日目もそれは続いた。

 競合相手のいない中、ボクの仕事は高く高く評価された。


 ──ロッカくんの採って来る薬草、薬師の人に評判がいいのよ。おかげでポーションの効果が五割増しだって。この質が今後も保てるなら、報酬を上げてもいいって言ってくれてるぐらいなの。


 冒険者ギルドの受付嬢のアイリさんは、自分のことのように喜んでくれた。

 ボクの頭を撫でて、嬉しそうに頬を染めてくれた。


 ──わたしも鼻が高いわぁ~。だって、ロッカくんがこの街へ来てからずっと狙って……じゃなくっ。その成長を楽しみにして来たんだもの。


 人に褒められるというひさしぶりの経験に気を良くしたボクは、それまで以上に採取クエストにはげんだ。

 報酬はホントに上げてもらえて、生活が少し楽になって、そのたびアイリさんが褒めてくれて、それもまたやる気を後押しした。


「ふっふっふ、このまま採取クエスト専門職になるのもいいかなあ~」


 口笛を吹きながら、ボクはバリバリと採取を続けた。


「『生命感知』のおかげで危険な魔物と遭遇することはないし、おかげで採取に集中できるし、ホントに天職かも?」


 そうして一週間が過ぎ、二週間も半ばに差し掛かった。

 最初のうちは生き生きと働けていたボクだけど、その勢いは日が経つにつれて弱まっていった。


 朝起きて、宿を出て冒険者ギルドに向かい、クエストを確認して森に向かう。

 黙々と作業を続け、夕方までには冒険者ギルドに薬草を届け、宿に戻る。

 食事をとったらすぐ眠り、次の日に備える。


 同じことの繰り返しが、徐々に心をむしばんでいった。


「うう、やっぱりひとりは寂しいなあ……。誰でもいいから喋る相手が欲しいなあ……」


 変わり映えのしない平坦な生活の中で、ボクはぼやいた。

 故郷の村にいた時はお父さんがそうだったように。

『金水蓮』にいた時はレベッカがそうだったように。

 こんな時に会話の出来る誰かが傍にいてくれたら、そんなことを思いながら。

  

 そんなある日のことだった。

 今日も今日とて薬草採取を終えたボクは、うーんと伸びをしながらつぶやいた。


「ここから街まで二時間ぐらいか。お腹減ったし、ここらで何か食べてこっかな。ほい『生命感知』っと」


 スキルを発動させると、周囲の地形が球体として表示された。

 ボクを中心にポツポツと緑のマーカーが表示されていき──


「お、『一角ウサギ』だ。これにしよう」


 最弱レべルのモンスターである一角ウサギを見つけると、ボクは背負っていた弓を構えた。

 マーカーの動きをじっくりと確認しながら振り向きざまに矢を射ると、ちょうど沢へ水を飲みに降りて来た一角ウサギの首筋の当たった。

 一角ウサギはポテリとその場に倒れると、動かなくなった。


「やったやった一発だっ。やあしかし、ちょうど沢の傍で良かったな」


 血や汚れを落とす必要があるので、獲物を綺麗に解体するには大量の水が要る。もちろん沢の傍ならバッチリだ。

 いい場所で狩ることができたとにんまりしながら、ボクは獲物をさばいていく。


 皮を剥ぎ内臓を抜き血抜きをし、流水で丁寧に洗いながらナイフで肉を削ぐ。 

 適度な大きさに切った肉を片手鍋に入れると、水からじっくり煮る。

 臭み抜きに香草を入れ、アクを取りながらコトコト、コトコト。

 持参した生米とそこらで採取したキノコを入れ、酒と塩と魚醬を入れて蓋をしてコトコト、コトコト。

 頃合いを見て蓋を開けると、ふんわり優しい香りが辺りに漂った。


「『一角ウサギの雑炊』出来上がりっと。懐かしいなあ~、お父さんともよく食べたっけなあ~……。当時は『生命感知』が無かったから、一匹狩るだけでも大変だったけど…………ん? 何か視線を感じる……? 野生の獣にしては妙に圧があるような……ま、まさか魔物っ?」


 料理の香りにつられて魔物が寄って来たのだろうか。

 慌てて弓を構え『生命感知』をしてみると……。


「『人間(女):聖女クラリス』? そっか、そういえばこの近くに聖女様が来訪してるとかって、ギルドでみんなが騒いでたっけ……んんん? 聖女様がこんな山の中に、ひとりで?」


 その異常さに気づくのと、人の気配が真後ろに現れるのは同時だった。


「え、動き速っ……っていつの間に!?」 


 尋常じゃないマーカーの移動速度に慌てて振り返ると、そこにいたのは二十歳手前ぐらいの若い女性だった。

 金髪のハーフアップが豪奢ごうしゃに輝き、双眸はサファイアのように煌めいている。

 顔立ちは女神のように整い、紺色の修道服のお胸が盛り上がって大変なことになっている……ってわああああっ、ごめんなさいっ。

 清貧と禁欲が信条の聖女様をエッチな目で見てごめんなさいっ。


「せ、聖女クラリス様ですよね?」


 内心で猛省しながら、ボクは聖女様に話しかけた。


「えっと……おひとりなんですか? にしてもこんなところにどうして?」


 すると聖女様は、じゃっかん喰い気味に。


「あの、どこのどなたかは存じませんがじゅるり。わたし今お腹が減って死にじゅりそうなんです。どうかその食事を分けていただけませんかじゅるじゅるり?」


「食事を分ける……?」


「お願いします死にそうなんですじゅるり」


 なるほど、言葉の端々によだれの音が混じるほどに極度の空腹状態のようだ。

 お弁当を忘れたのかな? まあ聖女様だって人間だし、そういうこともあるのかな。


 軽く考えたボクは雑炊を木のおわんにすくった……が、ギリギリのところで気が付いた。


「そういうことならどうぞ……ってダメだ! ダメだ! ダメだった!」


 正義を司る国教であるミリア教にとって、『魔物喰いモンスターイーツ』は重大な禁忌事項なんだ。

 ひとたびバレれば信徒でなくても厳しく処罰される。

 もしバレなくとも敬虔けいけんな信徒である彼女の心は、それによって深く傷つくだろう。


「な、なんでダメなんですかっ? 今いいって言ったじゅるのにっ?」


 切羽詰まったような表情になった聖女様が、ボクにヒシッとすがりついてくる。


「お願いですじゅるり! せめてひと口だけでもっ!」


「わああああっ、近い近い近いっ!?」 


「じゅるるるっ! るるうっ、じゅるるうううっ!」


「ホントにダメなんですってば! だってこれには一角ウサギの肉が入ってて……ってしまったああああ!?」


 聖女様の密着に動揺したボクは、思わず自白してしまった。

 よりにもよって、ミリア教最高位の聖職者の目の前で。 


「お、終わった。こ、こ、殺される……っ?」


 宗教裁判? 異端審問?

 いったいどれほどの目に遭わされるのだろう。

 聖女様は今、どんな顔をしているのだろうと恐る恐る窺うと……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る