【コミカライズ企画進行中!】ブラックパーティーを追放されたボクは、『肉食系』な聖女様と背徳的な行為をしています。

呑竜

「第一部:聖女クラリスと背徳的な冒険をしよう」

第1話「プロローグ:追放」

 ボクの名前はロッカ・エイムズ。十五歳男。

 A級冒険者パーティー『金水蓮ゴールドロータス』のメンバーで、ジョブは狩人。

 主な役割は荷物持ちと料理番と、索敵と戦術立案を少々。

 パーティーの中で一番レベルが下で歳も一番下で、色々と気苦労が多い立場ではあったけど、それなりに楽しんで働いていた。


 しかしある時、ある夕方のことだった。

 冒険を終えていつもの酒場に戻った瞬間、リーダーの剣士アレスがボクに向かって首をかっ切るようなしぐさをした。


「ロッカ、おまえには今日限りでパーティーを抜けてもらうことにしたから。ああ、バカなおまえにもわかりやすく言うとクビな、クビ」


 ボクは思わず、手に持っていた荷物を取り落としてしまった。


「…………へ?」 


 あまりにもあっさりとした言い方だったので一瞬冗談かと思ったんだけど、どうやら本気のようだった。

 

「ウソでしょ? ボクがクビだってっ?」


 顔から血の気がザーッと引いた。

 膝が震えて、倒れそうになった。


 だってだって、そんなことが起こるなんて思っていなかったんだもの。

 みそっかす扱いとはいえ二年間を一緒に過ごして来たパーティーから、まさかこんなに一方的に解雇宣告されるなんて思っていなかったんだもの。

 

「ど、ど、どうして? いったいボクが何をしたって言うのっ? 何で急にそんなひどいこと言うの?」


 ボクはアレスに問いかけた。

 泣いたらクビを認めたことになるような気がしたから泣きたくなかったんだけど、悔しいことに目尻からジワリと涙が浮かんだ。


「言わなきゃわからんか? なあ、おまえって弱いし、どんくさいだろ。おまけにせっかくのユニークスキルも『生命感知ライフセンス』で、これ以上の伸びしろも無いだろ。だったらおまえを雇う金でさ、他のもっと優秀で、将来性のある奴を雇ったほうがよくない?」


「なななななな……っ?」


 あまりにもひどい言い方に、ボクは言葉を失った。


 ユニークスキルはこの世に生を受けた人間が十四歳の誕生日に必ず授かることのできる神様からの贈り物ギフトだ。

 一般スキルを遥かに凌駕する強力なスキルが多いのが特徴で、『剣神ソーディアン』や『無敵の盾インビンシブル』のように、それまで冴えない人間だったのがいきなり伝説級の人物になることだってあり得る。

 

 ボクのそれは『生命感知ライフセンス』。

 一定範囲内にいる一定以上の生命力を持った生物の位置と名前を特定出来るものだ。

 直接攻撃に使ったり防御に使ったりといったものでこそないけれど、間接的には十分な能力を発揮するものであり、優秀な支援型能力だと思っていたんだけど……。 


「よ、弱いしどんくさいのはたしかだけど、『生命感知』自体は使えるスキルだよっ。今までだってけっこう役に立って来たじゃないかっ。魔物に奇襲をかけたりっ、逆に奇襲を防いだりっ」


 変な言いがかりでクビにされてはたまらない。

 必死に正当性を主張するボクだけど、アレスはどこまでもバカにしたように吐き捨てる。


「はん、あれば便利っちゃ便利だが、無くて困ることもない程度のもんだろうが。そもそも俺ら、別にそんなの無くても強いしぃー」


「で、でも、不意打ちとかされたら危ない魔物だってけっこういるしっ。マッドファンガスなんて、レベルは低いけどけっこう厄介な能力持ちで……っ」


 世の中には、多少のレベル差なんてものともしない危険なスキルを持つ魔物が多い。

 だけどみんなはレベルが高いせいか、低レベルの魔物に対しては油断しがち。相手の攻撃を回避せずにそのまま鎧で受ける、なんていう雑な選択をしがち。

 そのままじゃ危ないからと、ボクが今まであれやこれやフォローしてきたんだ。

 魔物が持つスキルや危険性を計算に入れて、万が一にも事故が起こらないように作戦を考えて来たんだ。

 にもかかわらず……。


「ほおー、ってことはなんだ? おまえがいなきゃ、俺たちは魔物に不意打ちされてコロッと死ぬってのか? 遠回しに、俺らがマッドファンガスにやられるようなザコだって言ってんのか?」


「そ、そこまでは言ってないけど……っ」


 どうしよう、正論を叩きつけたら逆にアレスの機嫌を損ねてしまった。

 ただでさえガキ大将気質で、言い出したらきかないとこがあるアレスなのに……。

 ああもう、ここはみんなに頼るしかないのかな?


「み、みんなはどうなのっ? やっぱりボクがいない方がいいのっ?」


 ボクは他のメンバーに目を向けた。

 なんだかんだで二年間も一緒に冒険して来た仲だ、少しはフォローしてくれると思ったんだけど……。


 頭脳派僧侶のハーマンさんは「あなたがパーティーの戦力になっていないのは事実です。ならばクビになるのも必然ではありませんか? その方が皆の取り分も増えるし、当然の帰結でしょう?」とメガネを持ち上げ冷たく指摘し。


 筋トレ大好きなドワーフの格闘家ニニギさんは「貴様のような弱者など必要ない。わしらの仲間になり得るのはただ強者のみよ」とバッサリ切り捨てた。


「うううう……っ?」


 あまりのひどさに一瞬倒れそうになったボクだけど、ぎりぎりのところでなんとか耐えた。

 そうだボクには、まだ頼みの綱があるんだ。


「そうだレベッカっ。ねえ、レベッカなら認めてくれるでしょっ? ボクがここにいてもいいってっ。だってボクたち同じ村の出身で……っ」


 レベッカは、ボクの幼なじみの魔法使いだ。

 ひとつ年上のお姉さんで、新米のボクを『金水蓮』に誘ってくれた。

 言葉遣いは悪いけど姉御肌の優しい人で、いつだってボクの味方をしてくれた。

 そんな彼女がボクを見捨てるわけがない。

 きっと暴走アレスを止めてくれるはずだ。


「はあーあ? あんたバカぁ? アレスがクビっで言ったらクビでしょうが。反抗とかしてんじゃないわよ、身の程を知れっての」


 レベッカはしかし、赤毛のツインテールの毛先をいじりながら冷たい声を出した。

 

「まだ子供だったあんたをここまで連れて来てやって、役立たずなりに使ってあげて、お給料だってあげて、それでなんの文句があんの? ユニークスキル次第じゃもう少しマシになるかなと思って大目に見てたら、まさかの『生命感知』だって。その時のあたしの恥ずかしさ、あんたにわかる? 文句を言いたいのはあたしの方よ」


 ボクをフォローするどころか、超絶めんどくさそうに吐き捨てた。


「そ、そんなぁ~……?」


 レベッカ……たしかに最近ちょっとよそよしい感じがしてたけど、内心ではまさかそんなことを思っていただなんて……。

 ボクに深く幻滅してて、恥ずかしいとすら感じていただなんて……。


 今までの彼女との思い出すべてが粉々に打ち砕かれたような気がして、ボクはその場に座り込みそうになった。


「ふん、泣きわめいたってダメだからね。そんな情けない顔したって、もう助けてなんてやらないんだから。もうあたしはあんたのお守りをやめるの。これからは……」


 そう言うと、レベッカはアレスの肘にぎゅっとしがみついた。

 今までのぶすくれ顔がウソみたいな笑顔になって、甘ったるい声を出した。


「これからはあたしは、アレスの恋人として過ごすんだからっ。ねえー、アレスぅーっ♡」


「おいおい、それはまだ秘密だって言ってただろおー?」


「だってだって、早く言いたくてしょうがなくってえー♡」


 甘ったるい顔をして、甘ったるい声を出して、ふたりは人目もはばからず絡み合っている。

 ちょっと前まではそこまで仲良くなかったはずのふたりが、ウソみたいにイチャイチャしてる。


「……っ」


 ああ、そうか。

 その瞬間、ボクは理解した。


 レベッカはアレスのことが好きになったんだ。

 アレスのことが一番になったから、ボクみたいな奴はいらなくなったんだ。

 邪魔くさくてめんどくさくて、幼なじみであること自体が恥ずかしい。

 こんなお荷物はもういらないって、捨てたくなったんだ。


「……わかったよ」 


 ボクはそっとつぶやいた。

 悲しくて、辛くて、とうとう耐えられなくなって、ポロポロと涙を流しながら。


「……わかった、出て行くよ。みんな、今までありがとね」


 それでも最後ぐらいは綺麗に終わろうと別れの言葉を口にしたんだけど、誰からも返事はなかった。


 アレスはレベッカに夢中で、レベッカはアレスに夢中で。

 ハーマンさんとニニギさんは席に座ってお酒なんか頼んでて。

  

 別れの挨拶すら、聞いてくれる人はいなかった。 

 ボクはひとり寂しく、その場を去った。


 


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 


 クビになって一日目。宿の部屋からぼーっと空行く雲を眺めてた。

 クビになって二日目。路地裏に座り込んで道行く人をじーっと眺めてた。

 クビになって三日目。野良犬と友達になって、ちょうどいい感じの枝を投げて野良犬が拾って、みたいな遊びをしてた。

 クビになって四日目。当日分の宿代をカウンターに渡したところでハッとした。


「……いけない、このままじゃダメになるっ」


 ご飯を食べる、寝場所を確保する。

 ただ生きていくだけでもお金はかかるんだ。


 ボクは決して無駄遣いをする方じゃないけど、給料が安かったせいで蓄えなどはほとんどない。 

 頼れる知り合いはいないし、このままでは宿を追い出されるのも時間の問題だろう。


「新しい働き口、探さなきゃなあ~……。ハアァ~……」


 とはいえ、今の自分にどういう働き口があるのだろう。  

 自らのプロフィールを、ボクは冷静に分析した。


 ロッカ・エイムズ十五歳男。メインジョブは狩人レベル五。

 エリチェ村の狩人だったお父さんシギル・エイムズのひとり息子で、物心ついた時からお母さんはいないし親戚もいない。

 お父さんが流行病で亡くなった後は文字通り天涯孤独の身となり、レベッカの口利きで『金水蓮』に所属した。 

 銀髪碧眼で、特技は料理と、お父さん仕込みのサバイバル技術と魔物の知識。

 性格は大人しい……というかビビり。顔つきが女みたいだといつもからかわれている。

 背が低くて幅も薄くて、『革鎧に着られている』なんていう風にも言われるし……う~ん。


「レベルは低いし、どんくさいし怖がりだし……。料理人とかなら出来そうだけど、厳しい職場だったら嫌だなあ~……。それにやっぱり、冒険者がいいなあ~……」


 メンバーからの当たりはキツかったけど、楽しいことだってあったんだ。

 危険なダンジョンを踏破した時の喜び、強い魔物を退治した時の喜び、ハイタッチと宴会。

 その瞬間瞬間の嬉しさは、今も胸に残っている。


「どうせ働くなら、次も冒険者がいいなあ。とはいえ後衛職でソロはキツいし……、どこかのパーティーに入れてもらうしかないかなあ~」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 その足で訪れた冒険者ギルド。

 多くの冒険者でごった返す中、緊張しながら受付に歩いて行くと……。

 

「いらっしゃい。あら、ロッカくんおはようーっ」


 ぱああっと花咲くような笑顔で迎えてくれたのは、十代後半の綺麗なお姉さんのアイリさんだ。

 茶色の三つ編みがチャームポイントのアイリさんはいつも笑顔で、どんな悩み相談にでも乗ってくれて、みんなに内緒でアメ玉をくれたりするいい人だ。

 今回だって、理由を話せば親身になってくれるに違いない。

 

 しかし──


 さっそく用件を告げると、アイリさんは顔を曇らせた。

 胸元で両手を合わせると、拝むように謝ってきた。

 

「ごめんなさい、普通だったら手ごろなパーティーに照会をかけるんだけど、ロッカくんに関しては出来ないの」


「え、え、なんでですかっ?」


 思ってもみなかった返答に、ボクは慌てた。


「どんな初心者の冒険者だって、パーティーへの照会自体は出来るはずじゃないですかっ。そこから先は向こうの判断だけど、それ自体が出来ないなんて聞いたこと……っ」


「ロッカくんの場合はね、『金水蓮』から危険人物としての報告が来てるの。『パーティーがプールしていた資金に手をつけた』って。『裁判所に訴えることまではしないからありがたいと思え』だって。ロッカくんみたいに可愛くて小さくて優しくて純粋を絵に描いたようなコがそんなことするわけがないってわたしは信じてるし、ギルマスには『きちんと事実確認をしないと彼の名誉が傷つきますよ』って主張したんだけど、あのくそ野郎……ゴホン、ギルドマスターが取り合ってもくれなくて……」


「そんなあああ~……?」


 ボクはへなへなと崩れ落ちた。


 プールしていた資金がどうとかいう話はデマカセだ。『金水蓮』を抜けたボクが他のパーティーで上手くやらないように、嫌がらせとして流した虚偽の報告だ。全部ウソ。


 ウソなんだけど、衝撃のあまり抵抗する気力が無くなってしまった。

 二年間一緒にやって来たパーティーメンバーが、クビにしただけ飽き足りず、きっちりとどめまで刺しに来るだなんて。

 しかもそれを、冒険者の味方であるはずのギルドですらも助けてくれないだなんて。

 その事実がショックで、気力が根こそぎ奪われてしまった。


「……わかりました。もう……いいです」


 しょんぼりと肩を落とすと、ボクは依頼の貼り付けられた木のボードの前に立った。


 こうなってしまってはパーティーは組めない。だったらソロでやっていくしかない。

 だけど自分のレベルでは、かつ後衛職では魔物退治などの危険なクエストは受けられない。

 残っているのは狩人のジョブと、『生命感知』を有効利用した……。


「『採取』系のクエスト、いくつか持っていきますね」

 

「ね、ねえロッカくんっ? もし冒険者がダメだったらわたしのヒモ……じゃなくて家政夫にならないっ? あ、家政夫と言いつつ家事はしなくていいからっ、あなたはただ家でニコニコ待っててくれるだけでいいからっ、もちろんお小遣いはあなたの望むままあげるしどうかな? あ、大丈夫。わたしって若いけど、資格とか色々持ってて手当もついてて稼ぎはいいから……ってあれっ? ロッカくんっ? ロッカくうぅーんっ!?」 


 何か用事があったのだろう、アイリさんが大声でボクの名を呼んでいた。


 けどごめんなさい。

 ボクはもうショックでショックで、他人の言葉が聞こえないくらいの精神状態になっていたんだ……。

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