第4話「治安の悪い宿」
街に戻った頃には、すでに日が暮れていた。
家々からは炊事の煙が上がり、酒場からは美味しそうな料理の香りが漂って来る。
冒険者や一日の仕事を終えた人たちが賑やかに酒を酌み交わす音が聞こえて来る。
一日の中で、ボクはこの時間が一番好きだ。
みんなが仕事の疲れを
もっともボクは、いつだって聞き役だったけど。
(でも、今日からは違うんだ。クラリスさんがボクの仲間で、色々なお話を聞いたり、時にはボクからお話したり出来るんだ)
なんとも濃ゆい出会いではあったけど、仲間は仲間だ。
しかも普通の仲間じゃない、聖女様だ。
国への貢献も凄まじくて民衆からの尊敬を集めている人物で、さらに超がつくほどの美人で……。
「わ、すごい。みんながクラリスさんのことを見てますよ」
道行く人が、驚き顔でこちらを見ている。
クラリスさんの美貌や聖女としての立派な働きを褒め称える声が、あちこちから聞こえて来る。
中には手を合わせて拝む人までいて……。
「すごいなあ、ホントにクラリスさんはすごいや」
「そんなことないですよ。それにきっと、そのうちロッカさんも同じような評価をされるようになりますよ」
「え? ボクが?」
「ええ、間違いありません。共に冒険する中で、パーティーとして多くの偉業を成し遂げていく中で、わたしがあなたの良さを広めていきますから。みなさんに知ってもらいますから」
「ボクの良さって言ったって……」
尊い精神性、素敵な心根。
クラリスさん的にはそういったところがボクの美点らしい。
でもなあ、そんなもので世間の評価が変わったりはしないと思うけど……。
ほら、冒険者たるものやっぱり強くないと、結果を残さないと。
そういう意味ではボクは全然ダメダメで……。
「そのうちです。楽しみにしておいてください」
ボクの心の内を知ってか知らずか、クラリスさんは微笑んだ。
その瞬間が今から楽しみですとでもいうかのような、確信めいた笑みだった。
「楽しみに……ですかあ……」
クラリスさんが言うことだと思うと真実味が増してくる。
こんなボクにも輝かしい未来が待っているような、そんな気にさせられてしまう。
「だったらいいんですけどね。えへ、えへへへへ……っ」
S級冒険者ロッカ・エイムズと聖女のクラリスさん。その仲間たち。
大それた妄想をしたボクが頭をかいて照れていると……。
「くっ……今のはちょっと不意打ちでしたね。純粋な喜びと照れ笑い……あまりの尊さに危うく理性が弾けそうに……気をつけないと……っ」
クラリスさんがぼそぼそとつぶやいた。
ホントに小さいつぶやきだったので、何を言っているかはわからなかったけど。
「そういえば、ロッカさんの宿はどこなんですか? どうせパーティーを組むのであればぜひ同室で寝泊まり……ではなくっ」
なぜか自らの頬を張るクラリスさん。
「一緒の宿に部屋を借りた方がいいと思うのですけれど。そうすれば行ったり来たりで時間をとられることもなくなりますし」
「あ、そうですね。でもボクの宿はその~……」
持ち金に不安があるので、ボクは街でも一番安い宿に泊まっていることを説明した。
全体的に汚いのはもちろん、セキュリティすら危ういところに住んでいることを。
「なのでちょっと、治安に問題があってですね。クラリスさんの住むようなところでは……」
「何を言ってるんですか。仲間が離れ離れで暮らすなんて、そんな悲しいことはありませんよ。わたしもロッカさんと同じ宿に泊まります。何せわたしたちは『仲間』ですから」
「く、クラリスさん……っ」
仲間を強調するクラリスさんの心遣いに、ボクはじぃんときた。
荷物持ちでも使いパシリでもなく、一個の人間として扱ってくれる真心に、ホロリときた。
「ありがとうございます。でも、あまり無理はしないでくださいね。ひと目見てダメだと思ったら言ってくださいね」
そうしてボクが案内したのは、『狼のねぐら亭』という名の今にも潰れてしまいそうな安宿だった。
一階が酒場で二階が客室という一般的な宿屋のスタイルだが、利用者の質が明らかに悪い。
ゴロツキや不良冒険者のバカ騒ぎが表まで漏れ聞こえていて、女子供が近寄ってはいけないとひと目でわかるタイプの物件だった。
「こ、ここなんですけど……」
やっぱりダメだろうな。
クラリスさんのような立派な人物が泊まる宿ではないよなと、半ば諦めながら聞いてみると……。
「あ、このぐらいでしたら全然平気ですよ」
クラリスさんはあっさりと言った。
「わたし、王国のいろんな街のいろんな地域に説教に行って来ましたから。中にはスラム街の教会とかも当然ありましたし、だからこの程度ならまったく問題ありませんよ」
「そ、そういうもんですか?」
さすがに聖女様ともなると、肝の据わり方が違うのだろうか。
これぐらいのすさんだ宿なんか、気にも止めない?
いやでも、万が一のこともあるしな。
何かあったらボクがクラリスさんのことを守る……ことは出来なくても、せめて盾ぐらいにはならないと……。
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