第9話 そんなこと言われても、すぐには受け入れられないんだけど…

「ねえ、今日の放課後は、どうかな?」




 今日の朝、鈴里玄すずり/くろは幼馴染から誘われていた。




 そして放課後の今、有村夕ありむら/ゆうからも誘われていたのだ。


 誰もいない廊下で二人は向き合い、今日の放課後について話を進めていた。


 自分の中ではもう決まっている。


「ごめん、今日はちょっと用事があってさ」

「えー、そうなの?」

「うん、ごめん」


 玄はハッキリと断ることにした。


「でも、どうして急に? 何か用事でもあるの?」

「それは幼馴染とさ、色々あって」


 玄は淡々と事の経緯を話す。


「幼馴染と、うまくいってる感じなの?」

「そういうわけじゃないけど」

「でも、幼馴染と、これから一緒に遊ぶんでしょ?」

「そうだね」

「まあ、幼馴染と仲良くなるんだったら、いいことなんじゃない? でも、浮気とかは駄目だからね」


 彼女から忠告された。


「それはわかってるから……さすがに、あいつとそういう関係にはならないと思うし」


 玄はおどおどした返答の仕方をする。


「でも、わかったわ。今日は無理ってことね」

「遊べる日があったから、俺の方から言うかもしれないから」


 玄は簡単に言っておいた。


「まあ、しょうがないね。また、明日ね」


 夕とは、誰もない廊下で別れた。


 彼女はその場所から立ち去って行ったのだ。


 本当は夕と遊ぶ予定だったが、今回ばかりはしょうがない。


 幼馴染の方から歩み寄ってきているのだ。

 こちらからも距離を詰めようと思った。


 元々、七野加奈ななの/かなとは関係を良好にしたいとか、本気で諦めていたが、幼馴染の方から積極的に歩み寄ってきているのだ。


 あまり接点を持ちたくはないが、今後のことを考えると、自分からも少しずつは変わっていかないといけないのだろう。


 幼馴染の家と自分の家は、昔からの仲なのである。

 関係が悪いと言って、親を困らせるというのも申し訳なく感じてきたからだ。






 玄は気分を変え、一旦、放課後の教室に戻り、帰宅の準備をする。

 周りには、ほとんどいない。

 いるとしたら――


「あんたさ、今日、私と一緒に帰宅するんでしょ」

「ちょっと待ってて」


 彼女から急かされるが、適度な距離感を保ちつつ、話を進めていた。


「早くして」

「わかってるから」

「私と約束しておいて、なんでそんなに遅いの?」

「しょうがないだろ」

「しょうがないとか。あんたはやることが遅いの」


 ん――


 やっぱ、好きじゃない。


 こんな奴と、一緒に帰る約束をするんじゃなかったと思う。


 今まさに後悔していた。


「でも、あんたが、私と一緒に帰るとか、そういうの承諾してくれるなんて……」


 加奈の声のトーンが落ち着いてきていた。


 何か様子が違う。


 ふと、玄は顔を上げ、彼女の方を見やる。


「……まあ、色々とあるんだよ。俺にだってさ」

「あっそ」


 加奈は少々ぶっきら棒な話し方をする。


「まあ、いいわ。それより、朝のことは、誰にも言っていないよね?」

「朝のこと? 何?」

「だ、だから……パジャマのこと」

「……ああ、あのことか。別に誰にも言っていないけど」

「本当?」

「本当に何も言ってないけど」

「……だったらいいけど……」


 加奈は恥じらいをもって、口ごもっていた。


 なぜか、一瞬、彼女のことが可愛らしく思えてしまった。


 いや、何考えてんだよ……。

 あいつがそんなに可愛いわけないだろ。


 と、自分に対し、何度も言い聞かせていた。


「何よ、その顔」

「な、なんでもないし」


 玄も反発するように、適当に返答してやった。


 というか、朝のパジャマの件については誰にも言うわけはない。


 そもそも、この学校に、そこまで親しい人がいないからだ。


 それ以前に、幼馴染が、デフォルメされた動物がプリントされた感じのパジャマを着ているとか、気まずくて誰にも言えない。


 加奈は昔から、そういう子供っぽいものを好む傾向があったが、まさか、高校生になった今も、身にまとっているとは。

 想定外である。


「なによ、その顔」

「い、いや、なんでもないから」


 玄は激しく否定した。


「それより、もう準備が終わったから、そろそろ行こうか」


 玄は話題をそらす。


 先早に教室を後にしようとする。

 今、自分ら以外に、教室に残っている人はいない。


 玄は簡単な確認をしてから廊下に出る。


 そのあとで、幼馴染が出てきた。


「あ、あんたさ」

「ん? なに?」

「だから、あの子のこと、実際のところさ、どう思ってんの」

「どうって?」

「だから……その、好きかどうかってこと。そこ気になるんだけど……」

「なんで?」

「別に、なんでもないけど……」

「もしかして、嫉妬しているとか?」

「は、は? バカじゃん。あ、あんたってさ、そういう妄想をしてんの?」

「いや、そうじゃないけど」

「というか、私があんたに感情を抱くとか……そ、そういうのないし……ないから……」


 加奈は何度も自身に言い聞かせるように呟いている。

 何が何でも、自分の中で認めたくないといった感情を抱いているようだった。


「どうした? 顔、赤いけど」

「別に、そういうのじゃないし」

「具合でも悪いの?」

「違うし」

「少し休んでから……」

「そうじゃないし。というか、あんたって、わからないの」

「何が?」

「本当に、あんたって、そういうところ変わってないのね」

「え?」


 玄は素っ頓狂な声を出してしまう。


 何事かと思った。


 気が付けば、彼女から強く睨まれているのだ。


「私……あんたのことが」


 加奈のそんな発言に、玄の体は本能的に固まってしまった。


 次の言葉を予測できそうな気がしたからだ。


「私……あんたのことが好きだったし」


 玄の表情は、その言葉にハッと驚くなり、そして、軽く受け入れるように、胸の中に彼女の言葉が広がっていくようだった。


 まさかとは思っていたが、こんな形で、幼馴染から告白されるとは思ってもみなかった。


 玄は動揺を隠せない。


 廊下にいる玄は後ずさってしまう。


 周りには誰もいなかったからよかったものの、誰かに見られていたと思うと、心が震えそうである。


「……あんたって、わからなかったの?」

「わ、わからなかった……」


 玄は震えた声で言う。

 現状、ハッキリと受け入れられたわけではなく、多少、戸惑った表情を見せる形となった。


「……それで、あんたはど、どうなの」

「どうって。俺は別に……」


 こういう時って、なんて返答すればいいのだろうか?


 気まずいんだけど。


 何も返答を返さないというのも面倒になりそうだ。


「俺は……考えさせてほしい。いきなり言われても、やっぱ、心の整理がいかないというか。まさか、加奈から、そんなことを言われるとは思ってもみなくてさ」


 やはり、ダメである。


 自分の中でわかっていても、どうしても受け入れられない時だってあるのだ。


「そういうこと。後で言ってもいいか?」


 と、玄は、そんなセリフしか返せなかった。

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