第8話 幼馴染が、可愛いわけないだろ…

 鈴里玄すずり/くろは幼馴染のことばかり考えていた。


 別に、考えたくて、考えているとかじゃない。


 昨日、普段と違う幼馴染の姿を見て、玄は、朝起きてから、そんなことばかりで、脳内が支配されていたからだ。




 なんか、普通に印象が違う。


 いつもの幼馴染だったら、横暴な態度が目立つものの。近所の子供の世話をしていたがために、別人に感じるほどに、幼馴染の姿が優しく思えていた。


 なんで、こんな心境になるんだろうと思う。


 好きでもない人に対して、こんな感情なんて抱くつもりなんてなかった。


 はあぁ……なんか、気分が乗らないんだけど……。


 玄は溜息を吐きながら、ベッドから立ち上がる。


 気だるげな態度で自室を後に、一階に向かうため、階段を下っていくのだった。






「ねえ、そういえば。あの子とはどうなの?」

「誰?」

「加奈ちゃんと」

「普通だけど」

「普通? そう?」

「ああ」


 玄は適当に返事をした。


 今、話しかけてきているのは、母親である。


 一階のリビングで、同じテーブルに座り、母親と朝食を食べている最中だ。


「でも、高校一年の時だったら、普通に朝、一緒に学校に行っていたのにね」

「それは、ずっと前の話だろ。あいつにも色々事情があるし、別に一緒じゃなくてもいいじゃん」


 玄は面倒くさそうに返事を返す。


 あまり、幼馴染の件について触れたくなかったからである。




「でも、今日くらいはいいんじゃないの? あの子だって、寂しいと思ってるかもよ。この頃、一緒に学校に行けなくて」

「そんなことはないだろ」


 玄は呆れた感じに溜息を吐いた後、テーブルにあったコップを手に、水を飲むことにした。


 一旦、幼馴染の件で麻痺している、この感情をリセットしたのである。


「今日は一緒に行ってあげたら?」

「……母さん、どうしてそんなに、あいつのことばかり、話題にしてくるんだよ」

「だってね、加奈ちゃんの親からね。加奈ちゃんが、いっつも、玄のことを話しているらしいの」

「……は? ど、どういうこと?」

「それは、加奈ちゃんじゃないとわからないと思うし。そのことも含めて、久しぶりに一緒に登校して。そういうことも話してみたら?」

「……いいよ、そういうの」

「今日くらいは、一緒に行きなさい」

「なんで、命令口調?」

「じゃないと、今日の夕飯はなしになるかもよ」

「それは……嫌かな」

「じゃあ、お願いね」

「わかったよ……」


 玄は溜息交じりに言葉を漏らし、そのあとで、ご飯を口にする。


 母親が作る料理の出来具合が素晴らしかった。

 だから、そんな母親が作る夕食を食べられないとなると嫌なのだ。


 夕食を食べる目的という意味不明な動機の元、今日の朝は、幼馴染の家に行ってから登校することになった。






 玄はしょうがないといった感じに、外を歩いていた。

 学生服に着替え、自宅を後にした玄は彼女の家に向かっているのだ。


 なんで、あいつの家に行かないといけないんだよと、そんなことばかり考えていた。


 幼馴染の家まで、おおよそ徒歩で一分程度である。

 学校に登校するのには、支障が出ないほどの距離間。


「……」


 玄は幼馴染の家に到着し、何度か、幼馴染の家の外観を見る。


 久しぶりに見たような気分に陥っていた。


「入んないといけないのか……」


 そんな溜息を吐きながら扉へと近づいていく。


 玄は一応、インターフォンを押す。


 しかし、特に反応が返ってくることはなかった。


「……もしかして、もう学校に行ったとか?」


 そんなことを思っていると――


「ごめん、遅れて」


 玄関の扉が歩くと同時に、可愛らしい感じの声が聞こえる。


 一瞬、誰かと思った。


「……って、な、なんで、あんたがここにきてるのよッ」

「別に来たくて来たわけじゃないから」


 玄はハッキリと言ってやった。


 が、よくよく幼馴染の姿を見ると、パジャマ姿だったのだ。


「まだ、その恰好なのか?」

「わ、悪い? 今日は色々あって、起きるのが遅かったの。まさか……あんたが、今の時間帯に来ると思ってなかったし」


 七野加奈ななの/かなは頬を紅潮させ、玄を睨んでくる。


「俺だって……加奈がそんな恰好で、出てくるとは……」


 見てはいけない光景を見にしているようで、玄は今、不覚にもどぎまぎしていた。


 こんな奴を意識するとか……。


 でも――


「可愛い気が」

「は、は?」

「な、なんでもないし。き、気にするな」


 な、なに言ってんだ俺は……。


「……んんッ」


 気づけば、玄は彼女から思いっきり睨まれていた。


「……もしかして、私をからかいに来たの?」

「違う。一緒に行こうと思って」

「私と? なんで?」

「一緒に行けって、俺の母親が言っていたからさ」

「……あっそ。言われたから?」

「別にいいだろ。そうしないと、うるさかったし」

「ふーん。そう。わかったわ。まあ……その、私、すぐに準備をしてくるから。ちょっと待ってて」

「え?」

「だ、だから……なんていうか。来てくれたんだし、一緒に行こうと思って」

「本当に、一緒に登校するのか?」

「んッ、そうするしかないじゃない。というか、べ、別に、好きであんたと一緒に登校するわけじゃないからね。ただ、あんたの親から言われたんだったら、一色に行くってだけ」


 加奈は頬を真っ赤にしながら、熱があるんじゃないかってほどに、返事を返していた。


「そんなに無理をしなくてもいいからな」

「無理とかしてないし……だ、だから、家の前で待ってなさい。すぐに、着替えて戻ってくるからッ」


 と、彼女はそう言うと、思いっきり扉を閉めるのだった。






「というかさ、あんたって、今日暇?」


 制服に着替えた幼馴染。

 そんな彼女と、学校に向かって、共に通学路を歩いていた。


「まあ、そうかもな」


 隣を歩いている玄は、冷静に返答した。


「そうかもって、何? わかんないわけ」

「そうじゃないけど。あの子の件もあるし」

「夕のこと?」

「そうだね……」

「それで、どうだったの?」

「何が?」

「夕と、あの後、どうだったのってこと」

「普通……だけど?」

「本当に?」

「ああ。というか、なんで、そんなに気になるんだよ」

「別に、気になんかしてないし」


 加奈は怒っているようだ。

 何について、苛立っているのか不明である。


 けど、どこかしら、彼女から優しさを感じていた。


 なぜかわからないけど、不思議と、玄の心に、安心感が与えられている。そんな気がしていた。


「それで、今日は時間あるの?」

「一応、考えておく。後で返答してもいい?」

「別にいいんじゃない? 別に、夕の方がよかったら、そっちでもいいし」

「俺は、そういう意味で言ったわけじゃないから」


 玄はそんな風に、言葉を切り返す。


「……ねえ、あのさ」

「なに?」


 加奈の声が変わった。

 トーンに変化がついたような感じである。


「……べ、別になんでもないし。というか、私、先に行くから」

「え、ちょっと待てって」


 加奈は急に走り出していった。


 意味わかんない奴だな。


 幼馴染の背を見て、そう感じるのだった。

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