第7話 別に、私…好きであんたと繋いでいるわけじゃないし…

 鈴里玄すずり/くろは自宅近くの公園で幼馴染といる。


 その近くには、小学生くらいの女の子がいるのだ。

 先ほど公園を後にしていった男の子よりも幼く思える。

 多分、低学年くらいだろう。


「というか、あんたさ、いつまでいるの?」

「いつまでって……別にいいだろ」


 玄は彼女の方に視線を向けることなく返答した。


「さっきは帰るとか言っていたのに」


 七野加奈ななの/かなはボソッと呟いていた。




「ねえ、お姉ちゃん、これできたよ」


 砂場で遊んでいる小さな女の子は砂で山を作っていたのだ。

 小学低学年くらいにしては、結構な出来具合だと思う。


「凄いね」


 加奈は、玄から離れるように、その子の近くへ歩み寄っていく。

 そして、同じ目線になるように、しゃがみこんでいた。


「でしょ」


 その女の子は褒められて嬉しがっているようだ。


「私ね、もっと、大きなの作れるよ」


 女の子はまだ、ここの砂場に居たそうなそぶりを見せていた。


「これを作って……」

「もういいんじゃないかな? 明日も遊ばないといけないし」

「えー、でも」

「それに、もう暗くなってきてるからね」

「……」


 女の子は少々、つまらなそうにしていた。


 もっと遊びたがっている様子。


 けど、時間的に帰らないといけない頃合い。


 加奈はどうにかして、その子を公園から連れだし、家に帰そうとしているのだ。


「じゃあ、お菓子を買ってあげるから。ここの近くのコンビニに行く?」

「……うん」


 女の子は小さく頷いていた。

 女の子は自分の中で、なんとなく納得しているようだ。


「どんなお菓子でもいい?」

「いいよ。じゃあ、お手々を洗いに行こっか。その手だと、コンビニにも行けないからね」

「うん」


 女の子は再び小さく頷く。


 加奈は子供を手懐けることに長けているようだ。


 彼女は、砂場から立ち去り始めた女の子と共に、公園内にある手洗い場へと向かって行こうとしていた。


「というか、あんた、まだいたの?」


 手洗い場に行く手前、チラッと玄の方を振り向いてくる。


「いてもいいだろ」


 玄は少々イラっとしながら言う。


「私、一人でも大丈夫だし。早く帰ったら」

「わかったから、帰るから」


 加奈からいちいち言われるのも嫌になっていた。


 幼い子らの面倒を見ていた幼馴染に優しさを感じたから、彼女のために何かをしようと思って、ここにいたのだ。


 やっぱり、好きじゃない。




「帰るから」


 玄はそう言った。


 が、しかし、彼女からの返答はなかったのだ。


 加奈は、その子と一緒に、手洗い場に向かっていく。


 玄は、早くここから立ち去ろうと思う。


 そうこう考えていると、その小さい女の子から声を掛けられた。


「えっと、二人はどうして、そんなに仲が悪そうなの?」

「え?」

「⁉」


 その場に居合わせている加奈と玄はドキッとした感じに、心が揺れ動く。


「普通だよ。大丈夫だからね」

「そうなの?」

「うん、そうだよ」


 加奈は、目の前にいる女の子に対して、色々と語りかけていた。


 必死そうな表情であり、そして、彼女は玄の方を睨んでいるのだ。


 やっぱ、面倒な奴だな。


 内心、溜息を吐いてしまう。


「でも、仲良くないとダメだよ」

「そうだね。私、あの人と仲良くするからね。それだったら問題ないかな?」


 加奈は、女の子の目線に合わせるようにしゃがみ、話しかけていた。


 一応、女の子とのやり取りを終えるなり、加奈は状態を整え、なぜか、玄の方へやってきたのである。


 な、なんだよ、あいつ。


 急に近づかれても困るんだが……。


「今、手を繋いで」

「な、なんだよ。というか、なぜ?」


 二人は、女の子に聞こえない程度の音量でやり取りをしていた。


「あの子にわかる形で証明したいだけよ。少しくらいいいじゃない」

「……わ、わかったから」


 玄はしょうがないといった感じに、彼女に対して、手を差し伸べるのだった。




「うんッ、これで、仲良しだね」


 女の子は笑顔を見せてくれていた。


 小さい子が笑顔を見せてくれるのなら、よかったと思う。


 にしても、幼馴染の方から手を繋ぐように話しかけてくるとか。何年振りだろうか。


 小学生の頃は、一緒に手を繋いだりとか、そういう経験もしたことがあった。


 でも、それはもう昔のことである。


「というか、いつまで手を繋いでるんだよ」

「いいから……」

「なんで?」

「だから、あの子が、満足するまで」

「……」


 なんか、気まずいんだが……。


 玄はどぎまぎしていた。


 この感情があまり好きじゃない。


 こんな好きでもない奴に対して、胸の内が熱くなっていくとか、ありえないと思っていた。


 早く、離したいけど……。


 でも、過去の記憶が戻ってくるようで、離したくないといった不思議な感情に追いやられていたのだ。


「ねえ、どうかな? これで、喧嘩なんてしていないってわかったかな?」

「うん。でも、もっと繋いでいて」

「いつまでかな?」


 加奈は、女の子に問う。


「私が家に帰る前まで」

「⁉ い、家に⁉」


 加奈は不覚にも頬を真っ赤にしていた。


「……しょ、しょうがないわね」

「え? 本当に、繋いだままなのか?」


 玄も手を繋いだまま、ドキッとしていた。


「あの子が、そういってるなら、やるしかないでしょ」

「でも、そこまでしなくても」

「……いいの」

「……もしかして、俺と繋ぎたいだけとか?」

「は? そ、そんなのあるわけないでしょ。バカじゃん。そういうのッ」


 加奈の口調が強くなる。






 最終的に、その子が、親の元に到着するまで、好きでもない幼馴染と手を繋ぐことになった。


 手を繋いで道を歩くとか。

 羞恥プレイにもほどがある。


 玄は、この時間が何よりも長く感じた。

 早く終わってほしいと、内心、願っていたのだ。


「ありがとうございます。こんな時間まで遊んでいただいて」


 家の奥から玄関先まで、その子の母親らしき人が出てきて、お礼を口にしていた。


「お礼をちゃんと言った?」

「うん」


 母親は、その子に注意深く確認していた。


「それと、お菓子も買ってもらったの」

「そうなの? 申し訳ないです。ここまでしてもらって」

「私は大丈夫なので」


 幼馴染は丁寧な感じに対応していた。


 こんな一面もあるのだと、玄は初めて知った瞬間である。


 昔と違って、しっかりとしてきているのだと近くで感じていた。


「では、またお願いしますね」


 母親は、そういうと、小さな女の子と一緒に家の中に入っていったのだ。


 扉が閉まる音が聞こえる。


 そして――


「というか、あんたさ、いつまで手を繋いでんのよ。離しなさい」

「お、俺だって、別に繋ぎたくて繋いでいたわけじゃないし」

「……あっそ……」


 加奈の声は小さくなっていた。


「というか、さっきはありがとね」

「え?」

「だから、さっきコンビニでお金が足りなかった分、払ってくれてってこと」

「あれか。別に気にしてないさ」

「……」

「というか、お金持ってきてなかったんだな」

「うるさいから、そういうの。一旦、家に戻ってから公園に行くことになったんだし。私、財布持っていると思ってたし……それより、私、帰るから」


 加奈はそういうと、そのまま背を向け、立ち去って行った。

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