五話

 ──竜とは、我々人間の歴史では、ほぼ幻となった種である。見た目は銀の鱗に被われた、羽を持つ蜥蜴のようなものだが、その大きさは馬の五倍はあり、我々人間とほぼ同等の高い知能を有する。また、人よりも魔力量が多く、様々な魔法を使うとされるが、その委細を知るものは少ない──



   ◆



「……リス、アイリス! 大丈夫?」

「大丈夫か、アイリス」

「ごめん! 驚いたら声張っちゃって……」


 三方向からの声にアイリスはまた意識を浮上させる。


「……あ、れ。私……?」

「……ああ良かった! 気付いたわ」


 アイリスはゆっくりと瞼を上げ、周りを見る。ヘイルとブランゼン、そしてもう一人、ブランゼンによく似た顔がこちらをのぞき込んでいた。


「アイリス、すまない。シャオンの声に驚いたな」

「シャオン……?」


 ああ、あの竜の事か。だんだんとはっきりしてきた頭でアイリスは考える。


「ほら、シャオン」


 ブランゼンに小突かれ、もう一人の、ブランゼンによく似た、けれど髪は肩にかからないくらいの長さの人物が、申し訳無さそうに口を開く。


「さっきは驚かせてごめん。まさか、お客さんってのが人間だと思わなくて……ほらここ、人間なんて滅多に見ないから……」


 この人は誰だろう? いまいち話が見えないアイリス。だが、シャオンと呼ばれているという事は──


「……あ、もしかして先ほどの竜の方、ですか……?」

「えっ……あ、そうか。人間は姿を変えられないんだっけか。そうそう、俺はさっき窓から顔を出した奴だよ。シャオン・ヴィドニア、ブランゼンの弟」


 シャオンはそう言って笑顔を作る。


「よろしくお願いします、シャオンさん」


 その裏のなさそうな表情に、アイリスも笑顔になる。


「…………いいか?」

「え?」


 声の方へ向くと、ヘイルが妙に憮然とした顔つきでアイリスを見ていた。


「そもそも、アイリスはなぜ惑いの森あそこにいたんだ? ……話せるか? 話したくなければ言わなくても良いが」

「もとの……人間の方へ戻った方が良いなら、私達も手伝うわ」


 ブランゼンもそう続け、神妙な表情になる。


「……!」

「えっなんの話?」


 そうだ。ここにずっといられる訳ではないのだ。アイリスはそれに気付き、俯いた。


「……あの、私は」


 顔を上げ、言葉を紡ごうとする。一度深呼吸をした後、ヘイルをしっかりと見つめて口を開く。


「……捨てられたんだと、思います」


 アイリスがそう言った途端、場の空気が変わった。


「…………は?」


 ヘイルが地の底を這うような声を出す。


「私、家族から疎まれていたので」


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