第8話 アダチくんの怪我

「店の入り口で泣くなバカヤロウ。他のお客さんに迷惑だろうが!」

 店先で泣き出した少年にアヅマさんは辛辣だった。もう少し優しくしてあげようよ。

「うっ、うっ、うわぁぁぁ~~」

「いいから足立のボウズはこっちに来い」

「うえぇぇぇ」

「いい歳こいて泣くな、男だろうが!

 ほら、処方せん見せてみろ」

「ぐすっ……ひっく。これ……」

 ぺらりと出してきた処方せんを覗き見ると、どうやら湿布薬のようだった。確かによく見ればこのアダチくんという男の子は足を引きずっている。

「なんでぇ、捻挫か」

「部活中に……捻っちゃって……」

「折れてねぇんだろ?そんなに心配すんな」

「違うんだよぉ!おっちゃぁぁぁぁん!!」

 アヅマさんが座っている席の机にしがみつくようにして、アダチくんは言う。

「明後日、試合なんだよォォォ!!」

「無理だな」

「即答しないでぇェェェ!!」

「どうせベンチだろ?」

「はじめて!スタメン!指名!されたの!!」

「おぉう……マジか」

 アヅマさんが少しビックリした顔してる、珍しい。

「あの、アダチくんって子、何かやってるんですか?」

「あー…サッカーをやってんだよな。万年補欠組だったんだけどさぁ…。

 せっかくのスタメンなのに、勿体無いZE!」

「御手洗の兄ちゃんまで!既に諦めモード!!

 なんとかしてよ!明後日までに治してくれよぉ!!」

「無茶言うなおめぇ、さすがに無理があるだろ。

 諦めて治療に専念しろ」

「嫌だ!俺は試合に出たい!」

「じゃあ出ればいいじゃねぇか」

「足痛いんだよォォォ!!」

「うるっせぇなぁ…」

 ギャンギャンと喚くアダチくんの頭を、近くにいたおばあちゃんが優しく撫でる。耳を塞いで迷惑そうにしていたアヅマさんは、やれやれと肩を竦めた。

「市販の痛み止めでも飲んでみるか?あまり強いのは出せねぇが」

「……それで、走れんの?」

「まぁ、多少の痛みは我慢しろってなるがな、あるいは…」

「じゃあそれで」

「ただし、」

 急にアヅマさんの顔に凄みが増す。普通に怖いよ。

「それでお前の痛めた足に更に負担がかかって、ひでぇ事になっても俺ァ知らねぇぞ」

「ひどい事って…?」

「足首を庇って別の場所に負荷をかけすぎて、違うところを痛める可能性がある。

 弱ってる足首自体が余計酷くなって、靱帯が傷ついたり、下手すれば骨折、もしくは捻り癖がついてしょっちゅう足を痛めることになる可能性もあるな。

 お前さんはそうなっても、それでも良いってんだな?」

「う……」

 アダチくんが怯んだのは、アヅマさんの言葉のせいなのか、顔のせいなのか。言葉に詰まってアダチくんは俯いてしまった。

「……っ、でも、初めてだったんだ……初めて、スタメンに入って、試合に出れるって……」

「そいつぁ残念だったな。

 ボウズが足をちゃんと治して更に精進すりゃあ、またチャンスはあるだろ」

「そっかぁ……おっちゃんでも、無理かぁ……」

「俺は傷を治すための薬は出せるが、俺が治せるわけじゃない。

 早く治るかどうかはお前さん次第なんだぜ、ボウズ。

 …ま、それでも流石に明後日ってのはちと無理な相談だろうがな」

「うぅ……」

 アヅマさんの言葉に、アダチくんは少しずつ納得しようとしているようだった。やたら姦しかったお婆ちゃん達も、よく分からない盛り上がり方をするミタライさんでさえも、今は口を開かなかった。私も、静かに見守るしかできなかった。

「おいユミ、湿布貼って固定してやれ」

「……はい」

「ユミちん、湿布はコレだYO☆」

「ありがとうございますミタライさん。あとユミちんはやめろ」

 ミタライさんから湿布を受け取ると、私はカウンターから出てアダチくんの足元に跪いた。左の足首がパンパンに腫れ上がっている。これは痛そうだ。

「ちょっとヒヤっとするからねー」

「………新しい人?」

「うん、今日が初出勤なの。こんな可愛い女の子に手当てしてもらえるなんて、アダチくんってばツイてるねぇ」

「自分で可愛いとか言うんじゃねぇよ」

「アヅマさんうるさいです」

 誰も可愛いとか言ってくれないんだもん、自分で言うしかないじゃん。

 アダチくんの足首に湿布を貼って、包帯で固定していく。これは元いた世界でもよくやってきた事だからそんなに難しくない。

 ちらっとアダチくんを見上げると、しょんぼりした目と合った。


(……やっぱり、ちょっと可愛そう、かなぁ)


 包帯を結んでる隙に、ちょっとだけ魔法を唱えてみた。このくらいの怪我なら治癒ケアでいいか。指先にポッと青白い光が灯るが、一瞬だからバレやしないだろう。このぐらいだといきなりその場で完治とはいかないだろうが、たぶん明後日なら間に合うと思う。

「はい、出来上がり。お大事にね?」

「ありがとう……えっと、」

「私、ユミルっていうの」

「ユミル……さん」

「あはは、似たような歳なんだから、さんはいらないよ。気軽にユミルって呼んでね」

「………うん、ありがと、ユミル」

 ぽんぽんと軽く患部を撫でながら立ち上がる。レジ前に戻ろうと踵を返して……やたら厳しい目をしたアヅマさんが視界に入ったけど、私は知らないフリをした。

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癒術師が迷い込んだのはセルフメディケーションが当たり前の世界だった 佐伯みのる @saekiminoru

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