後日談

前編

 基地ごと爆破する、という荒技で〝外理棲侵略者がいりせいしんりやくしや〟の襲撃を撃破した穗村ほむらだったが、基地を吹き飛ばした事で大本営へ呼び出しを受け、


「やれやれ、どうも短気であらせられますな閣下」


 中会議室にて、激昂げっこうする統合軍大将数人からの説教を飄々ひょうひょうとした態度で受けていた。


 下座のチェアで足組をして片肘を突くその背後には、亡霊のように懐刀のカミツが黒い軍帽を目深に被って控えていた。


「貴様ァ! 反省しているのかッ!」

「何を反省する必要が? 我が直属の部下は全員無事、と斧田おのだ大将閣下にご報告したはずですがね」


 メディア対応で不在の総司令官の代理で出席した次官の斧田が、机を叩いて威嚇するするも穗村は眉1つ動かさずヌケヌケと言い返す。


「500人近く死なせておいてよくもまあそんな事をッ!」

「籠城せよ、という指示を無視し、勝手に突撃して勝手に死んだ連中の責任はとれませんな」

「そぉれは、貴殿の管理能力不足ではぁ? 優秀な指揮官とは、一声で事態を収拾させるのが一般的な基準だと思いますがぁ?」


 絶賛沸騰中の巨漢の右に座る中年女性大将が、明らかに馬鹿にした薄ら笑いを浮かべて穗村をネチネチと突く。


「ならば、自他共に認める傑物であらせられる二島ふたしま防衛海軍大将閣下は、暴徒と化したすし詰めの人間を一声でお収めになられるのでしょうな」

「……そ、それは」

「当然であると? ははあ、流石さすがは歴代最年少で大将の地位に登りつめられた、元・二島防衛海軍元帥閣下のご息女だ」

「ふ――」


 若輩者の私には畏れ多い、と、顔と言葉以外全く畏れていない様子で、穗村は脚を組み替えて二島へ言い返す。その後ろで、カミツがわざとらしく失笑を漏らす。


「……ッ」

「ご教示願いたいですなぁ。後学のためにも、是非とも」

「――ッ!」


 暗にけなしてくる上司と部下のコンビに、二島も涙目で顔を真っ赤にして震え始めた。


「さて、そろそろよろしいでしょうか。この身が八つ裂きになりそうなほど、仕事という引く手が数多あまた待っておりまして」

「何を勝手な事を! 立場をわきまえろ!」

「そうですよぉ!」

「血税を丸ごと灰燼かいじんに帰したんだぞ!」

「国民の税金をなんだと思っているんだ!」

「しかしながら、我が優秀な主計部員によると、ご報告したものが最も被害が最小限に留まると試算されるそうですが」


 カミツ君、と言って小さく手を挙げると、カミツはすかさず取り得た作戦とそれによる損害額の一覧表を背後にあるスクリーンへ映写機で投影した。


 5つ程ある項目の内、最も低額なのが基地ごと爆破して撤退した場合の約126億だった。


「最も、設備や装備、物資を敵に利用された場合の額は省いておりますがね」

「そ、それを踏まえると貴殿の言う通りとは言えないのでは?」

「ごもっともです。なお他の試算でも同じ事が言えますが」

「……」


 重箱の隅を突く好機、と飛びついた、二島の右に座る冨部ふべ防衛陸軍大将だが、待ってましたとばかりにさらりと穗村に返されて呻くしかなかった。


「や、山田防衛空軍大将ッ! 君からも何か言いなさい!」


 ことごとく穗村の鼻っ柱をおろうとしては撃沈していく中、斧田が腕組みをして沈黙を貫いていた、恰幅かっぷくの良い男性大将へと促す。


「では。開発局のデータは全て持ち出しているんだね?」

「無論です。残念ながら試作品は手荷物程度ですが」

「後でリストアップした報告書をお願いします。次に、戦死した防衛軍兵員が独断で行動した証拠を見せてほしい」

「基地に残留した兵員の、証言映像のコピーがこちらに」

「いただきましょう。では私からは以上です」


 やり込めようと躍起になっている周囲に、山田は同調せずに淡々と確認作業を入れて発言権を斧田に返した。


 恨みがましい目をあちこちから向けられるが、山田は涼しい顔をして腕組み状態に戻る。


「なんだなんだ。まだやっていたのか」


 すると、メディア対応を片づけてきた総司令官の大宮おおみや元帥がひょっこり現われて、予定時間オーバーしている事を知らせた。


「我々がこうしている間にも税金が使われているんだ。大将が雁首揃えて無駄に長い会議は慎む様に」


 一斉立ち上がってに敬礼している一同へそれだけ言うと、ああ忙しい忙しい、とつぶやきながら大宮はせわしなく去って行った。


「ほうこれはでしたか。私はてっきり査問委員会か何かかと」

「総司令官もああおっしゃっているし、私はこれで」


 査問委員会と聞いていた山田は、ほかの3人が全員私怨しえんをぶつけるためにあれこれしていたと確信し、一足先に眉だけ心底不愉快そうに曲げて出て行った。


「私もこれで失礼させて貰います。ちょうど税金を派手に吹っ飛ばしたもので」


 ザッと立ち上がった穗村は、振り返りつつ二島のものより粘度の高い声でそう言い、ワナワナと震える3人を残してカミツを従えて会議室を後にした。


 一見では分かりにくい、ムスッとした顔でツカツカ歩く穗村の後ろを、相変わらず背後霊じみた様子でカミツはピッタリと付いて歩く。


「やれやれ。ほうほうの体で逃げてきた部下をいたわりもせず、2時間もタラタラとイヤミだ。ひどいとは思わないかねカミツ君!」

「いやあ、まことでありますな!」


 関西圏での大規模攻勢の対応に追われ、廊下をせわしなく行き交う兵士や職員に聞こえるよう、穗村は両腕を開いて声を上げ、同じぐらい声を張るカミツは大げさに頷く。


「個人の好悪こうおでああも露骨に変わるとなると、先が思いやられることこの上ない!」

「まことでありますな!」


 それなりの騒ぎ声であったが、本部勤めの職員や兵士たちも大体同じ事を常日頃感じていたため、嫌な顔をせず暗に賛同すらしていた。


 そんな調子で夕方まであちこちで触れ回っていると、総司令官から後で処分しておくからそのくらいにしておくように、と直電でやんわり頼まれて2人は矛を収めた。

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