第4話

 それから半年。


 私は穗村指揮官殿の懐刀として、指揮官殿を蹴落とそうと画策する者を、組織行動に合わせる厳しい訓練や演習、辞書を引いて言葉を学ぶなどし、無事に結成式の日を迎えた。


 統合遊撃連隊が組織された直後を狙っていたのか、侵略者共は結成式の当日に大規模侵攻を開始し、まず見せしめのためか最も小規模な我が第4連隊に襲いかかった。


 旧防衛国軍は本隊が真っ先に撤退し、旧戦略機巧軍も競うように逃げてしまったため、開発局機動隊200人と、逃げ遅れた各軍合計512人のみで籠城戦をするハメになってしまった。


 しかし、3日で耐えきれず自棄やけになった機動隊以外の内483人が突貫し、最もやってはいけない団子状に包囲され、ことごとく殲滅せんめつされて終わった。


 指揮官殿をお護りするための高い士気と練度を誇る機動隊は、基地内に組み込まれた1週間は継戦可能な開発局本部要塞によって、四面楚歌しめんそかでもなんとか耐えてきたが、生産できる武器はともかく糧食りようしよくが尽きてしまっていた。


「――では私が先駆けて進路を確保した後に殿となり、指揮官殿が逃げる時間を――」

「あのねえカミツ君。演習のときにも言っているけれど、自分が最も死にやすく、私が最も生き残りやすい進言ばかりをするのはやめなさい」


 もはや撤退しか、指揮官殿を生き延びさせるすべが残されていないと判断し、非常電源の照明のみが照らす指揮所でそう進言したが、指揮官殿から即座に却下されてしまった。


「何故でありますか。指揮官殿さえ生き延びれば、後々どうとでもなるではありませんか」

「カミツ君。私はそんな神がかり的な存在ではないのだよ。それに、君という存在はどうにもならないじゃないか」


 私が呼びかけるまで黙ってておくれ、と言われたため、私は指揮官殿から頂いた、黒い外套がいとうの中に両腕を隠して一歩下がった。


「とはいえ、援軍の動きが鈍い以上、カミツ君の言うとおり、撤退しなければ死なのは間違いないがね」


 前に向き直り腕組みをしている指揮官殿は、もはや盤面を見るまでもない兵糧ひようろう攻めの敵布陣を睨んで、深々とため息を吐いて目を閉じて唸る。


 その隙に指揮所のあちこちから、新参者にも関わらす指揮官殿の最もそばにいる私へ、指揮官殿と並んで座る古株以外から、嫉妬と羨望が混ざり合った視線が飛んでくる。


 私が端から順にその熱い視線へお返しすると、私の死んだ魚のような目が怖いらしく、面白い様に全員が目を逸らす。


 面白がって繰り返していると、あんまりいじめてやるな、と、口元に手を当てた指揮官殿の口が動き、私は笑いを堪える事になった。


 すると、それが指揮官殿の頭脳を刺激したのか、彼女は目をカッと開くと、


「――カミツ君。爆薬はあとどのくらい在庫があって、どのくらい生産できるかね」


 右後ろの私へと振り返って、そう言いながら悪い笑みを浮かべた。


「はっ。在庫と生産可能量は基地周辺を丸ごと更地にできるほどであります」


 それで、私は彼女が何をやろうとしているかを理解した。


「あのなあカミツ准尉。もう少し具体的な量をだな……」

「いやあ。大体で十分なんだよねえ。なあカミツ君」

「左様でありますな」

「――なあ斉藤さいとう中佐。建物はまた建て直せばいいとは思わないかね?」

「はい?」

「あっ! 建物自体を爆弾にしちゃうんですね大佐!」

「その通りだ森木もりき中尉。1つ訂正するなら、階級は小将だがね」


 指揮官殿を崇拝する古参の参謀たちは、そんな景気の良い話を受けて全員がニヤリとする。


「では爆薬の準備が整い次第、総員を地下核シェルターへ集め、全ゲートを開門し、誘い込んだ所で爆破されたし」


 すっくと立ち上がった指揮官殿は、作戦を各部隊長へ伝達すると、


「あの泥人形共に、人類の狂気ってヤツを見せてやろうじゃないか!」


 基地全体に響く様な声で叫んで拳を突き上げた。


 古参たちがすかさずそれに答えて鬨の声を挙げ、やや困惑した様子で追加人員の部隊長もそれに乗った。


 ほとんど全ての電力を生産設備に投入し、一昼夜の突貫工事で元からあった物を含めて、高性能爆薬を30トンほど用意した。


 人海戦術で基地内各所に爆薬をセットして回り、最後まで残ってゲートを開放していた兵士がシェルターに収まった。


「指揮官殿。全て準備万端であります」

「うん。ご苦労」


 その一部に設けられた臨時指揮所に首脳陣が集まり、監視カメラ映像で侵略者共が雪崩なだれ込む様子を確認したところで、


「発破!」


 指揮官殿の号令に従って爆破した瞬間、凄まじい振動と共に監視カメラが全て吹き飛んだ。


 気圧と温度センサーから、総量の全てが爆発した事が確認された。


「どう思うかねカミツ君」

「はっ。スッキリとした更地でありますな」


 数時間待って温度が落ち着いてから、私が潜望鏡を応用したもので地上を確認すると、周囲は隕石でも落下したような巨大なクレーターとなっていた。


「見る限り、敵影はごく僅かしか確認されないのであります」


 全周を見渡して熱反応まで確認すると、戦闘可能な敵は慎重な行動を取った個体の内、ほんの僅かのみだった。


「いやあ、思いのほか上手く行ったね」

「指揮官殿の作戦でありますから、上手く行くのは当然のことであります」

「カミツ君。流石にそれは買いかぶり過ぎというものだ」

「またまたご謙遜を」

「……司令。全員が乗り込みました」


 指揮官殿と潜望鏡を順番に覗いて戯れていると、大野木おおのぎ少尉が咳払いをして割って入ってきた。


「そうか。よし、総員撤退!」


 侵略者はどうもあれほど必死で維持した要塞を、こうもあっさり放棄した事が理解出来ないようで、その後の行動が鈍くなっていた。


 その内に、出口が3つある地下格納庫から装甲車と機動戦闘車によって、一斉に撤退を開始した。


「指揮官殿、5時の方角から戦車型が追跡してきているのであります」


 最後尾付近を走っている、私と指揮官殿とその他が乗る機動戦闘車へ、戦車を模した形の侵略者が砲撃しながら追いすがってきた。


「カミツ君頼めるか?」

「お任せ下さい指揮官殿。殿はこの――」

「カーミーツーくーんー? 君は、さっき、何を聞いていたのかね? ん?」


 ジョークを挟んだつもりが、指揮官殿から顔を両手で掴まれ、眉間に思い切りシワを寄せて本気で怒られてしまった。


「冗談であります。では行ってくるのであります」

「うん。ではカミツくん。殿しんがりになったら私は逃げないからな」

「御意」


 私は指揮官殿からジト目で疑いと脅しをかけられつつ、機関銃で応戦する自軍装甲車を飛び移って、まるで機銃が効いていない戦車型の敵へ取り付いた。


「我が愛しい指揮官殿に砲を向けるなど、万死に値するのであります」


 そう言って頭が冷えて身体が温まる感覚を覚える私は、腰に提げた高周波ブレードを抜いて敵の心臓部へ突き刺した。


 金切り声のようなものをあげつつ、崩壊を開始していく戦車型から次のそれに飛び移ると、戦闘車からの正確な砲撃が飛んできて、最後っ屁を放とうとした戦車型を端微塵ぱみじんにした。


「これで終いであります」


 それを十数回繰り返したところで、ついに追いすがっていた戦車型は全滅した。


 最後の1体から飛び降りた私は、全力疾走で指揮官殿の元へと駆け戻った。


「カミツ、任務完了であります」

「うん。お疲れだったね」


 機動戦闘車の砲塔に飛び乗ると、すぐさま車長ハッチが開いて、穏やかに微笑ほほえむ指揮官殿が顔を出し、私は車両に入って満面の笑みで親愛なる主へ敬礼をした。

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