第3話

「どちらへ行かれるのでありますか」

「あっちにある林道だよ。尾根伝いに行けばすぐに着くはずだ」

「この辺りに林道はないはずでありますが」

「開発局の私道だからね。公の地図には載っていないよ」


 当然付いてきているというような様子で、穗村は振り返らずに北西の方角を指さし、私の疑問に答えてぶるりと身体を震わせた。


 山地に海風が当たって雲が出来るせいか、横殴りに雪が降り始めるなか、枯れ葉を踏みしめる音をさせながら黙々と穗村はゆるい登りを進む。


「――なあカミツ君。君は、人類が生き残れると思うかね」


 5分程経ったところで、唐突に穗村が口を開く。


「ジワジワと生存圏が狭ばっている中、権力者共は相も変わらず夢想じみた言葉を吐き、我欲を振りかざして足を引っ張ってばかりでね」


 私は時々、自分は回し車のハムスターでしかないのではないか、と思うときがあるのだよ、と、彼女は身体を丸めて先程までの張りが失われた声を出す。


「自分は、それに答えられる機能を持ち合せていないのであります」

「それもそうか。私は何を言っているんだろうね」


 はは、と力なく笑う穗村は、足取りが少し乱れているのに私は気が付いた。


 流石にレンジャーでもない人間では疲労が溜まるのだろう。


 ちょっと、と言っても1時間は上り下りしたところで、一見すると未舗装路に見える舗装道に到着した。


「ここが合流地点でありますか?」

「……」

「穗村殿?」

「ああ。念のため身は隠しておこう」


 ボンヤリと反応が遅い穗村は、そう言って木の陰に身をかがめようとして、


「んん?」


 機関部に直接致命傷を受けた機巧兵の様に、バランスを崩して横倒しとなった。


「どうされました」

「なんだ……ろうか?」


 身体が震えてはいなかったが、穗村は起き上がろうとする動きも反応も鈍いものだった。


 そこで私は、メモリーに記憶されている、ある症状について思い当たった。


「穗村殿。低体温症になっているのではありませんか?」


 サーモグラフィーモードを起動すると、穗村の体温が34度台前半になっている様子が見えた。


「参ったねえ……。陸軍のクセに……、こんな基礎的な……、事を怠るとは……」


 意識がもう薄れているのか、焦点が定まっていない目でぎこちなく笑う穗村の言葉は、語尾がグズグズに崩れていた。


「自分は、どうすれば良いのでありますか」

「……。自分で、考えるといい……」

「自分は、従う事しか出来ないのであります」

「……融通が、利かないね……。機巧兵は、それで、困る……」

「穗村殿は、泥を啜ってでも生きたいのか、誉れを抱いて死にたいのか、どちらでありますか」

「……君は、イヤミな事を言うね……」

「質問に答えないならば前者でありますね」

「……その、学習は……、間違って、いるぞ、カミツ君……」

「それに後者ならば、自分に合流地点へ先に行かせるはずであります」

「……では、誉れを抱いて――」

「嘘でありますな」


 言っている事とやっている事が、どうも整合性に欠けていたため、私の少ない学習量で出した結論は、穗村は私に抵抗されて殺されるために山狩りへ勝手に参加していたが、土壇場になって命が惜しくなったのだろう、というものだった。


「まあ……、君が、どうあれ……、私が、心変わり、したとしても……」

「自分に本当の合流地点をご指示くだされば良いのでありますよ」

「……。ああ、そうか……」


 いよいよもって判断能力が鈍ってきたらしい穗村を正面に抱きかかえた私は、機関部を高出力にしてボディを加熱する。


 本来、機巧兵は義体技術がら派生したもので、これは隠しコマンドになっている、全身義体患者の脳の温度を緊急的に維持するための機能だ。


 少し時間をかけて穗村が伝えた、座標の地点へできる限りの速度で向かう。


 初対面では、穗村へ不気味で得体の知れないさを感じていたが、腕の中の衰弱した彼女は、1人の護るべきちっぽけな人間なのだ、と私は強く感じていた。


「私は強くなった気でいたが……、自分で生き死にさえ決められないのだな……」

「生身の人間でありますから。それに、自分の様な機巧兵も同じであります」

「君たちの方がよっぽどか……」

「でありますな」

「私の吐いた弱音を、部下たちに伝えないでもらえるか……」

「了解であります」

「私は……、強くあらねばならないのでね……。たとえ、足から貪り食われようとも……」


 ――彼女は、今までにどれ程の弱さをこうやって隠していたのだろうか。


 背中に触れる穗村の手は震え、部下や長という立場を支えるには、余りにも小さく頼りないように思えた。


 30分程進んで合流地点に到着すると、パワードスーツを着た穗村の部下と、宅配業者の大型バンに偽装した輸送車両が待っていた。


「貴殿が、穗村大佐の言っていたカミツか?」


 彼は小銃を私へ向けたが、ぐったりしている穗村を見て、すぐに下げて私へ訊いてきた。


「はっ。NMH-B-9型機巧兵カミツであります。ご覧の通り、武装解除状態にあります」

「大佐! あなたはどうしてそう刹那的な行動を!」


 陸軍式敬礼をして名乗ったところで、バンのリアゲートが開いて、4人の部下が担架を手に穗村へ駆け寄った。


「穗村殿は恐らく低体温症であります。対処を急いで欲しいのであります」

「うんうんうん。分かった! 大佐を助けてくれてありがとうね!」


 説明している間に、穗村は恐らく女性の部下3人によって、車内へと運び込まれていってリアゲートが閉じられた。


 ややあって。


「いやあ、面白半分で三途の渡し船に飛び乗るものじゃないね。うっかり溺れたから良かったけれど」


 服を着替えさせられた穗村は、毛布とアルミシートで巻かれ、加温された輸液を投与されたことで、反応に困る冗談を飛ばせる程度には回復していた。


「冗談きついですよ大佐ァ!」

「済まないね西木にしき大尉。情けない所をみせた」

「あなた無しで第4統合遊撃連隊をどうやってまとめるんですか!」

牧村まきむら中尉。リーダーのカリスマ性に依存する組織では、後々大惨事を招くと言っているだろうに」

「だからって死にに行く様な行動するのは頭がおかしいです!」

「君は本当に容赦なく言ってくれるね。全くその通りだよ大野木おおのき准尉」


 近くの開発局施設へ向かって、雪が溜まり始めた林道を進んで行く車内は、穗村への批難と気持ち申し訳なさげな彼女の飄々ひょうひょうとした返しで、非常にやかましいことになっていた。


「穗村殿。統合遊撃連隊とはなんでありますか?」


 その喧騒の合間を縫って、私は聞いたことの無い組織名について穗村へ訊ねる。


「ざっくり言ってしまえば、対外理棲侵略者たいがいりせいしんりやくしやの専門部署だ。まあ、国民へのわかりやすさとコスト削減のために集約するだけなのだが」


 聞くだけで頭痛がする話だとは思わないかね、と、穗村は顔をしかめて猛烈に嫌そうな様子で私へ訊ねる。


「頭痛という概念は分かりかねますので、回答は差し控えさせていただくのであります」

「……」


 穗村の半分呆れた表情から見るに、どうやら懐刀と似た性質の言葉だったらしい。


「君には、いろいろと教える事がありそうだねえ」


 私が無言になった車内を見回していると、穗村はスッキリした様子で声をあげて笑った。

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