八節

八節

 重苦しい音と共にレバーが倒される。耳を塞ぎたくなる警報音が鳴り、プラントが振動し始める。パイプがプラントの直上に向かって四方八方から集まる。エラ達のいる中心部は完全に覆われ、外界と隔絶された。外にいるセルゲイ達からは、パイプが螺旋状に連なりドリルのような形状になっているのが確認できた。

 程なくして、ドリルは土の天井を掘り進め始める。それと同時に、プラントのバッテリーを示していたモニターには外界の様子が映し出された。モニターにはセルゲイ達は既に映っていなかった。プラントが視認されないよう、崩虫が進む道へ向かったのだろう。銃声と悲鳴が聞こえる。


 レイダはセルゲイの不正を暴いた先程の自分の発言と、今の状況を照らして顔をしかめていた。犠牲を出すやり方では救えない。セルゲイが考えていた、発電システムを守るために少しずつ犠牲を出すやり方と、人類全体を守るため50人を犠牲にするのはどう違うのか。むしろこの瞬間、一度に死ぬ人間の数はレイダ達の選択の方が多い。トロッコ問題を先送りにしてきた結果がこの滅世だとしたら――。


 この間、ヨドは冷静に通信機の充電を試みていた。プラントと共に逃げ切れたとしても本隊と合流出来なければ意味がない。幸い、充電は十分にある。移動に使う電力を差し引いても何日かは保つだろう。問題は、近くに本隊がいない場合だ。本隊は一ヶ月周期で同エリアの調査を行う。ヨド達が離脱したのは三週目の土曜日。間もなく四週目に入る。同エリアといっても調査範囲はかなり広い。中継器を設置出来ないこの文明終末世界では、本隊との距離が五キロ以上離れると通信できない。だがこの懸念は直ぐに払拭された。

 ドリルが崩した地盤は、思ったよりも柔らかく、プラントがあった場所へ流れていく。すると、崩虫から逃れてきた少年が、こちらを見上げて祈っているのがモニターに映る。次の瞬間にはもう彼は土の底にいた。これでプラントが地上に出た後、地下の崩虫達に視認されることはない。さらにモニターには、地上に表出したプラントの次の移動計画が示されていた。地面に埋まっていたプラントには、大きな車輪が付いていたようだ。これで本隊を探すことが現実的になった。

 

 一方でエラは、先程の疑問をより具体的なモノとしていた。なぜセルゲイ達を、無知な少年達を見捨てなければならなかったのか。プラントが逃走できるシステムを備えていたということは、崩虫が来る前にセルゲイ達を説得し、全員で生還する道もあったということだ。そして間違いなくLはそれを理解していた。『レバー』の存在を知っていたのだから。Lはわざと彼らを見殺しにした。いや、エラ達にそうさせた。罪悪感を植え付けるためにそうしたのか、それともセルゲイ達の存在が危険だと感じたのか。いずれにせよ、必ずしもLは人類全体の味方とは言えなくなった。


 それぞれの思考の闇は、突然頭上に差し込んだ光によって払われた。地上に辿り着いた。車輪を軸に、エラ達のいるブロックが90度傾く。障害物が前方に現れてもドリルがそれを砕く。無駄のない設計だ。モニターで目的地を設定すると、プラントは自動で移動し始めた。


 「英霊達の為にも、今は生き残ろう」


 レイダは保留を選んだようだ。二人もそうする他なかった。こうして人類は、真の終末へと向かい始めた。

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滅世の君へ綴る 塊宮麗央(くれみやれお) @LeoBlock

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