七節

 彼らの異様な『足音』は、その存在を知らなかった元信者の少年達にも危険を感じさせる程異様だった。もしくは、遺伝子に刷り込まれているのか。現存するプラント、まさに人類最後の希望といえる文明が今、狙われている。おそらく彼らは、トンネルさえも文明と判断し、食い散らかしながらこちらへ向かっているのだろう。最早退路もない。


 「貴様等のせいだ。貴様等が来なければこんなことには……」


 セルゲイが呟く。しかし実際、あまりにタイミングが良すぎる。セルゲイ達がいつからここに居るのかは分からないが、少なくともこのプラントが残っている以上、数百年間崩虫の侵入は無かった筈だ。エラは本を拾った時のことを思い出していた。あの時も、滅世綴を手に入れたタイミングで崩虫が襲ってきた。まるで本と人類を引き合わせないようにするかのように。


 「俺が行こう」


 レイダが前へ出る。その言葉の意は、言うまでもなく囮となって崩虫に食われることを示していた。もちろんヨドとエラは拒むが、他に手がないことも二人は理解している。また、例えここで誰かが囮になっても、たった1匹でもプラントを視認した時点で終わりである。彼らを止めるにはヒトの手の加えられたモノでは不可能だ。

 エラは最早自然に、あの恋文に頼ることをしていた。『君の仲間の大半は、多い方を守るためレバーを倒すだろう』。トロッコ問題を暗喩しているとすぐ分かったが、これまでのことからレバーが実際に存在するモノだということもあり得る。


 「セルゲイ、このプラントに一番詳しいのはこの場では貴方よ。レバーと聞いてこの状況を打開するモノがあるなら教えて」


 セルゲイは無反応を貫こうとしたが、少しすると諦めるように目線を向ける。プラントの中心部の背後に、確かにレバーがあった。そして『地上移動用※緊急時以外使用禁止』とラベルが貼られていた。あまりに出来すぎているが、今はこの希望に縋るしかない。だが、まだ一手足りない。


 「わかっている。俺を使え」


 セルゲイの言葉の意味を、聞くまでもなく全員が理解した。プラントが上昇するまでの間、誰かが崩虫を引きつける必要がある。セルゲイはこの手段を見つけられた場合、自分が囮にされるという確信があったからこそ言うのを躊躇ったのだろう。この場で最も立場が弱く、信頼も無いのがセルゲイだということは、彼自身が最も理解している。

 ヨドも知らなかったプラントの機能の詳細については――どのくらいの速度で移動するのか、移動後に崩虫に視認される恐れはないのか――誰にもわからない。そもそも起動できるのかもわからない。誰かの犠牲でも生き延びることは出来ないと理解した人類も、結局ははみ出し者を生贄にして誤魔化すしかないのだろうか。一刻の猶予も無い中、生存本能と哲学が交差しレイダの決断を鈍らせる。思考の檻を破ったのは、


 「貴方だけでは足りないでしょう、大尉。お供します」


 セルゲイを裏切り者と認めたはずの、少年達の声だった。彼らは全員が落ち着いた表情で、嘘でもここまで生かしてもらった恩があると語った。確かに生きる気力を失い、やけになっているセルゲイ一人が、プラントから確実に崩虫を引き離して逃げ続ける望みは薄い。だとしても、三人を生かすために五十人を犠牲にするのは割に合わないとヨドは考えたが、すぐに否定し自分を恥じた。彼らは見たこともない地上で生きる十数万の人類の為に、分かっていて進んで死を選んだのだ。

 レイダとヨドが、プラントを必ず人類に届けると決意する傍らで、エラはまたあの詩のことを考えていた。もし、この状況を彼、『L』が予想して書いていたのなら、全員が助かるようにもっと詳細に、具体的に示していたのではないか。最後の一文、『今はただ君のイノチだけ』が引っかかる。敢えて『同業者』の彼らが生き残らないような筋道を立てたように思える。だとしたらこの著者は本当に人類の味方なのだろうか。


 「大丈夫か、エラ」


 レイダの声が意識を思考から現実へ戻す。セルゲイ達がプラントから離れたの確認し、自然とレバーへ三人が同時に手をかける。これは罪の分散か、それとも全員で背負うという決意か。最初の分岐点に辿り着いた。Ꮮとエラの物語は、ここから始まる。

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