五節

 最初の分岐点を過ぎてから約二時間、あれから何度か同様の分かれ道は現れたが、エラたちは細い道を選び続けた。窮屈な姿勢での移動の連続と閉鎖的空間によって、三人の体力、気力は限界を迎えつつあった。

 

 その瞬間は、突然訪れた。


 暗闇は晴れ、緑色の光が差し込む。先頭のレイダの右手は、床を這う内に知らずに開閉のボタンを押していたようだ。ここが終点らしい。

 安堵する間もなく、耳をつんざくような警報音と共に、緑の光は赤へと変わる。同時に聞こえる多数の足音。引き返すには遅すぎたようだ。迷わず三人は出口から飛び出る。

 ヨドは、そこが資料で見たプラントであることを認識すると同時に、多数の人間に囲まれていることに気づく。二十、三十、いや五十人はいるだろうか。そして、統一された迷彩柄の服を着ていることと、こちらに黒い金属の筒を向けていることに気づき、ヨドの警戒心はピークに達した。


 「注意しろ……あれは『銃』だ」


 それを聞いた二人に、衝撃と緊張が走る。旧時代の兵器のほとんどは、戦争終結の折にほとんどが失われたという。反応兵器やAIによる代理戦争など当時の最新技術が多様された最終大戦も、最後には汚染と物資不足により原始的な槍や剣による白兵戦で幕を閉じたとされている。

 その経緯から、銃が現存していること自体が驚くべきことなのだが、あろうことかここには何十丁の銃があるのだ。ましてやその銃口は今、何の文明武器も持たない三人に突きつけられている。

 さらにもう一つ、彼らの服装だ。大戦当初、人間を構成員とした軍隊はほとんどの国で解体されていたため、終結間近まで見られることはなかった『迷彩服』である。元々はAI軍隊が発足される以前の野戦服としてかなりメジャーなデザインだった。長期化した戦闘により国力はすり減り、AIの代わりに再び命を賭すことになった軍人達を鼓舞する意味で再利用された、と記録にはある。

 そして、共食いの愚かさを痛感したはずの人間がそれを着用している意味。彼らのヒトとの戦いがまだ終わっていないことの示唆。意思統一された集団であることの証明。未だ鉛の弾が飛んでこないことが奇跡にすら思える、そんな時間。


 「『動くな』と言わなくても理解しているだろう?」


 レイダの正面から、赤いベレー帽を被りながら歩み出る『軍人』。立ち居振る舞いからも、この隊の長であることは明らか。まるで長年そうしてきたかのように、自然と包囲の指示を出している。


 「我々に敵意はない。我々だけでなく、人類同士に最早敵意を持つ余裕などないだろう」


 レイダはこの状況でも冷静に言葉を返すだけの胆力を持っている。彼の勇気ある行動の数々は、人類全体に知れ渡っている。次期人類軍指揮官との呼び声も高い。尤も、この死線を潜り抜けることが最低条件ではあるが。


 「余裕?余裕ならばある。我々には無限に等しい食料と防衛に必要な『物資』の用意があるのだから」


 ベレー帽の男が答えた。無限に等しい食料。この滅世でそれを成すのはプラントしかない。そしてここでいう『物資』が、安全ではないことは確かだ。

 ベレー帽の男は続けて、


 「おっと、我々の『神』を諸君に分け与えることはないぞ。諸君の獰猛さは承知している」


 と宣う。銃を向けておいて何を言うのかと詰るよりも先に、三人の脳内ではあの奇妙な詩の一節が流れていた。彼らはまさに、愚かな人類から神を守る同業者というわけだ。同業者が友好的とは限らない。むしろ奪い合う敵の方が多いだろう。

 そしてもう一つ、彼らに効くのは盲信する神。それを暴くこと。神を暴く行為は簡単なようで難しい、特に盲信する者達に神以外の者が説法をしたところで無意味だろう。極限状態の中、三人は突破口を見つけるため、情報収集に集中し始めた。

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