おわりに 第118回以降の国試受験生へのメッセージ

 本稿では締めくくりとして第118回以降の国試受験生へのメッセージを書いていきたいと思います。といっても真面目にやれとか希望を失うなといった曖昧なメッセージはmedu4穂澄先生ぐらいの地位と実績のある人が言わなければ無価値に等しいので、なるべく具体的なアドバイスとして3点に絞って書きます。今から述べる3点がこのエッセイのテイクホームメッセージだと思ってください。



 メッセージその1「国試予備校の基本的な映像講義はCBTまでに全て受講しておいた方がいい」


 medu4映像講義の説明でも述べましたが国試予備校の映像講義は循環器、消化器、公衆衛生といった分野別(≒臓器別)の講座とmedu4で言えば特講、テストゼミ、国試究極MAPといった分野横断型の特別な講座の2種類に大別され、ここで言う「基本的な講座」とは前者を指します。


 CBTの出題範囲は基礎医学が含まれる点を除いては国試と同様なので基本的な講座をCBTまでに全て受講してもオーバーワークになることはないのですが、実際には「○○科は独学でも行けそうだから後でいいや」とか「時間がないから××科は捨てよう」といった考えで一部の基本的な講座をCBT終了以降に残してしまう医学生が例年存在します。


 CBT終了まで全く手を付けないよりはずっといいのですがCBT終了までに基本的な講座が全て終わっていないと病院実習が始まってから過酷なスケジュールの合間に残った講座を受講せざるを得なくなり地獄を見ます。私自身は元々得意だった精神科と公衆衛生、何となく解けそうだと思っていた泌尿器科をCBTまでに受講していなかったため結局6年生まで持ち越す羽目になり、6年生前半の模試では公衆衛生や泌尿器科の低得点に悩まされることになりました。


 3年生や4年生といった臨床医学の座学の時期に地獄のような密度で講義を詰め込む頭のおかしい医学部医学科も一部にありますが、多くの大学では基礎医学の実習がある2年生や病院実習が行われる5~6年生に比べれば3~4年生は比較的余裕があるはずです。そのため、この時期に部活やアルバイトと並行して基本的な映像講義を全て受講しておくことを強くオススメします。どのみち5~6年生になれば特講、テストゼミ、国試究極MAPといった受験生対象の講座が次々にやってきますのでCBTまでに基本的な講座を全て受講しても全く暇になることはありません。



 メッセージその2「臨床医学の座学は真面目に聞かなくてもいいので病院実習には真面目に参加した方がいい」


 先述した通り2023年現在の医学生は臨床医学はどうせ国試予備校の映像講義で勉強するのに大学でも教員(≒大学附属病院の勤務医)から臨床医学の講義を聞かざるを得ないという理不尽なシステムに身を置かれています。大学教員でもまともな講義をしている人はごく一部にいるのですが教員側も学生に真面目に聞く気がないことが分かっているせいか明らかに意欲がない教員も非常に多く、講義と言いながら自分の医学生時代の部活の話を延々語る内科医や手術動画を解説もせず見せてさっさと帰る外科医には殺意を覚えることさえあります。


 こういう現状があるので私は臨床医学の座学は出席するだけしてこっそり内職するなり漫画を読むなりしていればいいというスタンスですが病院実習に関しては全く考え方が異なり、どの進路に進むにしても医学生は病院実習には真剣に取り組むべきと考えます。


 そもそも医学の知識がある、言ってしまえば医師国家試験で合格点を取れるだけで医者になれてよいならそもそも大学の医学部医学科は必要なく、法学部を出ていなくても受験できる司法試験のようにしてしまってよいはずです。しかし医者は臨床に従事する限りでは放射線科医や病理医であっても患者さんの身体に直接影響を及ぼすことになりますし、基礎医学研究者や産業医、美容外科医であっても大なり小なり医師免許を利用して仕事をする以上は必要最低限の医療現場での経験が求められます。そのように義務を伴うからこそ政府が国民から搾り取った血税が厚生労働省を通じて際限なくばらまかれて医者の高給を実現している訳です。


 医学生が医学部医学科に通っている理由の8割は病院実習に参加するため(残り2割は基礎医学・社会医学の実習に参加するため)と言ってしまって差し支えなく、病院実習に不真面目な姿勢で参加するような医学生には医師免許を取得する資格がないとさえ私は思います。前項で医学生は無給で准研修医として扱われることがあり理不尽だと書きましたがそれは現状のシステムは医学生への負担が大きすぎるため厚生労働省の側が改善すべきという趣旨であり、医学生の側はどんな条件であれ病院実習には真面目に取り組むべきと私は考えます。


 こういった職業倫理的・道徳的な意味に留まらず、病院実習に真面目に参加することは医学生自身が思っている以上に医師国家試験での得点上昇に直結します。自分が臨床現場で遭遇したことのある疾患、特に担当患者として割り当てられて診療に関与した疾患は座学で学んでいる時でも理解しやすいですし、内視鏡検査の一連の流れや正常な分娩の経過といった知識は文字媒体のみならず映像的にも理解が求められます。もちろん動画配信サイトで公開されている学習用映像を見ることもできますが、特に正常分娩については自分の目で直接見ただけで大いに理解が深まります。


 私自身は元々産婦人科が苦手でパンデミックの影響のため附属病院実習(コア・クリニカルクラークシップ)では正常分娩を見学できませんでしたが、アドバンスト・クリニカルクラークシップで市中病院の産婦人科を回った際に何度か正常分娩を見学させて頂くことができました。以前にも述べたように産婦人科は国試の出題科目の中でも最も専門用語と暗記量が多い科目の一つで、中でも正常分娩の経過は毎年必ず出題される一方で多種多様な出題パターンがありどれだけ映像講義を受講しても理解できないことがあります。私は市中病院の実習で正常分娩を見学させて頂けたおかげでその後は模試でも正常分娩の問題で失点することがなくなり、当時の指導医の先生には感謝が尽きません。


 これに限らずどの診療科の実習でも自分が実際に目にした疾患はそうでない疾患に比べて明らかに理解が深まりやすく、どれだけ試験勉強が大変でも病院実習には積極的に参加することを強くオススメします。アドバンスト・クリニカルクラークシップでは拘束時間が長い市中病院は敬遠されがちで医学生の大変さを考慮するとそれも仕方のないことだと思いますが、拘束時間が短い(いわゆるハイポな)市中病院を選択した場合でも実習には真剣に参加することを推奨します。



 メッセージその3「勉強以外に何か一つでも打ち込めるものを持っておいた方がいい」


 現代日本の医学生の半数以上は何かしらの運動部や体育会系サークルに所属しており、そうでない医学生も大抵は何らかの文化部や文化系サークルに所属している、あるいはアルバイトをしている場合が多いです。私自身は大学入学時から大学公認の文化部に所属して一時期は某大手予備校でアルバイトのチューターとして働き、3年生に進級した頃からは基礎医学教室での学生研究に取り組んでいました。在学中から小説も書き続けていたので打ち込んでいるものは結構多かったように思います。


 一方で医学生の中には体感で全体の5~10%ほど勉強以外に何も打ち込めるものがない人々がいます。こういった人々は部活に入っていないか入っていても文化部の幽霊部員で、アルバイトをしていなければ当然学生研究もしていません。趣味といえばソーシャルゲームか賭博で、人にもよりますがあまり社交的な人柄ではありません。


 部活に入らなかろうがアルバイトをしなかろうが趣味がソシャゲと賭博だろうが当然人の勝手ではあるのですが、特に医学部医学科においては「勉強以外に何も打ち込めるものがない人」は怖ろしく留年しやすいです。そもそも生活パターンが登校して授業を受けて帰宅するだけなので人間関係が広がらず、学外の人間関係も作りようがないので大学で人間関係に悩んだ時にどこにも逃げ場がありません。


 このような人が学年内で孤立して留年すると数少ない知り合いさえいなくなるのでさらに孤立しやすくなり、翌年もまた留年となるリスクが非常に大きいです。留年を複数回している医学生はどこの医学部医学科にもいると思いますが、どこの医学部医学科でも上記のような特徴を持っていることが多いと思われます。


 既に留年を繰り返している医学生にメッセージを送ってももはや手遅れかも知れませんが、少なくとも現在1年生や2年生で勉強以外に何も打ち込めるものがない人は今のうちから何か打ち込めるものを探すことを強くオススメします。運動部には2年生以上では入りにくいと思いますが文化部は2年生以上でも普通に入れる場合が多いですし、アルバイトで責任を負うのが嫌ならば基礎医学教室でささやかな研究を始めてみることもできます。ゲームがそんなに好きならソシャゲで延々遊ばずにeスポーツ選手になれるぐらい何らかのゲームの達人を目指してみればいいと思いますし、小説や絵を描いて投稿サイトで公開することも立派な社会参加です。


 学生時代だけの話に留まらず、勉強以外に何も打ち込めるものがない医学生は医師国家試験に合格して研修医になった後にどこかで心身に異常をきたす可能性が高いです。大昔と比べればましとはいえ現代日本でも研修医は一般的なサラリーマンと比べれば明らかに激務であり、指導医、看護師さん、薬剤師さんといった医療スタッフの人々と協力したり時には衝突したりしながら日々の業務をこなす必要があります。勉強以外に何も打ち込めるものがない人は対人関係全般や忙しいスケジュールに慣れていない傾向があり、初期研修や後期研修でドロップアウトしてしまう研修医・レジデントにはこのような人々の割合が高いです。


 国公私立一般枠地域枠どこの大学であれ、今の時代に医学部医学科に合格できた人に本当に何の能力も才能もない人はいないと私は考えます。自分自身を残酷な人間社会から守るために、何か1つでも勉強以外に打ち込めるものを探して欲しいと思います。




 このエッセイで私が伝えたかったことは以上です。私自身は2023年11月現在近畿圏内の某病院で初期研修医として勤務していますが、研修医生活が幸せかと聞かれたらまずまずとしか言いようがありません。医療の最前線で働きながら医学・医療についてその身で学べていることはとても嬉しいですが月に3~5回ある当直はストレートにしんどいですし、特に1年目初期研修医は必修科が多いので個人的に苦手な診療科(もちろん就職するつもりもない診療科)でも必ず働く必要があります。


 給料を具体的に書くと勤務先を特定されてしまうので書きませんがぶっちゃけて言えば研修医の平均値と同じかやや上ぐらいです。金額自体に不満はないのですが研修医がいないとまともに機能しない診療科(多数の研修医の存在を前提に運営されている診療科:救急や麻酔科など)と研修医が1人もいなくても普通に機能する診療科(研修医が便利屋さん程度の扱いの診療科:一般的な内科など)との間で給料に大差がなく、日中どれだけ忙しくても給料は残業と当直の量で決まるので当直が少ないけれども日中死ぬほど忙しい診療科は給料が安いという理不尽な仕組みになっています。研修医は結局のところ勤務医なのでどれだけ仕事を頑張ってもそれで給料が増える訳ではなく、勤務医にやりがいを感じられず早期にキャリアに見切りをつけて開業医となる医師が多いのも納得だと思います。


 とはいえ研修医生活が長くなって採血や静脈路確保、問診に身体診察といった各種の医療行為をある程度自分だけで行えるようになってくると段々と楽になってきているとは思います。そもそも研修医は医者見習いなので給料が安い代わりに医療行為への責任を大きく免責されているのであり、今は初期研修を無事に修了して希望する診療科の後期研修医レジデントになっていずれは後輩の研修医を指導する側に回りたいと思うばかりです。


 文学部や法学部、工学部や理学部と異なり医学部医学科は卒業しても医師にしかなれませんが、逆に言えば国試に合格しさえすれば医師になることができます。医学生の就活であるマッチング試験は確かに大変ですが4年制大学を卒業して有名企業に入ろうとする大学生の就活に比べればずっと気楽ですし、職種としては医師だけですが進む道は内科、外科、総合的な診療科、単一臓器を極める診療科、医学研究者、産業医、医系技官、美容も含めた自費診療の診療科と本当に様々です。


 medu4穂澄先生が仰っていることの繰り返しになりますが、医学生にとって最も大事なことは無事に医学部医学科を卒業して医師国家試験に合格することです。大学受験で失敗してど田舎の大学に地域枠でしか入れなかった、大学受験で何浪もしたせいで高校の同期は既に社会人になっている、もう医学部5年生なのに進みたい診療科が決まらない、マッチングで第一志望の病院に落ちた、もう医学部6年生なのに未だに彼女がいない等医学生は人によって多種多様な悩みを抱えていますが、そんなことよりも大切なのは医師国家試験に合格することです。後のことは医師免許を取得してから考えればよく、このエッセイを読んでくださった現役医学生の皆様がどうか一発で医師国家試験に合格することを心より祈念しております。



 以上

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ウェブ小説家見習いの第117回医師国家試験受験記録 輪島ライ @Blacken

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