第9話 しんかん こうほ

「はーい!では今日の中央教団からのお便りです。名前を呼んだら取りに来てくださいね〜。」


 とは言っても学校には行かないといけない。

 タイミングよく2日後からは大型連休が始まるため、蒼衣も夜も学校を休まず連休中に行って戻ってこれるよう、連休初日に旅を始めるということで落ち着いた。


「黒崎君。」


 蒼衣の担任、葉月翠に呼ばれて御神託を取りに教室の前に行く夜を、蒼衣はぼーっと眺めていた。


「昨日は衝撃的な情報が多すぎたな…。」


 ***


 黄美歌を探す旅に蒼衣が同意した後、

 教会の隠し部屋ではそのまま今回の旅の計画が話された。


「まずは、先ほどお伝えした通り首都東京、そして、そこにある大聖堂・セントレアに向かっていただきます」

「そこに黄美歌が!?」

「そこまでは私もよく分かっていないのです。申し訳ない」

「落ち着きなよ、蒼衣」

「すみません…」

「まあ友達がとんでもないことに巻き込まれてるんだ。しょうがないだろう」


 蒼衣が目に見えてしょんぼりとうなだれてしまっているのを見て、ミカは蒼衣の隣に座り、宥めるように肩に手を置いた。


「なので、黄美歌さんが首都東京のどこにいるかは、向こうで情報を集めていただく必要があります」

「じゃあなぜまず大聖堂に?そもそも私みたいな一般市民が大聖堂に行ったところで入れるわけがないですし…」


 大聖堂・セントレア。

 首都東京にある、この日本聖教国で最も大きい教会。

 そして、神の声を日本の全国民に届け、

 時に日本の仕組みに反映するために働く中央教団の本拠地――と言われている。

 あくまでこれらも噂に過ぎず、一般市民には内情はもちろん知らされてはいない。

 大聖堂への立ち入りももちろん禁止されている。


「今回のこの旅には一応他の目的も用意しているのです」

「他の目的?」

「まさか、何もなく首都東京まで行けると思ってたのかい?そもそもそれだと県境すら越えられないだろう?」

「言われてみれば。そうですよね」

「ですので、今回、貴方と夜は神官候補として中央に推薦することにしました。そのための試験を受けるべく首都東京に向かっていただく、これが今回のです」

「神官候補…?神官になれるのは18歳からではないんですか?」

「そうです。なので神官候補は、知る人ぞ知る裏ルートです。年齢制限はなく、聖職者の推薦と特定の条件――貴方の場合は神様による神官適性のお達し――が揃うことで受けられます。そして18歳になったら無条件で神官になれる、まさにエリートコースです」

「そんなものが…!」

「あたしもちなみに神官候補から神官になった口なんだ」

「ミカさんも?」

「被推薦者が試験、とはいっても面接だけですが、それを受ける会場が大聖堂セントレアになります。そこで試験を受けつつ、情報を集めてお友達を見つけることができれば、目的達成です」

「神官候補になる試験…」

「まあ、蒼衣なら通っちまうだろうよ。素直だし、信心深い。神様がこの歳で神官適性を出すのもうなずける」

「そ、そうですかね?」

「ほら、また照れてる」

「う…」


「そういえば、黒崎君も神官の適性が出てるんですか?」

「あー夜は…」

「夜はね、私の弟なんだ」

「え、全然似てない」


 蒼衣はもはや反射のごとく即答した。

 それもそのはず。神父は少し長めの髪を下の方でくくっており清潔感に溢れている。全体的に落ち着いているのだが、後光が差すような陽の雰囲気を感じる、まさに神父様といった印象だ。

 一方の夜は陰そのもの。ぼさっとした長めの髪で目元は隠れてしまっている。背は丸まっていて気だるい雰囲気を隠しもしない。


「バカ!蒼衣!」

「そんなことないでしょう?この目元なんか、私にそっくりじゃありませんか?ねえ、そうですよね?」


 神父然とした落ち着きはどこへやら。夜の顔を無理やり自分に引き寄せて、蒼衣の顔に至近距離に近づけてくる。ちなみにその勢いで夜の髪は顔を完全に覆い隠していて何も見えない。


「蒼衣、悪いことは言わない。とりあえず似てるって言っとけ」


 ミカに耳打ちされる。


「でないと、言うまで追いかけてくるぞ」

「えぇ…」

「ん~?何を話しているんです?」


 先ほどよりも一層顔を近づけてくる神父に、蒼衣は顔を背けながら言葉を振り絞る。


「言われてみれば?目元とか…雰囲気が似てるかなって…」

「そうでしょう、そうでしょう」


 今日一番の笑顔になる神父。


「もしかしなくても…」

「ああ。先生は弟の夜が大好きでな。いわゆるブラコンだ」

「えぇ…知りたくなかった…」


 もともと憧れていた神官の、まさに理想ともいえる立ち振る舞い、雰囲気に、蒼衣はこの神父に尊敬の念を抱いていたが、このやり取りですっかり崩されてしまった。


「で、先生。神官候補には、現職の神官の親族も含まれるんだよな?」

「そうそう。まあ、うちの夜に限っては親族でなくても神官に…」

「はいはい。そうですね~」


 慣れているミカはあっさりとしたものだ。


「そして、私はその神官候補たちの案内役兼、推薦者代理で君たちに付いていくってわけだ」

「本来であれば私が行きたい…んん、行くべきところだったんですが、どうしてもこの教会を空けることができないので、代理にミカに行っていただくことになりました。ミカ、毎日ちゃんと夜…二人の様子を連絡するように」

「はい、先生」

「では先ほど話したように、出発は3日後です。一応明後日の出発前にもこの教会に顔を見せに来てくださいね」


***


「…白さん!藤白さん!取りに来てください~!」

「あ、すみません!」

「では次!保坂ほさかさん~!」


 明日から神に背くことに繋がる旅に出る。ふと夜に目を向けると、御神託の封筒は未開封のまま机に置かれているのが見えた。

 蒼衣は封筒を開けることにためらいを覚え、開けずにそのまま鞄にしまった。


「最後に連絡事項です。長期でお休みしている旭黄美歌さんですが、病気が長引いてしまっているようです。早く良くなって元気な顔を見せて欲しいですね。では今日の朝礼は以上とします。今日も一日頑張りましょう!」


***


 特に変わったこともなく、いつも通り5コマ分の授業が終わる。


 帰ったら旅の準備もある。部活にも入っていない蒼衣は、そのまま帰り支度をしていた。


「あ!藤白さん!」


 教室の外から翠が顔を出し手をこまねいていた。蒼衣は帰り支度の準備の手を止め、ドアの方に向かう。

 近くによると翠は蒼衣の耳元に顔を近づけた。


「神官候補としてこの連休中に試験を受けに行くんですってね。頑張ってね。先生応援しているわ。」

「あ、ありがとうございます!」

「藤白さんに限って欠かすことはないと思うけど、御神託は毎日お守りとして持っておくのよ?」

「そう ですね。ちゃんと身につけるようにします。」

「御神託を通じて、あなたの道行きに神様のご加護がありますように。」

「はい。」


 翠は大きく二回うなずいて、教室を後にした。

 蒼衣は自分の席に戻り、帰り支度のために机に上げた鞄の持ち手にぶら下がったお守りケースをふと手に取る。毎日欠かさず御神託を入れるようにしていたそのケースに、今日は何も入っていない。

 数秒見つめた末、結局そのままお守りケースから手を離し、帰り支度の続きに取り掛かった。

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神様の国 あいりす @Iris_2052

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