第8話 なくしものの ゆくえ
「あれだけの話でよく来てくださいましたね。やはり貴方は素直な方だ。さて、何から話しましょうかね」
神父は昼間と変わらず、穏やかに微笑みかける。
部屋を照らす照明は古いようで、チカチカと時折点滅していた。
「…」
しばしの沈黙が続く。
「先生、これは怖がられてないかい?」
「ん?そうなのか?」
「言われたところに来たら急に狭い部屋に入れられて、3人に囲まれたら誰でも怖いだろ」
ミカの進言にピンと来ていない神父を見かねて、夜が冷静に解説をする。
蒼衣はこの時初めて夜の声を聞いた。低く抑揚はないが、思いの外心が落ち着く優しい声音に、恐怖心がわずかに和らぐ。
「そういうものなのか。すみません。怖がらせてしまったようですね。では先に言っておきましょう。私、いえ私たちは貴方の味方です」
急にそんな事を言われても。そう蒼衣の顔に書かれていることは、ミカと黒崎には届いたようだが、笑顔を崩さない神父には届かなかったようだ。
「では気を取り直して、お昼にできなかった話の続きをしましょう」
ミカと黒崎は今度は口を挟まないので、蒼衣はとりあえず椅子に座りなおした。
「貴方をここにお呼びしたのは、居なくなった貴方のご友人を探すお手伝いをさせていただきたいからです」
「黄美歌が今どうしているか知っているんですか?」
「ご友人は今有名人なのでね。お昼伺った話と教団内で掴んだ情報を照らし合わせた限りでは。ご友人は、首都東京にいます」
「首都東京…?どうしてそんなところに…。1人で出かけたんですか?」
藍色聖書を探しに。
「いえ、そうではなく」
神父は続く言葉を一瞬言い淀む。
ミカと目くばせをした後、神父は神妙な面持ちで蒼衣で告げた。
「まあでも、隠していたところでいつかバレますね。お伝えしましょう。教団の聖職者たちがご友人を連行したのです。首都東京に」
告げた後はまた、神父は穏やかな笑顔に戻っていた。
それに引き換え、蒼衣は眉をひそめた。
「教団がそんな…連行だなんて。聞いたことありません、そんなの。本当なんですか?」
「でしょうね。神に仕える教団が誘拐まがいなことをしているだなんて、知られてはいけないことです」
「それに黄美歌のお母さんは病気で家にいるって」
「お母さまは教団に『病気の娘を清める。ただしこのことは内密に。』と言われたのでしょう。教団が人を連行する時の常套手段なのです。それで特に信心深いご家族は納得してしまう」
「そんな…」
「ちなみに、そうやって連行されるのは、何かしら国に、特に信仰に背くようなことをした、あるいは計画した者たちです。」
蒼衣は息をのむ。
「心当たりはありませんか?」
「………。いえ。私は何も」
「…そうですか」
またしても気まずい沈黙が部屋を支配する。
「さっきから尋問みたいだよ、先生。それにこの娘がそう言ってるだ。いいじゃないか。というか、名前すら聞いてないだろ?嬢ちゃん、名前は?」
「藤白蒼衣と言います」
「蒼衣か。歳は…夜と同じぐらいじゃないか?そういえば、君ら知り合い?」
「黒崎君とは、中学校で同じクラスなんです」
「それはまた偶然!この旅も幸先いいな!」
「旅?」
「ご友人を探すことは、すなわち首都東京に行き、教団から彼女を連れ戻すそういうことになります。もし貴方がそれに賛同してくれるというのなら、この助祭、それから夜に同行してもらうことになります」
「一人じゃ首都東京になんか行けやしないだろ?」
「それはそうですけど…急に旅だなんて言われても…。それに教団に逆らうことになるってことですよね?それって神様にも…。それにさっきの黄美歌が教団に連行された話も信じたわけではないです。だってそんなの、信じられるわけない」
「じゃあ、もう一つこちらの手札を切りましょうか」
そういうと、神父がいつの間に手にしていたのか、
一冊の手帳を蒼衣に手渡した。
見覚えのない手帳だったが、開くとすぐに合点がいった。
「これ、黄美歌の字…」
「それが私の手もとにあるということが、
一つ証拠だと思うのですがね」
「……」
「悩んでいる暇もないですよ?今頃教団で何をされていることやら…」
「何かひどいことをされるんですか?」
「私も最近司祭になったばかりですので、詳しいことは分からないのです。ただ、帰ってこれないこともあるとか」
「そんな…」
行くことにすれば、神様を裏切ることになる。
ただ、黄美歌を見捨てることなんてできない。
聞いたことの情報量が多すぎて、正直蒼衣の脳内は混乱を極めていた。
「この一週間、ご友人の家に行ったり、果てはあんな廃校にまで探しに来るほど、ご友人を心配していたのでしょう?待つばかりでは不安なだけですよ?廃校に来たのも、じっとしていられなかったからではないですか?」
「動いた方が気がまぎれることもあるしな!」
「でも…」
「後悔は残らないように。迷うのであれば、行動するが吉、ですよ」
「たまにご神託に書いてあるようなことを言うよな、先生」
神様と友人を天秤にかけることがどうしてもできず、
蒼衣は首を縦にも横にも振ることができない。
「すみません。整理したいので、一旦家に」
「藤白、お前はどうしたいんだ?」
それまでほぼ喋らずに様子を見ていただけだった夜が急に声を上げる。
蒼衣が驚いて夜に目をやると、夜のきつい視線にぶつかった。
「わ、分かりました!では黄美歌を探すために首都東京に連れて行ってください!」
「そう来なくっちゃ!」
ここから、黄美歌を連れ戻すための旅が始まることとなった。
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