第6話 ふしぎな であい

 漆黒のキャソックで身を包んだ神父が1人、桜から蒼衣に目を遣る。

 聖職者にしては若く見えるが、佇まいに隙がなく確かに厳粛さを纏っていた。


 憧れの聖職者を前に蒼衣は一瞬惚けていたが、神父がこちらに向かってきていると分かると、慌てて軽く頭を下げ、手を組んだ祈りの姿勢を取った。


「お初にお目にかかります、神父様。先の無礼は大変失礼いたしました。神の御加護があらんことを」

「神の御加護があらんことを。そう畏まらず、お顔をあげてください、お嬢さん」

「いえ、そのような。神様の声を聞くことを許された神父様と、このように会話することすら畏れ多いというのに」

「私にはまだそのような力はありませんよ。まだ拝命されたばかりですから。ですからどうか、楽にして。そう距離を取られる方が、私は寂しいのですよ?」


 蒼衣の緊張を解くだけにしては、声音には確かに寂しさが混じる。

 蒼衣もそれを感じ取ったのか、恐る恐る手を解き顔を少し上げる。直視は畏怖以外の感情が邪魔をしてまだ難しいようだが。


「ありがとう。もうひとつ私のわがままに付き合ってくださいますか?」

「はい…」

「そこのベンチに座って少しお話し相手になってください」


 そう言って、桜の脇にあるベンチに、神父と蒼衣、横並びに座る形となった。

 蒼衣は状況が読み込めず、ソワソワと目を泳がせ落ち着かない様子だ。


「あまり私は会話が上手くないので、単刀直入に聞かせてください。貴方は人探しにここに来られた…。そうでは無いですか?」

「え…」

「やはり貴方でしたか、迷い人というのは」


 蒼衣は一瞬驚いた顔を下が、すぐに納得した。


「神様…ですか?」

「そうです。貴方が普段受け取るのと同じ、ご神託を受けました。貴方を導くように、と」

「神様はやはり見ておられたのですね…」


 ずっと緊張が張り付いていた蒼衣の顔は僅かに緩む。顔も僅かばかり、神父の方へ向けた。


「探し人は家族ですか?それともご友人?」

「友達です」

「ご友人はどういう方なのですか?この場所には最近よく来るのでもしかすると見かけたかも」

「そうですね…いつも三つ編みのお下げで眼鏡を掛けていて、私より背が低い、これぐらいの女の子です」


 牧師は口元に手をやりクスッと笑った。


「ファンタジーの主人公みたいですね。天真爛漫で興味の赴くまま遠くに行ってしまいそうな」


 まるで黄美歌を知っているような口ぶりに蒼衣は一瞬キョトンとしてしまった。


「ですが残念ながら、そのような魅力的なお嬢さんは見てないですね。おっと。貴方も落ち着いて大人びた素敵なお嬢さんですよ」


 急な褒め言葉に素直に顔を赤らめる蒼衣だったが、黄美歌が来ていないことには落胆を見せる。


「ここにはよく来るのですか?」

「いえ、ここには何度か来たことがあるだけです…。後々大きなことをするぞって時は何となくここに来て始めるのがお決まりみたいになっていたというだけで…」


 蒼衣は思い出をなぞるように空を見ながら答える。

 去年の自由研究を決めた時も、2人はここに来て1番最初の押し花の材料を採取した。

 その前、蒼衣が意中の男子に告白することを決めた時も。そして。


 藍色聖書を探そうと、黄美歌が言い出したのもこの桜の木の下だった。


「今回も何か大きなことを…?」

「探し物をしたいと最後に会った日に相談されて…私は断ってしまったんですが友人は真剣に考えているようでした」

「その探し物というのは?」

「都市伝説に出てくるあるかどうか分からない、そう言った類のものです。神父様にお伝えする程のものでは…」


 相手は聖職者。さすがに禁忌の聖書の話は言い淀む。


「そうですか。では差し支えなければ、ご友人がいなくなったのはいつ頃かも聞いていいでしょうか?」

「1週間ぐらい前から学校に来ていなくて…。家に行っても会わせて貰えないので心配で」

「会わせて貰えない?」

「家を訪ねると友人のお母様が対応してくれるのですが、会えないと言われてしまって…。いつもならお見舞いに行くと、本人に会えなくてもお家にお邪魔させてくれるので、こんなことは初めてで…」

「それで心配が抑えられなくなってしまったと」

「でもきっと考えすぎで…」


 いつものようにネガティブになってしまう前に今回はヘラっと笑いながらベンチを立ち上がろうとする。


「でもきっと何かが引っかかっているから、わざわざここまで探しに来たのでしょう?」


 向けられた眼差しが必要以上に鋭く、蒼衣はもう一度ベンチに腰が降りてしまった。


「あまり根掘り葉掘り聞く話でもないのに、失礼いたしました。ただかも…。今夜改めて私の教会に来てくださいませんか?」


 名刺のような紙を手渡される。

 そこには隣町の教会の住所と手書きのメモが記されていた。

『ご友人はまだ間に合うかもしれないが急ぐ必要があります。』


「え…このメモは一体…」

「布教活動です。貴方とはもう少しお話がしたいだけですよ。今風に言うとナンパと言うやつです」


 神父は蒼衣の手ごとメモを両手で上から握った後、密かに口の前に人差し指を立てている。


 男性に初めて手を握られ顔を赤らめつつ、蒼衣は状況の理解が追いつかない。


「少し長居しすぎてしまいました。こんなに教会を空けてしまうと。では迷えるお嬢さん、教会でお待ちしていますよ」


 そう言うと神父は立ち上がり、足早に花吹雪の向こう側に姿を消してしまった。


「え…どういうこと?」


 1人残された蒼衣は、しばらく神父の消えた方向とメモを交互に見ることしか出来なかった。

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