第5話 おもいでの ばしょ 

 黄美歌が学校に来なくなってから気づけば1週間が経とうとしていた。蒼衣は漠然とした不安を抱えたまま、悶々とした日々を送っている。

 黄美歌が学校に来なくなった翌日、蒼衣は何かしなければならない焦燥感に耐えきれなくなり、黄美歌の家を訪ねていた。

 家の呼び鈴を鳴らすと、出てきたのは黄美歌の母親。蒼衣はこれまでも、何度も黄美歌の家に行ったことがあるので、顔見知り以上の仲だ。親しく世間話をした後、黄美歌の話をするも、やはり体調不良で寝込んでいる、人と会える状況ではない、と説明された。


「少しでいいので、顔を見て話せませんか?」

「ちょっと難しいかしら…。ひどく風邪を拗らせてるみたいで…。残念ながら話せるような体調ではないのよ…。また落ち着いて元気になったらお見舞い来てくれる?」


 と結局会わせてもらえなかった。

 それからしばらく経った昨日も家を訪ねたが、聞けたのは同じ回答で、少しも不安は収まらないようだ。

 

「蒼衣ちゃん?どうかした?」

「あぁ、ごめん。なんだっけ?」

「今日のホームルーム、夏休みの自由研究の話じゃないかって話!蒼衣ちゃんはどうするの?黄美歌と話した?」


 お昼休み、蒼衣はクラスメイトの西島桃にしじまももとの会話に意識を戻し、笑顔を作る。


「まだ特に黄美歌と話してないなぁ」

「そうなんだ〜」

「桃ちゃんはどうするの?」

橙子とうことか美紅みくとかとなんかしよう、って話はしてるけど、内容は何も決めてないなぁ」


 蒼衣たちの学校でも例に違わず、毎年夏休みには自由研究が課せられる。ただ他の学校と違うのは、2人〜3人のグループで必ず行うこと、そして準備期間が非常に長いことだ。学校がまだあるうちに、テーマについて話し合い一度学年の中で中間発表してから本番の夏休みに入るため、より精度の高い研究に仕上がる。さらに、夏休み明けには学校全体の発表会が大々的に行われ表彰もある。いわゆる一大行事だ。


「蒼衣ちゃんと黄美歌のとこ、去年賞取ってたもんね。それにあの凄いテーマ、あれ絶対黄美歌の案でしょ?あんなん、思いついてもやろうなんて普通思わないもん。今年も面白いの、私らも楽しみにしてるからさ!」


 去年、中学2年生の時、蒼衣は黄美歌と組んで自由研究に取り組んだ。

 自由研究のテーマは『日本の桜』。

 押し花を添えたそれぞれの生物的な生態に始まり、日本全国の桜の分布、一昨年から去年にかけての開花記録、歴史、花言葉。これを読めば桜の全てが分かる、と言っても過言ではない傑作だった。


「ありがとう。黄美歌が来たら伝えとくね」

「うん!次は何するんだろね」

「黄美歌は今、写真にハマってるから、それ関連かなぁ」

「ふーん。まあでも黄美歌来ないと、って感じだね」

「うん…」


 また蒼衣の顔に翳りができる。


「桃〜。授業長引いた!お昼食べよ〜」


 隣のクラスの彼女の親友、橙子と美紅が教室のドアから顔を覗かせ桃を呼ぶ。


「も〜遅いよ〜。じゃあね、蒼衣ちゃん!」


 桃は机の上に出していた弁当箱を手に持ち、親友に駆け寄って行った。


 蒼衣はため息を一つ。自分の弁当箱を開け、スマホを意味もなくスクロールしながら、自席で黙々と食べ始めた。


「あ」


 そういえば。

 蒼衣は何かを思い出したのか、今度は目的を持って、スマホを必死に操作し始めた。


 ***


 その週末。隣の市に向かう電車に蒼衣の姿があった。


「赤星〜赤星〜お降りのお客様は、お忘れ物などなさいませんよう、お席の周りをよくご確認ください」


 聞き慣れた声でありながら聞き慣れない地名を連呼する車内アナウンスに蒼衣はハッと我に返り、慌てて立ち上がり、周りを確認してからホームに降り立った。

 改札に向かう足取りも自信なさげに、キョロキョロと周りを見渡し、今度はバス停に乗り込んだ。そして終点で降りる。


「いつも黄美歌に着いてくだけだから…正直ここまでたどり着く自信すらなかったけど」


 蒼衣の目の前には門。その先には目的地の廃校がある。

 鬱蒼とした木々に囲まれていて夜に来るといかにも、というちょっとしたスポットであったりする。

 塗装が剥がれた門は見た目より軽く、蒼衣でも易々と動かすことが出来た。坂道を登って校舎を目指す。


「きっつ……」


 急勾配な上に長い。

 校舎の正面玄関前に着く頃には蒼衣の息もすっかり上がってしまっていた。

 膝に手を付いてしばし息を整えるため休息。

 ふぅと1つ大きく息を吐いて、いざ、と正面玄関横に目を遣る。


 ソメイヨシノよりも色の濃い満開の桜が花弁を散らしていた。

 そしてその花吹雪の中、黒い人影が蒼衣の方を振り向いた。


「あなたは…神父様?」




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