◎第57話・継承

◎第57話・継承


 息をついて、魔王エリーザは顔を上げる。

「私の寿命はあとわずかしか残されていません。魔王の力、ここでミレディ様に渡さなければ、また歴史の彼方に消えて、次の魔王となるべき者に宿ることでしょう。つまり」

 彼女はやや目をこすりつつ、それでもはっきりと告げる。

「ミレディ様がカイルに一矢報いる機会は、消え失せてしまう」

 勇者ミレディは黙って聞いていた。

「正直に申しましょう。私は、勇者様、あなたを応援しています」

 魔王としては衝撃的な言葉。

「自己投影といってもよいかもしれません。大きな悲運に抗おうとするあなたは、私にとってあまりにもまぶしかったのです。だからこそ」

 まっすぐな視線。

「だからこそ、私はあなたに、あなたを追い詰めた人間に対して報いを与えることを、望むのです」

 ミレディからみて、彼女が嘘や誇張をしているとは思えなかった。きっと嘘を見破れるほどの熟練した【鑑定士】でも、ミレディと同じ見解になっただろう。

 彼女は本気で、自分に力を渡そうとしている。

「今日は長旅でお疲れでしょう。この城、というか館に空き部屋がありますゆえ、魔法人形に案内させます。まずはお休みになりつつ、そうですね、三日間猶予をあげますゆえ、じっくりお考えになってください」

 彼女はふわりとほほ笑んだ。まるで魔王には見えないほど可憐に。


 与えられた部屋で、ミレディは考える。

 確かにカイルは腹が立つ。ミレディにとって「お荷物を弾いて、より役に立つ人間を入れる」という正しい判断のもとに勇者パーティを追放したのに、よほど気に入らなかったのか、ミレディらに粘着してこれでもかと邪魔をする。

 挙句、妨害のせいで勇者パーティは離散。仲間を補充することもできず、ソロの適性はミレディにはなく、彼女の進退は窮まっている。

 できることならカイルの息の根を止めたい。あの世で自分の行いを悔いてもらいたい。

 だが……ミレディは長い間、魔王側ではなく、人間側の世界で生きてきた。

 確かに人間側の世界――魔王城の近辺でも人間が細々と生活を営んでいるので、少々語弊があるかもしれないが――の知り合いは、没落する彼女と距離を取る選択をした。しかしそれでも、ミレディにとって人間側の世界は故郷。愛着は充分すぎるほどある。

 だが、こうも思うのだ。

 環境の変化は、悪いことではない。彼女以外の人間も、転職や勤め先の変更、他業種から冒険者への転身、あるいは商売なら業態を大きく変えたりといった、環境の変化をこなしているのではないか。

 勇者が魔王に転身するのは、世間的には大きな話題となるだろうが、転身したらしたで、また新たな世界があるのではないか。

 少なくとも、カイルを大っぴらに亡き者にできる世界が。

 どうせ勇者のままカイルを討っても、人間側にいる限りろくな結果にならない。ならば、魔王城の主、わずかな領地ではあるが魔王の領域の支配者として、あの憎き冒険者を討ち果たすことに、なんのためらいがあろうか。

 道は定まった。とるべき選択は見え、討つべき仇は彼であると運命が示した。

 とはいえ、ミレディは眠くなってきたので、明日この心をエリーザに話すとして、この日は早めに床に就いた。


 翌日。

「私が魔王の座を継ぎます」

 朝からミレディはエリーザにそう告げた。

「ずいぶんお早い決断ですね」

「意外でした?」

「それほど意外でもありません。私は、貴殿が勇者という鎖にいかに縛られていたか、密偵を通してではありますが存じているつもりです。特に……カイルの件」

 ミレディはその名を聞いて、己の敵意がにわかに膨らむのを感じた。

「市井の人々は、彼が四大魔道具を制覇したのもあって、彼の行いは『まあ、仕方がない』『悪くはない』と判断するのでしょう。しかし私にはそうは思えません」

「当たり前です」

「その通り。民というものは、ちょっと成果を挙げるとたやすく目を曇らせる。努力の果てに確固たる名声を得た人間が、悪者であるはずがない……そう考えがちです。しかし」

 彼女は淡々と続ける。

「彼の言行を客観的に、つぶさに検証する限り、私にはカイルこそが、貴殿を進退窮まるところまで堕とした元凶のように思えます」

「その通り、ずいぶん分かっておられますね」

「勇者の剣を先に得て、勇者の足元を見て高く売り付ける。魔王征伐という、人間側にとって崇高な目的のために四大魔道具を使わせることを拒み、どころか戦いに発展して賠償金をせしめる。これが鬼畜の所業でないとして、なんだというのでしょうか」

 その言葉の一つ一つが、ミレディに染み込んでいく。

「その通り。だから私は」

「魔王になることを望むのですね。カイルを亡き者にする機会を得るために、勇者という鎖を破って捨て、対決をするのですね」

「そう。そうよ、私はカイルを討つためにはなんでもする」

 彼女の声は淡白だったが、そこには決然たる意思がこもっていた。

「分かりました。魔王の力をお譲りします。そこにお掛けになってください」

 そこにはイス。

 ミレディが座ると、エリーザは立ったまま目を閉じ、ミレディの額に人差し指を当てた。

「我が災厄の力よ、世界を震えしめ、闇に暴れ狂うその力よ――」

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