◎第56話・魔王と対面

◎第56話・魔王と対面


 そして約一ヶ月間の馬車の旅。夜は隊商に偽装した面々の野営でやり過ごす。

 意外にも、ミレディはこの快適とはいえない旅に、文句をつけなかった。

 彼女は腐っても勇者パーティのリーダーであり、野営はそこそこ慣れている、というのもある。また、偽の隊商の中でもミレディは気を遣われ、良質な寝袋を提供されるなど、他のメンバーよりはずいぶん上等な扱いをされたという事情もある。

 しかしそれは本質ではない。

 彼女がワガママをほとんど言わなかった、その理由の一つは、ひとえにカイルに裁きの一撃を与えられるかもしれない、という歪んだ希望にあった。

 彼女にとって、いまの零落ぶりはカイルのせいであった。実際そのような面もあるのだが、彼女は自分の落ちぶれの全てがカイルのせいであると信じていた。

 もっとも、勇者である自分が、使命を捨てて魔王になるというのは、大変な決断である。

 そうだからこそ、現魔王の話をじっくり聞いて、慎重に考えて決めようという思いもあった。これが第二の理由である。

 彼女はなんだかんだ言って勇者であり、【勇者】である。どんなにワガママな性格に思えようとも、さすがに魔王の座を継ぐというのは、勇者としての責任感が彼女をためらわせる。

 とにもかくにも、話を聞かなければならない。そしてその末に、決断を下さなければならない。文字通り世界を揺るがすほどの。

 彼女の運命は、変転の機会を迎えようとしていた。


 やがて魔王城の入口に馬車は着いた。

 ミレディの乗っている以外の馬車は、魔王城近くの各々の拠点に散り、彼女の馬車だけが魔王城に停まった。

「ミレディ殿、ここが魔王城です。ようこそ」

 魔王城。しかし戦争や侵入者排除を念頭に置いた「城」というより、事務や外出などの便宜を図った「館」に近かった。

 そういえば、魔王城近くの拠点には、確かに人が生活している気配があった。魔王の領域はきっと、噂に聞く人外魔境などではなく、少なくとも村ぐらいの規模で人が日々を送っている、普通の地方領なのだろう。

「ここに魔王がいるのね……」

「左様にございます」

 アイシャはうやうやしく一礼した。

「さあ、魔王陛下がお待ちです。急がなくては」

「急ぐ? 何か時間が限られているの?」

 聞いたミレディは、しかし魔王が村々を治めているであろうこと思い出す。

「ああ、執務で忙しいのね。わかったわ、すぐに会いましょう」

「……ありがとうございます。本来なら魔王城の中を詳しくご案内すべきですが、まずは魔王陛下との会見ですね。こちらへ」

 アイシャは案内を始めた。


 魔王は玉座に腰かけていた。

「ふう……あなたがミレディ様ですね?」

「そうよ」

 ミレディは驚いた。

 この魔王、女性である。それも見た目は麗しく、まだ若いと思われる。

 魔王はいささか辛そうな表情をしながら、あいさつする。

「ご機嫌よう。私が魔王エリーザ。あなたを後継者に見込んでお招きした、『災いをもたらす存在』です」


 魔王とは、魔王の力を持った存在である。つまり「魔王の力」を有するか有さないかこそが、一般人と魔王を分かつものである。これを有するものを「魔王」と呼称しているにすぎない。

 そして魔王の力とは、世界に災いをもたらす力とされている。これは本人の意思にかかわらず、常に発動し災いを振りまくとされている。

 先日の、連合王国と部族連盟との合戦も、この力が作用したと思われる。少なくとも魔王エリーザは、この力が作用するのを感じたという。

 魔王の判別は万人に可能である。人間なら例外なく、その身にまとう災いの気を判断することができる。強引に言葉にするなら、魔王の持つ暗黒の何かが透けて見える感じである。

 誰がこの力を持って生まれてくるのかには、法則性はないとされている。

 この力を持っている場合、十五歳前後で発現し、同時に判別可能になる。

 その者はすぐに通常の人間の世界から追放される。不思議にも、その追放された魔王は、引き寄せられるかのように南の最果ての魔王城へ行き着くという。


 ミレディが自分の持っている知識を再確認したところで、魔王は静かに話す。

「魔王についてのあれこれは、お教えする必要がなさそうですね。おそらくですが、充分にご存知でいらっしゃる。様子を見ていればわかります」

「まあ、そうね」

 ミレディもうなずく。

「では、おそらく勇者様もご存知でない部分について、補足説明をしましょう」


 魔王の力の譲渡は、譲渡する側と譲り受ける側、互いの真摯な合意があれば可能である。

 なお、この力は天性とは違う。譲渡が可能なこと自体も、天性との大きな違いの一つである。

 また、一般には「魔王が生まれれば、四大魔道具は分散し、どこかに隠れるように収まる」とされるが、力の譲渡では四大魔道具は飛散しない。それが起きるのは、あくまで魔王が文字通り「出生した」場合に限られるようだ。

 ともあれ、現状、ミレディが真摯に望めば魔王の力はすぐにでも譲り渡せる。

 一方、現魔王エリーザは不治の病で寿命が近い。

「こうして玉座にいるのも疲れるほどです」

「申し訳ない。もしよろしければ、寝室でお話しになっても」

「いいえ、構いません。こういうときぐらいはしっかりしないと」

 エリーザは密偵から、いままでミレディがどんな目に遭ってきたかを聞いている。

「私は本当に、心の底からミレディ様に同情申し上げています」

 そこで、ミレディを魔王にすることで、彼女にカイルへ戦いを挑む大義名分を与えようとしている。

 エリーザはそのためにミレディに密使を送り、魔王城へ招待したのだった。

 なお、譲渡には歴史上前例がある。勇者に渡したのは一件、他を含めると三件といわれている。

 つまり――勇者に魔王の力を譲渡するのは、充分に可能である。

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