◎第40話・商いの答え

◎第40話・商いの答え


 カイルは小さな相談室で、問いかける。

「さて、どう思う?」

 しかしレナスはすぐに反問する。

「どう思うって、カイル君が一番固まった答えを持っているように見えるんだけど?」

「ご名答。だけどすぐに答えを出すのももったいない。皆の意見を聞きたい。それによって僕も方向修正するかもしれないからね」

「そうか、それなら私からいわせてもらうぞ」

 セシリアが口火を切る。

「従業員にはとにかく元気が足りなかった。商会の基本的な接客方針を周知して、たるんだ心を引き締めるようにすべきだと思う」

 大外れだね。

 カイルはのどまで出かかった言葉を呑み込む。

 が、レナスが言葉を継いだ。

「元気が足りないのは私も感じたけど、やっぱり『やりがい』かな」

「やりがい……」

「仕事が楽しくなるようにする、というか、各々で仕事の楽しさ、醍醐味を発見できるように、それぞれの業務の本質を洗い出すべきだと思う」

「むむ。一つ聞くけどいい?」

 カイルは言葉を返す。

「いま元気のない人に、そんなことを命令して、できると思う?」

「うぅ」

「それに、そんなものが簡単に見つかるなら、いまみたいな事態にはなっていないと思うよ。そもそも、仕事を楽しくやらせるって搾取だよ。大半の人は楽しくないのを承知で仕事をしている。僕たちだって、成果が出ない限り仕事が楽しいとは思わないよ、危険だし疲れるし」

「うぅ……だってそれぐらいしか思いつかないもん」

 レナスはふくれ面を見せる。

「アヤメさんは?」

「それがしにはあまりよく分かりませぬが、しかし、従業員個々の革新では、どうも解決しない気がしまする。組織の問題に見えました」

「おお、それで?」

「……まあ、解決策はそれがしには思いつかないのでござるのですが」

 アヤメはしゅんとうなだれる。

「そうか。……僕の回答に一番近いのはアヤメさんだね。基本的な方向はおそらく正解」

「うぅ……どうせ私はバカですよーだ、カイル君のばか」

「ひどいな。まあ仕方がないので、僕の考えを話すよ。――これは組織、そう、組織の問題なんだよ」

 彼は淡々と意見を述べ始めた。


 ギヨームの前でも、彼は物怖じせずに、まっすぐに意見を述べた。

「結論から申しますと、他の支店から人を異動したり、仕事の必要性の見直しをしながら、一人あたりの仕事量を軽減しつつ、休暇制度を充実させるべきではないでしょうか。将来的には全体的な人員そのもののの増加を考えつつ、ですけども」

「ほう」

 商会の主は短く反応する。しかしその様子には、わずかに驚いた様子が見て取れる。

「現場に行ってすぐにわかることとして、従業員には活気がありません。しかし彼らのしている仕事はきちんとしていて、陳列棚や動きの様子を見ていればわかります」

「それは、賃上げを一度しているのだから当然ですな」

「それが当然ではないのです」

 彼はかぶりを振る。

「彼らの不満は、待遇や実入りの低さではありません。というより、不満という言葉で言い表すこと自体が不正確です」

「どういうことですかな」

「彼らは過労の状態にあります」

 カイルははっきりと主張の核心を述べた。

「現場を注意深く観察して分かったこととして、仕事量がとにかく多いのです。その原因は機密部分まで見ないと分かりませんが、おそらくは需要を捉えすぎて、限界以上に『繁盛』しているとか、仕事全体の無駄を減らすところまで手が回らないとか、そういったことのように思えます」

「要するにその仕事量を減らして、従業員に体力の余裕を作るということか」

「その通りです。『急ぐなら遠回りせよ』、あれもこれもと働かせるより、そのほうが結果的に全体の能率は良くなります」

 カイルは強くうなずいた。

「その知見は、どこから出てきたのですかな」

「僕はかつての勇者パーティの一員で、いまは零細ながら、冒険者一党の頭首です。その経験を通じて分かったこととして、疲れと体力の制御があります。休養は多めにとり、体力の管理には常に気を使ったからこそ、四大魔道具の二つを手に入れるという成果を挙げられました。そうでなければ、旅の道中で全滅していました。これは単なる危惧ではなく、実際にそう感じる出来事があったがゆえです」

 具体的には、紫電の山の攻略とダルトンの迷宮探索である。

「しかしな……いや、確かに心当たりはあるにはあるのですが、他の手段……例えば従業員の一人一人に、講釈によって経営者目線を備えさせることができれば」

「従業員の待遇で経営者の意識を、とは、失礼ながらずいぶん無茶な話ですね。兵士の待遇で将軍の視点を持たせることを、もし軍隊が行ったなら、やがて兵士は去っていくでしょう。それほど無茶な話です」

「しかし、経営者を理解すれば、多めの仕事量でもその意義が分かるというものではないですかな」

「正しく理解すればそうでしょうね。それを意欲する従業員はいないと思いますが。絵に描いた宝物でしかありません」

「むむ」

 ギヨームは渋い顔。

「失礼なことばかり言って申し訳ありません。ですが、現実とはそのようなものです。根性論や精神論で解決できるなら、この商会に限らず、どこもなんの問題もなく繁盛していることでしょう」

「むむむ」

 ギヨームは何かを難しい顔で考えていたようだが、やがて顔を上げると。

「そうですな。カイル殿の方針で改善をしていこうと思います」

「ありがとうございます。僕も結果を見たいので、一箇月後にまた来ます。そのときに問題が解決していれば、報酬、電光の杖を」

「いや、それには及びませぬ」

 ギヨームはカイルを制して続ける。

「貴殿は正しい。理屈も通っていますし、なによりわしの商人としての勘が、カイル殿のご意見は全くもって正しいと告げておる。報酬はいまお渡ししても支障ありませぬ」

「しかし、それでは結果が分からないのでは」

「わしのことも信用してくだされ。貴殿のように頭は回りませぬが、この商売人としての直感は、貴殿よりはるかに鋭いと自負しております。その勘が正しいと判じたのなら、きっとそれは正しいのでしょうぞ」

「そういうものですか」

「そういうものです。いま使い走りに電光の杖を持ってこさせますゆえ、まあ、茶でも飲んでそこにかけてくだされ。貴殿に興味が湧き申したゆえ、このついでに貴殿の武勇伝なども聞きたく」

 ギヨームは「ついでに当商会をひいきにしてくだされば幸い。旅道具や武具も取り扱っておりますゆえ」と商人の笑みをこぼした。

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