◎第38話・経営の技術
◎第38話・経営の技術
レナスが戻ってきた。
「いやあ、なかなか店員さんが手洗いを貸してくれなくて」
「何か買えばよかったんじゃないか」
「鍋釜のお店だよ、何買うの、野営用具一式も特に買い換えの必要はないのに」
「おや、それはそれは」
カイルは頭をかいた。
「確かに困るね」
「ほんと、ほんと。……ところでさっき誰かと話してたね。女の人かな、よく見えなかったけども」
彼女からは、人影が勇者ミレディだとは分からなかったらしい。すっかり暗くなったからだろうか。
「夜の商売の人だった。しつこかった。断るのが分かっているのにどうしてああもしつこいんだろうね」
「鼻の下を伸ばしたの?」
「そんなわけないだろ。人をからかうものじゃない」
「ふっふーん。なにせ恋人役は私だからね」
レナスは勝手に上機嫌になった。
夜の広場を、鼻歌をするなど浮かれ切った女と、気苦労の絶えない男が後にした。
それから数日、勇者ミレディのことなど忘れていたころ。
「耳寄りな情報がありまする」
恒例の貸し会議室で、報告したのはアヤメ。
「おお、成果が出たんだね」
「まあ成果といえば成果ですが、なんというか四大魔道具を得られる確証はないと申しますか……」
「じれったいな。早く説明してよ」
「では」
いわく。
アルトリア帝国、帝都よりずっと西、ベネミラーノという都市で商売をしている「ギヨーム商会」の当主が四大魔道具の一つ「電光の杖」を持っているという。
「なるほど。だけど持っているってだけじゃ、譲ってもらえるかどうか分かんないよ」
「まあまあレナス殿。この話には続きがありまする」
ギヨームは最近、困りごとを抱えている。ベネミラーノ北部の支店で働く奉公人たちについて、そろって仕事の能率が下がっているという。
「仕事の能率が……?」
「左様。ほかの支店なら一日でこなせる仕事量が、北部支店だと三日はかかると」
「その原因は?」
「ギヨーム殿は俸給が低いことだと考えておられるようで、一度、一斉賃上げを行ったらしいのですが……改善しなかったようで。これ以上の賃上げも経理上できないと」
「経営が苦しいのかな」
「苦しいとまでは申しませぬが、ここ最近、徐々に収入は下がってきているらしいですな。こちらの表をご覧くだされ」
アヤメは公開情報である勘定表を見せた。
「なるほど……確かに徐々に下がっているね。こっちの表を見る限りでも、減資とか社債発行とか、あまりいい状況じゃないね」
「北部支店の業績不振も、商会全体に影響しているものとみられまする。そこで提案でございまするが」
カイルらがギヨームに北部支店の立て直しの秘策を授ける代わりに、電光の杖を頂く。
「まあ……そうくるとは思ったけど、そう上手くいくかなあ」
「どうせ商人たちに電光の杖という物騒なものは不要とみまする。それにギヨーム殿とは里にいたころの人脈で間接的につながっております。たどっていけば、ひとまず交渉の場から門前払いはされぬものと」
「おお。でも商いの経営には僕、あまり詳しくないけど」
「カイル殿はこの一党をきちんと『経営』しているではありませぬか。素質はあるのではありませぬか」
「褒めても何も出ないよ」
「なんの。とはいえ、ギヨーム殿から電光の杖を譲り受けぬと四大魔道具集めが進まないのも事実。とりあえず行って、現場を見て、商会の当主殿に助言するしかありますまい」
「上手くいけばいいけどもさ」
「カイル殿らしくありませんぞ。困難がなんであれ、我らはそれを乗り越えるしかありませぬ。ここで芋を引いていては、四大魔道具は集まらぬものと。それが冒険者の本質である以上、名誉のためにガツガツと貪欲に動くしかありますまい」
「それもそうだね。ベネミラーノか」
カイルがあごをなでると、レナスやセシリアも反応する。
「行くしかないと思うよ。せっかくアヤメさんがギヨームさんへの人脈を持っているんだし。この幸運を活かさない手はないよ」
「私も同感だ。他の冒険者ならギヨーム殿と会うだけでも厳しいと思うぞ」
カイルはしばらく机を見つめつつ黙っていたが、やがて顔を上げた。
「そうだね。次の目的地はベネミラーノにしよう。アヤメさんはギヨーム殿に連絡を取って、その上でみんな旅の準備を。僕はスキマ時間に、商業経営について少しでも勉強するよ」
「了解!」
しかし経営術か、とカイルは弱ったようにつぶやいた。
数日後、ギヨームに連絡を取った一行は、いつものごとく乗合馬車でベネミラーノへと向かった。
「今回は戦いとかなさそうだね。よかったよかった」
「その代わり、経験のない難題を何とかしなくちゃならないからね。僕だけじゃなくて、みんなにも協力してもらうよ。方策は一人より二人、二人より三人だ」
「はいはい。まあカイル君が結局解決するんだろうけどね!」
レナスがけらけらと笑う。
「笑い事じゃないよ。戦いに一党が団結して向かうみたいに、今回の難題にも心を合わせて向かわないと」
「理屈は分かるのでござるが」
アヤメが口をはさむ。
「なんというか、こういうものはカイル殿なら独力でどうにかしそうな気がするのは同意でござる」
「ああ、私もそういう気がする」
「もう、みんなしてお気楽だな……」
カイルは閉口した。
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