◎第37話・思わぬ遭遇

◎第37話・思わぬ遭遇


 しかし、そう都合よくはいかないのが冒険者の泣き所。

「異国広場を回るっていう発想は間違ってないはずなんだけどなあ」

 翌日、カイルは朝から国際色あふれる広場を回りつつ、成果が挙がらないことをぼやく。

 すると同行していたレナスが。

「ちょっと待ってよカイル君。恋人同士……っていう設定……なんだから、一人でズンズン進まれると困るよう」

 後ろからちょこちょこと追いかける。

「ああ、ごめん。ちょっと色々物珍しくて。この広場、僕が最後に来たときと少し違う。改装したように見える」

 カイルが勇者パーティにいたころ、彼は当時の仲間たちとともにここに来た。といっても、追放よりだいぶ以前のことなので、当然、久しぶりの再訪ではある。

「ああ、そういえばそんなことを聞いたことがある。市街区の再編成がどうこうとか」

「王都の都市開発局がかかわっているのか。でも外からくる商人たちは、少なくとも減ってはいないみたいだね。顔ぶれが変わったところもあるけど」

「そうだね。……あのさ」

 レナスはもじもじしながら提案する。

「こ、恋人らしくしない? そういう体裁で探るんだしさ」

「具体的には」

「具体的には、その、あの」

 もじもじと。

「手をつなぐとか、腕を組むとか、互いに好きだっていえるようなことを」

「腕を組んで手をつなげばいいの?」

「あとその、仲睦まじげに振る舞うとか」

「そうか、いいよ」

 彼はそう返すと、レナスと腕を絡め、手を軽くつないだ。

「ひゃ、あうう」

「どうしたの、これを提案したのはレナスでしょ」

「そうだけど……うぅ……」

 彼女の顔がみるみる赤くなる。

「というか、四大魔道具を探すのに恋人のふりでいいのかなあ。あくまで冒険者らしく振る舞ったほうがいい気もするけど」

「やだ……!」

 レナスがうるんだ瞳で訴えかけると。

「分かったよ。レナスがそう言うならそうなんだろう。僕は何かとズレているところがあるからね」

「うぅ」

 彼がしっかり手を握ると、彼女は恥ずかしがりつつも強く握り返した。


 その一部始終を見ていた影があった。


 やがて陽は沈みかけ、カラスたちが少しうるさくなり始めた。

「そろそろ引き揚げるよ。今日は進展ほとんど無しだ」

 カイルが、この日ずっと「恋人らしく」していた傍らのレナスに話す。

「夜は聞き込みとかしないの?」

「異国広場の商人たちは店じまいが早い、見ている限り、夜は酒場で一杯ひっかけるつもりだよ。もう片付けを始めている行商が結構いるだろ?」

 露店を畳んでいる者たちがちらほら。

「祭りでもない限り、この広場の商人たちは夜には撤収する。まあいなくなるわけじゃなくて、酒場街に移るんだろうけど、そこは【密偵】アヤメさんとか、【武芸者】で荒事に強いセシリアさんとかがより適任だね。僕たちは朝早くから仕事していたし、撤収でいいんじゃないかなって」

「そうだね。でも、なんだか名残惜しい」

「調査がかい? 仕事熱心だね」

「そうじゃなくて……この鈍感……!」

 レナスはふくれ面。

「もう! ちょっとお花を摘みに行ってくる」

「え、ああ、いってらっしゃい」

 彼女が手近な店舗に入っていくのを見送った。おそらく店のお手洗いを借りるつもりだろう。

 彼は財布を見る。少しばかりお金が減っていた。

 商人から情報を聞き出すには、どうも多少の金銭が必要なようだ。

 考えれば当然のこととはいえ、その点の留意を忘れていた。今後は少し多めにお金を準備したほうがよいだろう。

 彼が財布の口を閉め、ため息をつくと。

「ねえカイル。ちょっとこっちに来なさいよ」

 どこかで聞いた乱暴な口調で、いつもの厄介な女が声をかけてきた。


 カイルはいつでも剣を抜き放てるよう、気を研ぎ澄ます。

 しかし。

「今日は戦いに来たんじゃないわよ。血の気を抑えてよ」

 彼をなだめるように、勇者ミレディ。

「……なら何しに来たんだい?」

 とりあえず臨戦態勢はやめたが、警戒の念は解かないカイル。

「ちょっと話に。近くの酒場まで行かない?」

「行かない。花を摘みに行った仲間を待っているんだ」

 毅然と断る。

「……なら仕方がない。ここで話すわ」

 路上、それもまだ片付け等で人のいる状況なら、無茶もできまい。

 カイルは話を受けることにした。

「で、なんだい」

「あんたの一党の面子、女ばかりよね」

「それが何か?」

「別に。綺麗どころばかり集めて、鼻の下を伸ばして、みっともない」

「それは決闘の申し込みなのかい?」

「……そうじゃ、ないわよ」

 ミレディの表情に陰りが生じた気がした。カイルには一瞬だがそう見えた。

 だが、関係のないことだった。

「だよね。いくら勇者とはいえ、一騎討ちでいまの僕に勝てるとは思えない。分かったら口を慎むことだね」

「……そうじゃなくて……いえ、分かったわよ」

 彼女はうつむきがちだが了承した。

「さっきの、その、手をつないでベタベタしていた子を待っているの?」

「そうだよ。彼女は頑張り屋で空気を明るくする、僕の一党に欠かせない存在だ」

「……へえ。深い仲なの?」

「仲間の絆は充分だと、少なくとも僕は思っている」

 言うと、そこでなぜか勇者は沈黙した。

「どうしたんだい」

「あの、手を組まない?」

「僕が勇者一党に戻るってことかい、それは無理だね、天性の都合上、僕は頭首でなければならない。それは言わなくても分かっていることだよね?」

「そう、それは分かってる。だから一党の中に戻るんじゃなくて、あんたが頭首のまま、あんたの一党として私たちに協力するってことよ」

 思いがけない提案だった。

「……これは驚いた。引き抜きではなく同盟の申し込みとは」

「そうなるわね」

 彼女は短く首肯する。

「しかし……あの高飛車な勇者が、一度は唾を吐きかけた相手に同盟を組もうと持ち掛けるのかい、ずいぶん虫のいい話だね」

「それは」

「どうせ勇者一党が立ち直って、用済みになったらまた切り離すんだろう、駄賃も感謝もなく。きみはそういうことをする人間だ。僕はかつてそうされた人間だし、僕の一党はそれをされそうになった」

「それは、そうかもしれないけど、だけど」

「お断りだ。僕は僕の考えで動くし、僕の一党は構成者の総意で動く。今さら吐いた唾を飲み込もうとする人たちに用はない。勝手に落ちぶれればいい」

 言葉を続けようとして、しかし、彼は彼女の顔に大粒の涙を見た。

「そうね、私は傲慢よね……ごめん、私はひどいことをした。私は落ちぶれればいいんだ」

 そこで彼は。

「その通り。堕ちるところまで堕ちればいい。僕たちはただそれを尻目に、すべきことをするだけだ。泣き落としは通じないよ」

「そうじゃない、そうじゃないの」

 涙をぬぐう、失うものをあらかた失った勇者。

「そろそろ仲間も帰ってくるころだろう。分かったら失せてほしい」

「……分かった……」

 彼女は顔をぐしゃぐしゃにしながら、去っていった。

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