◎第34話・麺と秘密
◎第34話・麺と秘密
その日の夜。
「わあ、これが本場のサハッコ麺……!」
都市サハッコ最後の夜は、名物の麺で締められる。
スープに具とともに入った、小麦で作られた麺。
「レナス殿は特に楽しみにしていたな。カイル殿、おかわりのお金を用意しては」
「はいはい。大丈夫だよ、お金は」
「むむ、これがレナス殿も完全には再現できなかった料理でござるか。レナス殿、ただ食べるのではなく勉強されてはいかがか」
口々に感想を述べる。
カイルは麺をたぐりながら、ダルトンについて考える。
なんだかんだ言って、ダルトンの秘密について口をつぐむのは、彼の蛮行に対して手助けをしているも同然ではないか?
ダルトンは最深部で自分の実力を試していた――といえば聞こえはいいが、要するに連続殺人をしていた。
これを秘密にするのは、たとえ挑戦者の各々が死ぬ可能性について事前に同意していたとしても、殺人を事後的に隠ぺいする手助けとならないだろうか。
この点、挑戦者は罠などの形で死ぬおそれがあることは容易に思い描けたであろう。ダルトンに斬られるという死に方ではなくとも、死の危険性は、死亡のおそれについて同意を求めたり、そもそも挑戦が迷宮という外形であることからある程度明確に意識できたはず。
しかし、死に方については予想できなかったに違いない。まさか迷宮の主ダルトン本人が、戦いに飢えていて、その巧みな抜刀術や剣法でズタズタに斬ろうとしてくるとは、誰が予想しただろうか。
つまり、ダルトンの剣技について黙っているのは、そういった死に方について隠ぺいをしているのと同じである。
それでよいのか?
カイルは自身に問いかけるが、しかし結論は「そうするしかない」だった。
もし彼が秘密について、隠さず人々や治安当局に伝えるという選択をした場合、ダルトンはきっとバリスタの月光を引き渡さなかっただろう。あるいは自ら死を選んだかもしれない。
そうなれば彼は目的を果たせなかったし、場合によっては治安当局の取り調べを受け、しばらくは冒険どころではなかったに違いない。バリスタの月光も手に入れられたかどうか怪しい。
丸く収めるためには、彼は口を閉じるしかなかった。
改めて、彼は冒険者の闇の深さを感じる。
勇者パーティにいたころは、勇者たちは正義でなければならないので、たとえ四大魔道具の一つを失うこととなっても、通報一択だっただろう。
しかしいまは違う。冒険者パーティにとっての正義とは四大魔道具の獲得であり、勇者たちの正義とは質が異なる。
ダルトンの剣への妄執についても、口を閉ざすことこそが正義となる。
一般的な正しさを後ろへ回すのは、こうも複雑なものか。
彼は麺を息で冷まし、口へ運んだ。
翌日、馬車でサハッコを発ち、王都への帰路につく一行。
「今回は肝心なところで祈ることしかできなかったね。終盤はカイル君一人で迷宮に挑んだからね……」
柄にもなくしゅんとするレナスに、カイルはいささか当惑する。
終盤にソロになったのは、別にレナスのせいではない。全てはダルトンの計画のうちであり、あの富豪以外の誰かに責任を帰することはできない。しいていえば、定員一人の行程に立候補したのはカイル自身である。
さらにいえば、突入のときにカイルが自分で言ったように、その後何が起こるか不明なあの扉に到着した時点で、あらゆる事態に最も柔軟に対応できるのはカイルしかいなかった。
なぜなら、彼はその有する天性、【司令】及び【主動頭首】で、全ての力が二重に底上げされた戦力だったからだ。
他の面子には【司令】による一個の底上げしか及んでいない。それでもレナスのように多芸な者にとっては強力な援護であるし、セシリアのように戦闘系で中級の天性を有する者のほうが、ダルトンとの戦いをより有利に進められた可能性はある。
しかしあの時点では、【剣聖】たる強敵ダルトンとの戦いこそが脅威の正体であることは、誰にも分からなかった。レナスは、【剣客】をコアに二重に強化されたカイルに比べては、戦闘能力に若干の不安があったし、セシリアに関しては、戦闘以外はやはり二重強化のカイルに劣るといわざるをえない。
だから彼は言った。
「あの扉の前では、あれが最良の選択だった。気にすることはないよ、レナス」
「でも……」
「まあ、頭首が率先して矢面に立たなければならない編成は、どうかとは思うけど、でも一党の再編成を行う気はないよ。僕にとってはこの面子が一番の仲間だからね」
カイルが微笑むと、セシリアやアヤメも「おお……」と幾分照れていた。
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