◎第35話・カリスマの衰え
◎第35話・カリスマの衰え
カイルの家に着くと、レナスが大きな伸びをする。
「あぁ、帰ってきた!」
今回は旅先での滞在はわずかな期間だった。しかしダルトンとの死闘を経たカイルにとっては、ずいぶん久しぶりの自宅のように感じた。
と、レナスは周囲をキョロキョロする。
「どうしたの?」
「いや、勇者が来ていないか心配で。家の中も一応調べないと」
「むむ。気持ちは分かるけども。家の中に関しては防犯用の魔道具も設置しているし、なにより狭いし、心配いらないと思うけどね」
前回、勇者が乱暴な訪問をした後、家の周りや中には対策としてそういった魔道具を設置していた。
しかしレナスは警戒を隠さない。
「あの勇者、やることが横柄すぎるんだよね。せっかく集めた四大魔道具を横からかすめ取ろうとするとか」
「まあまあ。確かに同意はするけども」
それは、その前に勇者の剣を高額で買い上げさせて摩擦、敵対心を生じさせたカイルたちにも、原因がないではない。
もっとも、そのときにカイルが説明したように、勇者の剣を買い上げさせる行為自体は不当でもなんでもない、と少なくとも彼自身は思っているが。
「どうやら勇者の来た跡はないみたい。あの無法者のことだから、とは思ったけど」
「そうだろうね。とりあえず家で荷ほどきしてゆっくりしよう」
カイルは「ふぅー」と大きく息をついた。
翌日はカイルの采配により、一日休暇とすることになった。
セシリアはその貴重な休暇を、武器屋で過ごすつもりであった。
武器の吟味は武芸者のたしなみである。
パーティの会計はリーダーのカイルが管理しているため、彼が同行するか事前に許可を取っていないと、たとえ個人の武器といえど買うことはできない。しかしそれでも武器屋を巡りたくなるのは、まさに武人の性といえよう。
彼女は武器を見ると落ち着く。
物騒な目的に使うものを手に取って、心が落ち着くというのは、一般人であれば正気を疑われるものであろう。
しかし彼女は、何度も述べるように武人である。武芸者である。せめてそういった稼業の人間には、武器を見て落ち着く行為が許されることを、彼女を含めた同じ性質の無数の人間は、願っているに違いない。
セシリアが曲剣の紋様に目を見張っていると、少し離れたところに意外な人物を発見した。
勇者ミレディである。
しかも一人。仲間はどうしたのか?
幸いにも相手には気づかれていない。セシリアは武器を見るのが好きだが、それ以上に勇者の動向は気になるところ。二回もケンカをした相手であり、今後もカイルのパーティに絡んでくるおそれも無ではない。
彼女は勇者から一定の距離を取り、目を離さないことにした。
しかし彼女には気になる点があった。
勇者ミレディはたっぷり武器を吟味した後、投剣用の短剣を購入し、結局一人で武器屋を出て行った。
他の仲間はどうしたのか。
武器の買い換え、新調といったことが目的なら、パーティの仲間と一緒にするのではないか。
勇者の主武器は勇者の剣だが、副武器として短剣を購入したとすれば、ミレディがここにいた理由は説明できる。しかし武器の新調なら、仲間と一緒の時機に行うのが素直のように、セシリアには思えた。
これはいかに。
尾行を続けると、ミレディは仲間と合流した。
たった一人の仲間と。
確かマーカスといったはず。勇者パーティは、前回会ったときより明らかに人数を減らしていた。
いや、まだ判断するには早いかもしれない。さらに別行動中の仲間と合流するのではないか。
しかし。
「勇者様。とうとう二人だけの一党になってしまいましたな。改めて寂しさを感じます」
「言わないでマーカス。あんなカスどもは、最初から勇者の仲間にふさわしくなかったのよ」
確定した。勇者パーティは何らかの事情で人数が減っていた。そして、きっと補充もままならない。
それはなぜか?
セシリアにはその理由が分かる。カイルのパーティに何度も高圧的に接し、のみならず最終的にはいずれも敗れたのが、勇者の求心力を失わせたのだろう。
カイルの勇者たちに対する手厳しい方針は、意外なところで勇者を追い詰めていた。
彼女はミレディに多少の申し訳なさを感じつつも、カイルへ報告に向かった。
カイルは報告を聞いて答えた。
「僕たちが気に病むことじゃないね」
まったくもってその通りではあった。カイルの考えでは、勇者の剣の売り払いも、四大魔道具を譲渡しなかったことも、正当性のあるものであった。
そしてそれは、カイルだけでなく、少なくとも過半数の人間は同意するであろうものであった。
特に彼と同じ冒険者は、勇者の剣を手間賃なしで譲渡することや、四大魔道具をなんの理由もなく引き渡すことには、カイルがしたように異議を発するものであろう。
世界は善意だけでは成り立っていない。
「それは、そうだが」
しかしセシリアは、ミレディの寂しそうな背中を現に見ている。同情の念が湧くのは仕方のないことだった。
「いいかいセシリアさん。勇者がパーティの編成もままならなくなったのは、彼女の自業自得というものだよ。きみもミレディの横暴は見てきたよね?」
「それは、まあ」
「僕も鬼じゃないから、どうにもいかなくなったであろう勇者ミレディに、同情はするよ。でもそれ以上は何かしてやる義理もない。自業自得だし、それ以上に僕たちは勇者の協力者でもなんでもない。勇者一党と冒険者とでは、存在意義が全然違うのは知っているよね?」
「それは知っているつもりだ」
「だったら気にしないほうがいいよ。僕たちがしなければならないことは、勇者に対しては何一つない。僕が追放されたことの意趣返しとかじゃなくて、本当に何も助ける必要はない。そうだよね?」
「まあ、そうだな……それもそうだな」
セシリアは浅くではあるがうなずいた。
「うむ、分かった。私たちはあくまで勇者とは別の一党だ、気にする必要もないな……」
「よし。その通りだよ、気にする必要はない」
カイルは確信とともに言い切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます