◎第32話・ダルトンこそが
◎第32話・ダルトンこそが
そこには一人の老爺がいた。
「おう、よく来たな」
同時に、神速の抜刀術から稲光のごとき一閃。
カイルは紙一重で避ける。
老爺は剣を構えたまま続けた。
「わしがダルトンだ。この迷宮の主をしている」
その一連の動きでカイルは悟った。
「つまり、あなたがこの迷宮で最大の脅威というわけですか」
「その通り。ここまでの罠はどうだった?」
「生ぬるかったです。まるで、あなたが唯一の本命の障害であるかのように」
目の前にいる迷宮の主ダルトン自身が、「何かとてつもないもの」の正体であると、彼は確信した。
「なぜそのようなことを。まるであなたが人を斬ることが目的であるかのようです」
おそらくダルトンの天性は【剣聖】。しかもいつぞやの学士と違い、経験や鍛錬も充実し、きちんと有効に作用している【剣聖】である。
最近は剣聖の大安売りなのだろうか、この天性にはよく遭遇するなあ、などとカイルはのん気に考えた。
ともかく、ダルトンは答える。
「ご名答。この迷宮は、わしが人を斬るために開いたものだ」
「ご自身の武技を発揮するためですか。他に理由はないのですか?」
「ない。……わしは昔は、田舎で剣術を鍛え、こわっぱどもにそれを教えたり、獣や盗賊を狩ったりしたものだ」
しかし田舎の剣術稼業を畳み、サハッコで商売を始めると、その機会もずいぶん遠ざかった。 それでも、商売の一環という名目で開いた道場で、鍛錬や試合をしていたが、本気の、命のやり取りがないそれらにダルトンは満足できなかった。
そこへバリスタの月光が舞い込んできた。ダルトンはそれをエサに、再び実戦を、本物の命のやり取りをするべく、場所と機会を整えたというわけだ。
「のうカイル殿、貴殿は分かるだろう、貴殿は勇者一党では真価を発揮できずにくすぶっていたと聞く。人間は、最も得意な技能を使う時こそ、光り輝くものではなかろうか」
「後半は同意します。確かに勇者一党で【司令】や【主動頭首】を持ち腐れにしていたのは、非効率……いや、僕自身不本意でした。しかし」
カイルは敢然と反論する。
「人の命を、こうもたやすく理不尽に奪い取ってまで、腕試しをしようとは思いません」
「ふ、若いな」
ダルトンの冷笑。
「貴殿の天性は、そういえば【剣客】以外は必ずしも戦闘だけのものではないな。貴殿がもし高位の戦闘系天性を持っていたなら分かるだろう。人生における流血の達成感を」
「若いとか老いているとか、天性の違いなどという問題ではありません。流血の達成感など普通の武術者は持ち合わせていません。貴殿は、失礼ですが流血に魅入られてしまっているようです」
「ふ、バリスタの月光を持っているのはわしのほうだというのに、ずいぶん失礼な口を利くものだな」
「それは失礼しました。流血うんぬんは水掛け論ですね。ここは仕事として、ただ武器の打ち合いのみによってバリスタの月光を争うとしませんか?」
「さてはて、つまらない男だな」
一人の頭首と一人の剣聖は、武器を構え、空気をひりつかせた。
にらみ合いが続く。
決めるとすれば一撃。経験を積み鍛錬をした【剣聖】と、強力なリーダー効果を二重に積んだ男との戦いは、基本的に一撃での決着をもってその機を待たれる。
「見た限り、貴殿はなかなか強いな。しかし本当の強さではない」
ダルトンの挑発。しかしカイルは警戒を解かず、落ち着いて返す。
「そうですか」
「貴殿のその強さは、ひとえに【司令】と【主動頭首】の底上げによるもの。たゆまぬ鍛錬や経験の蓄積も、してきたのではあろうが、貴殿を支えているものは八割方は天性の効果といってよい。それを本当の強さなどといえようか?」
「天性の効果ならダルトン殿も受けているではありませんか。【剣聖】という、とびきりのものを」
「戦闘系、特に武器の扱いに関する天性は、鍛錬と経験がないと充分には作用せん。貴殿は高位の戦闘系天性を持った素人と戦ったことはあるか?」
「あります」
紫電の山で学士と行った一戦である。
「なら分かるのではないかな。一方で貴殿の二つの天性は、効果が広く及ぶゆえ、中途半端な蓄積であっても格段にお主の性能を底上げする。つまり天性におんぶにだっこだ」
ダルトンは薄笑いを浮かべるが、カイルは全く動じない。
「天性が本当の強さかどうかなんてどうでもいいことです。僕は僕のすべきことをやり遂げます。天性がどうであったとしても、それは変わりません。天性が強力なのだとすれば、それに見合った業績を挙げて、己の使命を果たしたいと思っています」
「若いな」
ダルトンは侮蔑するかのような薄ら笑い。
「偽物の強さで業績を挙げたところで、群衆は貴殿を褒め称えるかな」
「褒め称えなくても、使命は使命です。勇者一党を追放され、冒険者となったときから、その本質である四大魔道具の獲得を目指してきました。その前には、天性が本当の強さかどうかなんて、『本当に』関係がありません」
「ふ、しょせんは偽物の言い分か、群衆とはわがままなもの。偽物が四大魔道具を獲得するなど、はたして民衆が納得するかな」
「ですから納得以前の問題です。誰がどう言おうと、仮に建前であっても僕たちは四大魔道具の獲得を目指さなければなりません」
「ふふ、やはり若い。これはすぐに勝負がつくかな」
カイルは悟った。
このダルトンという男、口が上手い。まともに言うことを聞いていては、いつか挑発され隙を突かれる。
冷静に、剣先と挙動にのみ集中する。
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