◎第27話・月のかすかな光

◎第27話・月のかすかな光


 ある日、酒場で残念ながらなんの情報もつかめなかったカイルが、せめて何かが掲示板に掲載されていることを期待してギルドに行くと。

「これはまた……」

「酔狂なことだなあ」

 その「何か」が掲示板に張り出されていたようだ。

 彼は自分の偶然の判断――あるいは一種の幸運に感動しつつ、尋ねる。

「何かあったのですか」

「おう、カイルじゃねえか」

「えっ、カイルってあのカイル?」

 バーツの呼びかけと、それに反応する同業者。

 バリスタの星光の件で、カイルはどうやら少しは有名になっていたらしい。

「そう、あのカイル。……それはともかく、見ろよこれ。金持ちが変なことするよな」

 いわく。

 北の大都市サハッコの、ダルトンという酔狂な金持ちが迷宮を作った。その迷宮を攻略する参加者を募集している。

 賞品はなんと四大魔道具の一つ「バリスタの月光」だという。

 カイルが求めていた、バリスタの星光と対になるものだ。

「賞品が四大魔道具で、しかも月光……!」

「おう。本物かね?」

 その魔道具は、ダルトンの邸宅の暖炉にいつの間にかあったとのこと。使用人がある朝、火を起こそうとしたところ、ひときわ艶を放つその腕輪を発見したそうだ。

 この偉大な魔道具を、全くもって偶然の導きで手に入れたダルトンは。

 ――せっかくだから、これをダシに面白い催しをしよう。

 などと考えたようだ。

「むむ、その発想が全然分かりませんね」

「まあ普通の富豪が持っていても仕方ねえからな。おまけにこれは、本物ならバリスタの月光、単体では何の意味もない代物だ」

「なるほど」

 カイルは催しの時期を見た。すでにそこそこ前から始まっているようだ。

「もう開催されている!」

「おう。いまだにこの迷宮は突破されていないみてえだな」

 現時点でそれなりに長期にわたって開催されているが、挑戦を打ち破った人間はまだ誰もいない。ダルトンとしても催しをにぎやかにしたいらしく、宣伝の範囲を拡大し、王都の冒険者ギルドに広告を打ったという。

 なお、参加時には「参加者が死亡しても富豪ダルトンに一切の責任を問わない」という誓約書を書く必要があるとのこと。つまり、死ぬ可能性が割とある。

 また、参加料もそれなりに高い。いまのカイルのパーティならポンと支払える程度だが、決して参加の権利は叩き売りではない。参加料で儲けるつもりなのが分かる。

 これで賞品が偽物だったら、さすがにダルトンの責任は免れないだろう。

 つまり、おそらく賞品は本物。真正なバリスタの月光であると思われる。

 だが。

「結構時間が経っているのに、まだ誰も挑戦に打ち勝っていない」

「そうなんだよ。この迷宮、何かとんでもねえものがあるんじゃねえかな」

 バーツは言う。

「むむ。何かがあるかもしれない迷宮ですか」

「カイルは参加するのか? バリスタの星光を勝ち得た傑物の冒険者さんよ」

「やめてくださいよ、運に恵まれただけです。……これは持ち帰って仲間と相談だな……」

「俺としては、希望の星カイルに二個目を勝ち取ってほしいところだな。俺の実力じゃ無理だし。……希望の星ってのは、社交辞令ではなく本気だ。世の中には上り調子の人間の足を引っ張る奴もいるが、俺はどこまでも上がっていってほしい。だってそのほうが気分がいいからな」

 その表情からは、嘘偽りや冗談は見受けられない。

 だからカイルは誠実に答えた。。

「ありがとうございます。僕もご期待にお答えしたいところですが、まず仲間と相談ですね」

「そうか。まあそうだよな。競争相手も多いし、この催し物には謎な部分もあるし」

「早速持ち帰って検討します。励ましの言葉とか、本当にありがとうございます」

「おう。頑張れよ」

 バーツと見知らぬ冒険者は軽く手を上げた。


 カイルは早速、仲間たちをギルドの貸し会議室に呼んだ。

 そして事情を話した。

「……ってわけなんだけど、どう思う?」

 聞くと、レナスが即答。

「行くべきだと思う」

 二人もしきりにうなずく。

「ぜひ行って、二つ目の四大魔道具を手に入れるべきだ」

「好機が目の前にあるのに、逃がす手はありませぬぞ」

「むむ」

 彼は仲間たちの断言を前に、しかし腕組みする。

「だけど、何があるか分からないよ。それなりの期間、催しは行われ続けているのに、いまだに突破者がいないってことは、絶対に何かあるよ」

「カイル殿」

 アヤメが彼の名を呼ぶ。

「貴殿は失意の中、勇者一党を離れ、やむなく冒険者となったと聞きました」

「まあ、そうだね。それが何か……?」

「つまり貴殿にとって、四大魔道具の収集は、もしかしたら岩にかじりついてでもやりたいことではないかもしれませぬ。しかし、これは乗り掛かった舟なのです」

「乗り掛かった舟?」

「左様。我々は苦難の末、冒険者の何よりもの使命である四大魔道具の『四分の一』を達成し、バリスタの星光を手に入れました。つまり我々が行くべき四大魔道具への道はもう始まっておりまする。一つを手に入れただけで満足する、という選択肢など、中途半端で採りえぬと、そう考える次第でございまする」

 アヤメは普段とは別人のように熱弁する。

 どうしたのか、とカイルは一瞬思ったが、きっとアヤメ個人の異変ではない。

 冒険者にとっての四大魔道具、冒険者の本質、達成すべきその使命を、むしろカイルは甘く見積もっていたのかもしれない。

 アヤメも冒険者となってからはまだ日が浅いはず。しかしカイルは四大魔道具と直接は関係のない勇者パーティを経験している。それだけに、彼は四大魔道具の重さ、意味の大きさを見誤ったのかもしれない。

 ならば反省しなければならない。

「分かった。サハッコに行ってダルトンの挑戦に参加しよう。確かに四大魔道具は冒険者の悲願。それを汲み取れなかった僕は、まだ甘い部分があるのかもしれない」

「カイル君は悪くないけど、どっちにしても行かなきゃならないと思うよ、私は」

「……しかしそれはそうとして、ダルトンの迷宮には、詳細は分からないけど何かが必ずある。旅道具と装備は、改めてきちんと、充分に整えてから出発しよう。みんな情報収集で疲れているだろう、まだ時間はあるはずだから、少し休日を設けてから街を出る。それでいいかい?」

「了解!」

「同意する」

「異論ありませぬ。万全に整えていきましょうぞ」

 かくして、再び冒険は始まる。

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