◎第28話・底知れぬ迷宮

◎第28話・底知れぬ迷宮


 一週間後、カイルのパーティは王都を出た。

 その魔法の道具袋には、思いつく限りの事態に対応できるように、さまざまな種類の水薬がにぎやかに詰まっている。

 それだけではない。各自の携行袋やポケットの中にも、容量の限界が考慮され、かつ、だいたいの事象に対処できる範囲の道具が入っている。

 各自の携行できる容量は、魔法の道具袋と違って、かなり限られている。その中で道具の持ち主たちはやりくりしなければならない。

 せめてダルトンの迷宮に何があるのか分かっていれば、その「何か」に特化した持ち物編成をすればいいのだが、それは仮定の話でしかない。現に目指す迷宮が何を隠しているのか不明である以上、広く事態を想定し、広く準備しなければならない。

 肝心な情報がないというのは不便であるが、しかしそれはそれとして、可能な限りの措置を講じなければならない。

 不確定要素。客観的には迷宮の「何か」は明確に存在しているのだろうが、カイルらの主観としては、知ることのかなわない事情である。そうである以上、これを不確定要素と称しても差し支えはないだろう。そしてそれゆえに特化した対策ができない。

 彼は馬車から外の景色を眺めながら、自分の手元に最も重要な情報がないことを苦々しく思っていた。

「今回の遠征先は北の都市サハッコだね。確か海産物が有名なんだよね。海の幸をお腹いっぱい食べたいな!」

 カイルの思いをきっと知らないレナスは、腹の立つほど無邪気にはしゃぐ。

 しかしこれで実際に腹を立てるべきではない。彼は考え直し、話に乗ることにした。おそらくその方が楽しいからであった。

「麺類も有名だったね。サハッコ麺は僕も名前を聞いたことがあるよ」

「そうそう! 私、自分でサハッコ麺を作ったことがあるけど、なんか違っててさ、やっぱり本場で食べないといけないよね!」

 レナスは満面の笑みを浮かべる。

 彼女は【料理人初級】の天性を持っているはず。そのレナスですら完全には再現できなかったという。

 きっと気候や地域独自のものが影響しているのだろう。

 このことにはセシリアやアヤメも気づいたらしく。

「レナス殿でも『なんか違うもの』しか作れなかったのか」

「それがしも驚き申した。【料理人初級】をもってしても再現できないとは」

 口々に感想を話す。

 これは絶対に、現地で「本場のもの」をいただく流れだな。

 普通のサハッコ麺は、それほど高価ではないはず。カイルはだいたいの金勘定を素早く行い、今後の冒険に問題がないことを確認した。


 馬車で数日。都市サハッコに着いた一行は。

「わあ……!」

「予想はしていたが、にぎやかな街だな!」

「それがしの里とは比べ物になりませぬ」

 カイルを除いてはしゃいでいた。

「ちょっと待って。アルトリアの帝都もこのぐらい人が多かったと思うけど」

 彼の疑問に、三人は事もなく。

「帝都はなんか堅苦しい空気だったんだよね」

「そうだな。こちらはなんというか、もっと自由なものを感じる」

「そうですな、帝都はそこかしこに政治の気配がある都という印象でしたな」

「政治の気配ってどういう……」

 カイルはひたすら困惑。

 仮に都市整備や街の配置に「政治の気配」があったとしても、それは訪れる旅人には関係のないこと。

 それに、そこまでアヤメたちが政治に敏感だとは思えない。もっとも、カイル自身も政略には疎い――細かい計算はできるのかもしれないが、政治というほど大げさなものには親しんでいないほうだから、他人のこともよく分からないだけなのかもしれない。

 ともあれ、帝都とサハッコにおける反応の違いに首をかしげる。

 しかし細かいことは気にしなくてもいいのかもしれない。

 ま、いいか!

 彼はその一言で問いを振り払った。


 しかし、肝心の「ダルトンの迷宮に何があるのか」については情報が得られない。

 カイルは一同を宿に入れた後、どうしても気になるので一人で手がかりを探した。しかし分からない。

 かの迷宮に挑戦した者の中には、遺体となって戻ってきた者も多いという。物騒な話である。それを認めている治安当局も……いや、都市内の有力者の力で、そこはなんとかしているのかもしれない。

 それにしても物騒には違いない。そして、彼らの息の根を止めた何かについて、これほど情報が見当たらないということは、その何かは見た者を逃がすことなく始末していると考えられる。

 そうだとすれば非常に厄介である。

 殺害率十割、必殺の何かが迷宮にあるということになるからだ。そしてそれがどんな形をしているか、何をするのか、どこに待ち構えているのか、隠れているのか、知るすべがない。

 考えるだけで胃が痛んでくる。

 自分と仲間を信頼して、高度の柔軟性をもって事に当たるしかない……言い換えれば無策で行き当たりばったりの行動をするということ。

 ものによっては、一瞬で最適な判断をする必要に迫られる。本当にやっかいというほかない。

 彼は、事前の情報収集という面白くもない堅実な方法をあきらめ、困難に勇ましく挑みかかることにした。

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