◎第20話・山頂のもの
◎第20話・山頂のもの
当日。カイル一党は紫電の山を進み始めた。
どうやら仲間たちは登山自体の経験はあるようで、何かを教えずとも基本的なことは実践していた。
思えば、レナスとセシリアは冒険者としてはカイルより先輩で、アヤメも忍びの里出身である。各々登山の心得があってもおかしくはない。
レナスが【生存技術者初級】として雲行きを見る。
「もうすぐ強い雨が来るよ。ほら穴を見つけて入ろう!」
雨をやり過ごすと、今度は獣の気配。
「獣はあちらに数匹……幸いにも我らからは逆方向へ行く様子。やりすごすか戦うか、どういたしまするか、カイル殿」
「この草むらでやり過ごそう。向かってきたら応戦だ」
アヤメは「御意」とうなずく。
また別の場所では、回避できない位置に群れからはぐれたイノブタ。
「カイル殿、提案がある。このままあのイノブタに奇襲を仕掛けてはどうか」
「そうだね。この位置では避けては通れない。後ろからあのイノブタを倒す」
そっと近くの物陰に隠れると。
「いまだ、行くよ!」
カイルとセシリアが踊り出て、獣に不意の一撃を加える。
「グエェ!」
一党の主戦力から攻撃を受けイノブタは、おそらくは即死。
そこを抜け目なくレナスが解体する。
「お肉!」
血抜きをし、魔法袋に収納する。
「肉はあとで干して食料にする。まずは先に進もう」
彼は山頂を指し示した。
途中、地図にない部分に入ってから、さらに奥に分け入ったとき。
「カイル?」
後ろから野太い男の声。別の経路で来たのだろうか。
「カイルじゃねえか。こんなところで何やってんだ?」
バーツ。先日の野生動物狩りの際に出会った、ソロの冒険者である。
そして、彼がここにいるのがなんの目的か、カイルは察した。
「多分……バーツさんと同じ目的だと思いますよ」
「そうか。ここには八又草しかねえもんな」
走る緊張。同じものを目的にしているということは、その目的物を奪い合うのが必然ということだ。
「山頂の八又草は、一人分の水薬に使う程度しかないと聞きました」
「俺もそう聞いてるな」
カイルが剣の柄に手をかける。セシリアも洋刀を抜き、アヤメは弓を構え、レナスは小ぶりの剣を抜こうとする。
「悪夢病を患っている人は、一人じゃないってことですか。しかしそれでも、僕たちは僕たちの依頼人に忠実でなければならない。重要なものがかかっていますから」
「俺も悪夢病に苦しむ人の思いを背負っている。お前の重要なものが何なのかは知らんが、俺も自分の生活、飯の種がかかっている」
しばしにらみ合う。空気は冷たさとともにひりつき、風は互いの戦意を叫ぶ。遠くの獣の遠吠えが、命のやり取りの気配をより鮮明にする。
やがて。
「いや、俺の負けだ。俺はこの依頼を降りるよ」
バーツが剣を納めて「ふーっ」と息をついた。
「カイル、お前の一党が、主にお前の天性によって強くなってるってのもある。単独の俺が攻めかかったところで、一人ぐらいなら倒せるかもしれんが、俺はきっと負けて命の危機にもなるだろう」
「バーツさん……」
「だけどそれだけじゃねえ。カイル、俺はお前に期待したい」
バーツは拳を突き出した。
「お前は何か大きなことをしそうな気がする。冒険者だから四大魔道具に関することかもしれないし、もっと別の、こう、大きな業績を挙げるかもしれねえ。これは俺の直感だ。実際、先だっての狩猟ではかなりの好成績だったからな」
「それは……どうでしょう」
まさに今回の挑戦は四大魔道具の一つにかかっているのだが、カイルはそれを黙っておくことにした。
「俺の代わりに八又草を採ってきてくれ。俺は依頼人になんとか説明して分かってもらうことにする」
「バーツさん……ありがとうございます。ご恩はいずれ必ず返します」
「いいってことよ。そうだな、大きなことを達成してからの出世払いでいいや」
「ありがとうございます。本当に……」
バーツは来た道を戻り、「じゃあな、頑張れよ!」と残して去っていった。
その後、カイルたちは無事に山頂にたどり着いた。
「わあ、絶景だね。あそこに冷風の村が見えるよ」
「標高はそんなにないはずだけどね。それにしても……」
一同は山頂にたたずむ、あるものを見る。
「小屋だ」
「小屋だね」
山頂に小さな家のようなものがある。
「確かに山頂に住んでいるものがいそうだね」
「人が住んでいるのだろうか」
「左様、これはどう見ても人の家でございます」
しかしカイルは話を制する。
「仮にここに人が住んでいたとしても、八又草は自然の産物で、この住人のものじゃない。それはそこの、八又草の生え方をみれば分かる。これは栽培の植え方じゃない」
「つまり住人は無視ってこと?」
「僕たちの仕事には関係ないからね。さっさと薬草を採取して帰ろう。レナス、頼む」
「はあい」
レナスが【生存技術者初級】によって、八又草をきれいに採取する。
「はい、採取したよ。道具袋に――」
言いかけて、彼女は何かに気づいた。
「カイル君、後ろ!」
とっさにカイルは飛び退き、背後を確認した。
視線の先には、人。老爺である。
「山頂にまさか人が来るとは。……薬草を持って帰る前に話を聞いてくれ」
「僕たちの任務は、あくまでこの薬草を――」
しかし老人は、カイルの言葉をさえぎり大声で返す。
「いいから話を聞け、天罰が下るぞ!」
老人は興奮し、いまにも戦いでも始めるかのような空気である。
「困ったな」
「カイル殿、とりあえず話ぐらいは聞いてやってもよいと思われまする」
「アヤメ殿に賛成だ。どう出るかは話次第でよいではないか」
「話を聞かなくても、もう面倒なことになってるからね。カイル君、予想外の出来事だけど、まずは聞くことからじゃないかな」
口々に話だけは聞いたほうがよいとメンバーたち。
「そうだね。お爺さん、お話をうかがいましょう」
「それでいい。狭いところだが入れ」
四人は若干の警戒をしながら小屋に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます