◎第21話・決着

◎第21話・決着


 老爺は口を開いた。

「この山の頂上、この小屋の近くには、希少な動植物が多く分布している」

「アヤメさん、そうなんですか?」

 カイルは【鑑定士】であるアヤメなら知っていると考え、確認する。

「そうですな。八又草以外にも希少な植物をいくつか見ましたな。動物については山頂付近では見ておりませぬので、存じませぬが」

「そうなのか」

「わしの話の続きといこうか」

 この老爺は、昔、動植物に関する学問を修めたらしい。

 しかし、冒険者によって希少な動植物が狩られることにも心を痛めた。

 なかでも特に興味があったのは。

「八又草。わしは自然学者の立場から、それの人工的な栽培の必要性を主張した。あわせて、悪夢病の特効薬の材料として、代替品となるものを研究した」

 しかし。

「しかし、うまくいかなかった。八又草の栽培は何度も失敗し、代わりの材料はどうしても見つからなかった」

「やはり、八又草の栽培は模索されていたのですか」

「おう。……そこでわしは考えた。せめて自然に生えている八又草を守ろうと」

「それでこの山頂にお住まいに?」

 カイルは「まずい展開だな」と内心では思った。

「おう。わしが来た頃には、冒険者や薬師に乱獲され、八又草は最後の一人分しか生えていなかった」

「さっきレナスが採取した、あの分ですか」

「その通り。だからわしからのお願いだ。まだ植え直せば間に合う。八又草を返してくれ」

 カイルは唇を噛んだ。

 もちろん八又草を返すわけにはいかない。ジェイナスの妹が純粋に可哀想というのもあるが、四大魔道具の入手の好機を逃すという選択肢はない。

 しかし目の前の老爺はそれでは納得しないだろう。

 ではどうするか。

 納得するまで説得する!

「お爺さん、いや、学士殿。八又草はなんのために使われるか、お話にもあったようにご存知でしょう」

「悪夢病の治療か」

「そうです。あなたの栽培とか代替品の研究とかの労力は認めます。きっと膨大な試行を重ね、熱意ある研究の末に不可能を悟られたのでしょう」

「そうだな」

「しかし、僕はそれでも、悪夢病の患者を放っておくわけにはいきません」

 本音は四大魔道具が欲しいからでもあるが、いずれにしても、ここで薬草を土に戻して、失敗をジェイナスに報告するということはありえない。彼の中では全くもって選択できないことであった。

「学士殿、大切なのは植物か人か、それを考えればおのずと答えが――」

「お前も自然を軽んじるのか!」

 学士の一喝。空気が震えた。

「どいつもこいつも、動物も植物も生きているというのに、軽い気持ちでサクサクと乱獲しおって!」

「学士殿、そうではありま」

「決闘だ、表へ出ろ!」

「あなたは人の命を軽視しすぎです。患者を犠牲にするとか、いまも決闘を吹っ掛けるとか」

「うるさい、わしは八又草を守るために戦うのだ、誰にも邪魔はさせない!」

 老いた学士はそう言うと、傍らにあったナタを取った。


 学士とカイルの一騎討ち。

「行くぞ若造。わしは最後の八又草を守る!」

 カイルは老いた学士を改めて観察した。

 どうやら上級の戦闘系天性を有しているようだ。武器がナタであることからみて、おそらくは剣術系統、【剣聖】だろうか。

 ほかにも中級の天性を何か持っている。が、たぶんこちらは戦闘系ではない。彼がかつて研究に打ち込んでいたところからして、おそらく研究者系の中級、【准教授】ではないだろうか。

 もっとも、剣術の経験は少ないのであろうことが見てとれた。才能はあるのだろうが、構え、立ち居振る舞い、警戒の仕方からみて、彼はほとんど剣の腕を磨いたことがない。それは確信できるほどのものだった。

 彼に向いていたのは、研究者より剣士。カイルは尋ねた。

「学士殿、ご自身の天性を確認されたことは?」

「は? あるに決まっているだろう」

「ならなぜ」

 剣士の道、必ずしも冒険者ではなくとも、剣を使って生きる道に進まなかったのか。

「剣士の道にも興味はあったが、研究者の道のほうが好きだったからだ」

 不機嫌ながらも老学士は答える。

 まあ、そういうこともあるのだろう。天性はあくまでも天性でしかなく、その人の運命ではない。

 それに、目の前の敵を倒すにあたって、これ以上の詮索は不要だった。

「食らえ、草木の怒りを!」

 学士は猛然と打ちかかってきた。

 その打ちかかりは、なるほど【剣聖】を有しているだけあり、筋のよい鋭い振りだった。

 しかし経験が追い付いていない。その一撃を、カイルはたやすく弾く。

「まだまだ!」

 カイルは考える。

 この老いた学士を突き動かしているのは、主に動植物の保護の精神である。一方、彼は体力をあまり鍛えていないことが見てとれる。そうでなければ、たった数合の打ち合いでこれほど疲労をあらわにすることもないだろう。

「はあ、はあ、はあ、ゲホッ」

 体力を伴わない精神力は、いずれ限界を迎える。

 太刀筋は天性通り、決して悪くないが、【司令】と【主動頭首】の効果を受けているカイルにとっては、苦も無く防御できる程度にすぎなかった。

 さらに数合、剣を合わせ、学士が疲労で地にひざを突いたところ。

「学士殿、ここまでにしませんか」

 のど元に剣を突き付けながら、カイルは言った。

「もう勝負はつきましたよ……」

「う……う……うう、ああぁあ……」

 学士は心の平衡を崩し、泣きじゃくった。

「わしは……守らなければならないんだ……なのに、なのに」

「学士殿」

 カイルは静かに語りかける。

「確かに希少な動植物は、守らなければならないでしょう。しかし病に苦しんでいる人間を救わなければならないのも、また当然。八又草の栽培が、病の勢力に追いつかなかったのも、やむをえない運命なのでしょう」

「ううっ、グス」

「栽培が可能になるまで待つという選択肢もありません。それを待っていたら、現に病魔にむしばまれている人は、何十年と苦しまなければなりません。それはあまりに酷というもの」

「グスッ」

「そもそも貴殿は長年その研究をされて、挫折したのでしょう。とすれば、それはきっと無理なことだったのです。八又草以外の方法で……栽培や代替品にこだわらないで、根本から違う方法で、悪夢病を直す手段を探すしかないと考えますが、いかがでしょうか」

 長い間、学士は泣きじゃくっていたが、やがて静かにうなずいた。

「……分かった。もういい。持っていくがいい」

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