◎第13話・怪盗の意地

◎第13話・怪盗の意地


 怪盗はカイルが剣を抜いた直後、その構えるまでの一瞬の間を見出し、神速の体さばきで手裏剣を打った。

 しかしその程度でやられてやるカイルではない。直撃必殺の弾道を、されどしっかりと回避して剣を構える。

「なかなか鋭い手裏剣術ですね。しかし勝負をたやすく決められるわけにはいかない」

 言いつつ、カイルは自分がこの一撃を、余裕をもって避けられたことに、自分のことながら軽く驚いていた。

 天性が、【司令】と【主動頭首】がなければ、当たり前のように戦死一直線だっただろう。

「くっ、少しはやれるようね」

「戦いはまだまだこれからだよ。レナスはアヤメさんの守りを、アヤメさんは弓を使って、セシリアさんは僕と一緒に二人で怪盗に攻めかかる!」

「承知いたした!」

 素早く指示を飛ばす。

「指揮命令に慣れている……いや、この程度の役割分担をいま指示するということは、あなたは頭首になってまだ日が浅いようね」

「ご名答。でも僕たちは逃がしはしないよ!」

「私だって、できたばかりの一党に負けるほどボンクラじゃない!」

 怪盗はカイルに激しく斬りかかる。

 彼はその、天性が作用していないと受け切れない水準の短剣の猛攻を、セシリアが要所要所で入れるけん制もあって、次々といなす。

 短剣という間合いの短い武器を、これほど巧みに操るとは、きっと怪盗は天性ばかりに頼ることなく鍛錬をしてきたのだろう。

 そしてそれは、普段の訓練だけではなく、怪盗として続けてきた盗みに付随する、実戦の積み重ねもあるに違いない。

 怪盗として安易に隠密を破られ、戦闘に入るのはどうかとも思うが、それで呆れる余裕はカイルにはなかった。

 その戦いの激しさは、怪盗の短剣とカイルの剣がぶつかり合う火花、そしてお互いの武器さばきの鋭さによって証明される。

 もちろんセシリアも棒立ちではない。湾曲の刃を持つ洋刀――彼女の最も慣れ親しんだ武器が、常に怪盗の喉笛を切り裂かんと繰り出される。

 一進一退の攻防。

 しかし怪盗はやや長期戦に不向きだったようだ。

 数度取り換えられた短剣を取り落とし、体勢を崩してへたり込む。

 手首を押さえている。カイル側の激しい攻撃で痛めたようだ。

「さあ観念しろ怪盗。盗人は必ず裁かれなければならない!」

 怪盗は道具袋から、おそらく煙玉の類を取り出そうとするが、察知したセシリアによって取り押さえられる。

「逃げられると思わないことだな!」

 そのままカイルは、素早くレナスを呼んで、抜けられないような結び方で怪盗に縄をかけてもらう。

 さすがは小器用なレナス、怪盗も縄抜けする気配がない。できないことを悟ったのだろう。

「くっ……一世一代のお宝が……」

「僕たちも必要としているものでね」

 怪盗はなおも言い返す。

「いや、あなたがたは勇者一党には見えない。きっと冒険者でしょう、盗人でもないのにどうして勇者の剣を!」

「いやあ、僕も少しばかり勇者様方のお手伝いをしたいからね」

「冒険者が無償の善行を? 嘘を、たとえあなたが善人だとしても、それに投じるお金だの暇はないはずよ!」

「それがあるんですよ。それを乗り越える動機というものが」

 ひたすら困惑する怪盗を尻目に、カイルはレナスに「他の警備を呼んできて」と指示した。


 その後、怪盗の身柄を当局に引き渡したカイルらは、数日後にネビルに呼ばれた。

「今回は助かった。カイルたちがいなければ、勇者の剣を守ることはかなわなかっただろう。ありがとう」

 ネビルは頭を下げた。

「僕たちは当然のことをしたまでです。……それで、勇者の剣を預からせていただきたいのですが……」

 言うと、ネビルは大きくうなずく。

「もちろんだ。これが勇者の剣だ。念のため聞くけれども、確かに勇者ミレディに引き渡してもらえるんだろうな?」

「はい。確実に引き渡します。僕を信じてください」

 ただの冒険者が持っていてもあまり意味がない代物である。しかしミレディにとっては、自分が勇者であることの象徴となるもの。

 勇者ミレディへの「取引」は成功する。必ず成功させてみせる。

 その意思のもとに、カイルは確約した。

「そうか。それならカイルを信じることにしよう」

 傍らにあった、鞘に納められている剣を取り、カイルに渡す。

「ありがとうございます。これで勇者も体裁が整うはずです」

 彼はあくまでも笑顔でそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る