◎第14話・駄賃をもらおう

◎第14話・駄賃をもらおう


 その後、彼らはいったん連合王国の王都に帰ることにした。

 勇者と交渉しなければならないが、そのためには勇者の現在の居場所を把握する必要がある。

 勇者の本拠地である王都なら、なんらかの情報があるかもしれない、または勇者一党が何かの理由によって本拠に戻っているかもしれない、とカイルは考えた。

 仮にそうでなくとも、カイルのパーティが勇者の剣を手に入れたという情報は、勇者一党にそれほど時間もかからずに伝わるはず。もし伝わったなら、きっと相手のほうからコンタクトを取ろうとするだろう。

 いずれにしても、カイルのパーティがアルトリア帝国に留まり続ける理由はない。彼らの本拠地も王都なのだから。

 行きと同じく、帰りも馬車を使った。

「勇者方との交渉、うまくいくといいね」

 レナスが話を振る。

「まあ、そう心配することでもないと思うよ。強いていえば実力行使で強引に剣を奪う可能性は……いや、それもないな」

 そのことが外部に知れたら、さすがに処罰を免れない。

「念のため実力行使とか盗みには警戒すべきだけど、まあ実際にそうなるおそれは少ないだろうね」

 カイルはにへらと笑う。

「だいたい、手間賃も払わずにただで僕たちのもの、もとい『預かり物』を手に入れようとする方が間違っている。以前話した通りだけど、こういうのは前例もあるしお金もちゃんと払っている。毅然とした態度で臨まないといけないよ」

「そうかなあ」

「そうだよ。少なくともそれが僕たちの正義だ」

「そうかなあ……まあ頭首様の言うとおりにするしかないけどね……」

 レナスは複雑な表情をしていた。


 打ち合わせのため、カイルのパーティは彼の家に集まろうとした。しかし玄関には既にカイルの見知った顔が。

「あ、カイル!」

 彼の顔を見るや否や、憤然と食ってかかってきたのは、あの勇者。

 ミレディの一党がいた。

「ちょっと、どこほっつき歩いていたのよ、剣返しなさいよ」

 勇者は大きな態度で要求する。

 すでにカイルが勇者の剣を手に入れたことを知っていたようだ。

 こういうことには耳が早いなあ。カイルは思った。

「返す? 奪った覚えはないよ」

 彼は無表情、もとい「無の表情」で答える。

「エェ……あんたが勇者の剣を持っていても意味がないでしょ。私への嫌がらせのために持っているんなら、奪ったも同然よ!」

「嫌がらせ? 代わりに取ってきてあげただけだよ。先方もあくまで『預けた』という体裁だったし」

「じゃあ早く返しなさいよ。預かっているだけなんでしょ」

「それは少し虫が良くないかな?」

 カイルはわざとらしく首をかしげる。

「どういうことよ。勇者の剣は勇者のものでしょ」

「それはそうだよ。だけど代わりに取ってきてくれた人には、正当な対価を供するべきだと思うけどな」

 彼女にとってこの返答は予想外だったようで、目を大きく見開いた。

「……あんた、仮にも勇者から金を巻き上げようっての?」

「巻き上げるとは失礼な。実際、代わりに引き渡された冒険者に対価を支払った例はある。勇者様なら当然ご存知ではありませんかね」

 状況はだいぶ違うようだが。

 カイルもそれは知っているが、口に出すほどのことでもなかった。

「う……それは聞いたことがあるけど、でもその時代とは全然経緯が違うじゃない、あんたのは嫌がらせよ!

「勇者様、あなたのご認識では対価を支払った例はあったのですか、なかったのですか、気にすべき点はそこだけで充分ではありませんか?」

 カイルの口車。天性が発動してから、こういうこともよく回るようになったように彼には感じられた。実際、二つの天性は知能的な面も強化するのだろう。

「それは……あったけど、でも」

「それに、いずれにしても無賃での収奪をするのは、万人の模範たる勇者の振る舞いではないと思うけど」

 直後、鋭い金属音がした。

 勇者パーティの一人、マーカスが投げた暗器を、カイルが目にもとまらぬ抜剣で、その柄によって弾いたのだ。

「チイ、カイルのくせに」

 マーカスは悪態をつく。

「やる気? 勇者が、交渉を持ち掛けただけの冒険者を?」

「うぅ……!」

 ミレディは軽率な面があるが、さすがにここで武力に訴えるのはまずい、と自制する頭はあったようだ。

「払うわよ。いくら?」

「勇者様、しかし」

「いい。マーカス、下がって」

 ミレディが大人しく財布を取り出した。

 カイルは計算する。

 勇者一党は基本的に裕福だ。魔王討伐は、富豪なども含めた全人類にとって重要な使命であり、それゆえ連合王国だけでなく各地の有力者からも支援を受けている。

 とはいえ有力者にまで迷惑をかけるのは良くない。現在の勇者の手持ちから最大限引き出せる額は……。

「二千ドラースで頼むよ」

 中規模の商会に勤めるそこそこ経験を積んだ奉公人が、一ヶ月にもらう俸給とだいたい同じである。

 旅人にとってはかなり高額ではあるが、勇者の財布からはかろうじて払えると踏んだ。

「二千……!」

 ミレディの顔色が赤くなったり青くなったりした。

 正直面白い、とカイルは思った。

「もう、わかったわよ、……はい二千、早く勇者の剣を返して!」

「返す? 引き渡す、だよね」

「早く引き渡して!」

「いや、これはすごく大事なことだからさ。じゃあ、はい、勇者の剣」

 ようやく引き渡した。

「言っとくけど、偽物を渡すなんて、ケチなことはしないよ。なんなら旅道具屋での鑑定代ぐらいなら出してもいい」

「もういい。もう邪魔はしないでよね!」

 彼女は憤然として、荒い足取りで去っていった。

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