◎第12話・怪盗捕捉
◎第12話・怪盗捕捉
怪盗の予告した日まで、入念な準備の上で、時間は飛ぶように過ぎた。
そして当日。
「アヤメさんたち、まだかな」
勇者の剣の部屋。その前で、カイルはつぶやく。
ガーネットら容疑のある者は、「怪盗が害を及ぼすかもしれないから」などという理由で、先に帰宅させた。
アヤメは【密偵】持ちとして、学内で準備した他の見張りと共に、容疑のある者たちを、主に家の近くで監視させている。
カイル、レナス、セシリアは、学内の他の戦力と共に件の部屋の前に張り、怪盗の来るのを待ち構えている。
準備は万全であり、あとは成り行きを見守るだけの状況。
――もどかしい。
緊張はずっと続き、結果を待つだけのこの時間は因果の流れに介入できない。ひたすら時の来るまで待機し待ち構えるしかできない。成功するかどうかもわからない、その時を。
カイルは戦争の鉄則で、守勢は有利だと聞いたが、有利不利はともかくとして、放たれた矢が来るのを待つしかないこの状況は、ひたすらにもどかしかった。
「ウズウズしているようだな、カイル殿」
「武者震いってやつかな、カイル君かっこいい!」
「茶化さないでくれよ」
カイルはそう言うと、自分の内心を打ち明けた。
「というわけで、待つしかないこの時間はもどかしいんだ」
「むむ、なるほど」
「気持ちは分かるけどさ、やっぱり待つしかないんだよ」
レナスが諭すように話す。
「計画が上手くいくかどうかが分からないのは、もう仕方がない。だって事前に予知する方法なんかないんだもの。そういう魔道具や天性も聞いたことがないし、ということは、きっとそれは人間の領分じゃないってことだよ」
「人間の……」
「いや、言葉は大げさかもしれないけど、少なくとも今の私たちは、待つしかないよ。自分の計画を信じてさ」
彼女はそう告げると、カイルの頭をなでた。
「よしよし、よく頑張りまちたね。いい子いい子」
さすがにカイルもイラッとする。
「僕を馬鹿にしているのかな」
「ひゃー、こわい、怪盗以上に怖い【主動頭首】のカイル様だ!」
レナスがおどけると、カイルは馬鹿馬鹿しくなって追及をやめた。
「……まあ、おかげで緊張がほぐれたよ、ありがとう」
「どういたしまして!」
彼は改めて伸びをすると、警戒を続けた。
怪盗は普段着から着替えた。
派手な服。怪盗にふさわしい、華麗な盗みを彩る、彼女なりの仕事着。
動きは若干邪魔されるが、それで捕まったことはないのだから、構わない。
それにこの服を着るのは、彼女の心の中にある、仕事の火を点けるための重要なことでもあった。
彼女は家を出る。裏路地や建物の屋根を使って、人に見られないように進む。
見られては、仕事の完成度が激減する。
と、彼女の感覚が自分に注がれる視線を捉えた。
「……むむ!」
彼女は素早く周囲を警戒する。
しかし誰もいない。
「む……」
気のせいだったか。確かに見られたような気がしたのだが。
いや、気のせいだ。
自分の警戒をすり抜けられるのは、なんらかの力で強化された【密偵】ぐらいだろう。ただの【密偵】を察知できない怪盗ではない。
天性として【密偵】自体、そんなに多くないものだし、それを強化するとなれば、かなり限られてくる。たとえば【司令】なら条件を満たすが、学校の内部には【司令】持ちはいないし、広く学外もみても希少である。
というわけで、怪盗は自分の感覚を信じなかった。
やがて、怪盗は国立学校の外壁にたどり着いた。
この学校の外壁は高く造られており、乗り越えるには技術を要する。
カギ縄を魔法の道具袋から取り出し、壁に投げてカギ爪で固定する。
造作もない。怪盗はこれまで何度も、壁登りをこなしてきた。
全ては宝のために。
今回の標的は勇者の剣であり、勇者と交渉でもしない限り換金性はないが、それでも構わない。
たとえ報酬が手に入らなくとも、宝がそこにあれば、怪盗はそれを盗むものである。
自らに課した使命。あるいは信念といってもよい。
怪盗は実に慣れた様子で、壁を乗り越えた。
しかし。
「そこまでだ怪盗、僕たちが相手だ!」
カギ縄をしまった直後、冒険者一党と思われる年若い者たちが立ちふさがった。
怪盗は、やはりカイルたちのマークしていた三人のうち一人だった。
「怪盗ガーネット、大人しく縄につけ!」
カイルが投降を呼びかけるが、ガーネットは道具袋から何かを取り出した。
そしてその何かを、勢いよく投げつける。
「うおっ!」
間一髪で避けると、それは後ろの石壁に弾かれて落ちる。
手裏剣。カイルは見たことはなかったが、風聞を耳にする限り、それは忍者の里で広く使われる投剣だった。
しかしガーネットは忍者の里出身には見えない。おそらく誰に教わるでもなく自力で投剣術を磨いたと思われる。きっとその系統の天性もあり、上級に相当するのだろう。
そこへ、一定の距離を取って監視中だったアヤメが駆けつけた。
「カイル殿、遅れて申し訳ありませぬ」
「気をつけて、この怪盗、上級の戦闘系天性を持っているかもしれない!」
それを聞いて、アヤメが怪盗を「鑑定」する。
「【投剣士上級】、【短剣使い上級】、【格闘家中級】、【密偵】を持っているようですぞ」
「すごいな、上級二つに中級一つ、特殊級位一つか!」
中級でさえそんなに見かけないのに、上級二つまでそろえているという。
間違いなく強敵だ。
しかしカイルのパーティなら勝てる。彼にはその自信があった。【司令】、【主動頭首】という強力な天性を兼ね備えた彼の勘がそう告げている。
なにより、カイルには仲間がいる。仲間の絆は……まだ形成途中にあるのかもしれないが、単純に戦力として、【司令】の底上げ付きの強力な人員である。
だから勝てる。
カイルは隙を見て逃げようとしているガーネットの背後に回り込んだ。
「覚悟しろ怪盗、逃がしはしない!」
彼は、無銘の、しかし丹念に手入れされた剣を抜いた。
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