◎第11話・ミステリーにあらず
◎第11話・ミステリーにあらず
数日後、ネビルに呼び出されたカイル。
「会議で提案が通った。カイルよ、怪盗撃退、できれば捕縛までの助力、よろしく頼む。怪盗の脅威を退けたら勇者の剣を引き渡す」
「ありがとうございます!」
カイルは内心、勇者パーティ時代にネビルと懇意にしていてよかったと痛感した。
まさか、このような形で人脈が役に立つ日が来るとは。
「勇者の剣は確実に勇者に渡してほしいけれど、まあ引き渡した後のことにまで帝国が責任を持つこともあるまい。逆にいえば引き渡し後は全責任をそちらが引き受けてほしい」
「もちろんです」
責任については、当たり前のことであった。国立学校としても、カイルを信頼していないわけではないだろうが、これ以上責任を取らされるのは勘弁願いたいに違いない。
「これで、嫌な言い方をすれば『取引』は成立ですね」
「嫌な言い方だな。まあ事実ではあるけどな。その代わり、怪盗をとっちめるまではしっかり働いてほしい」
「承知しました。全力をもってあたらせていただきます」
「よし。ではよろしく頼む」
ネビルの差し出した手にカイルは握手をし、ここに勇者の剣への足掛かりは成立した。
その後、カイルのパーティは宿屋の一室で会議をする。
「で、どうする、怪盗が忍び込む日まであと十一日だぞ」
セシリアが尋ねる。
しかしカイルは、おそらくはメンバー三人が全く考えていないことを口にした。
「いや、きっと怪盗はもう忍び込んでいる」
「えっ、でも勇者の剣はまだ無事だって話だし、偽物と交換されたわけでもないって、ネビル学年主任が」
「ああ、ごめん、そういう意味じゃない」
レナスの言葉にかぶりを振る。
「僕が言っているのは、怪盗本人が何らかの形で、すでに学内に浸透しているってことだよ。たとえば臨時講師とか、校務員とかの形を取って」
「おお、なるほど。内部の関係者になっているということか」
「そう。……怪盗本人はあくまでも外部で、内部に内通者を作っている可能性もあるけど、ネビルさんからもらった調査資料を見る限り、怪盗は過去にそういう間接的な手段を用いていないみたいだ。本人が浸透しているとみて間違いない」
「では、現時点で怪盗を探し出して捕まえれば、未然に予防できますな!」
アヤメは喜んで答えるも、カイルは否定する。
「予防はできるだろうね。だけど怪盗も馬鹿じゃないはず。こちらがそうしているとくれば、そして勝算がないとなれば、なんやかや理由を付けて予告を取り消して、学校をそのまま離れるだけだよ。そうなったら、僕たちの手柄ということには、おそらくならない」
「我々の行動によって阻止したにもかかわらずか?」
「そう。予防は最善ではあるけど、僕たちのおかげで予防できたかどうかは立証が必要になる。そしてその立証はきっと難しい」
「ということは、結局当日にとっちめるんだね」
「その通り。この十一日間で紛れ込んだ怪盗本人を特定しつつ、泳がせて、勇者の剣奪取という難しいことをしている最中に、その難しさに乗じて捕まえる。これが僕たちにとって最善の手だと思う」
「難しいな。私などは、当日を待たずに阻止したほうが安全だと思うが」
「安全ではある。当日に捕まえるのと違って、時間に余裕があるから、致命的な失敗、つまり勇者の剣を予告通り盗まれるおそれは少ないだろうね。けどそれでは得るものがないんだ」
カイルは傍らの水を飲む。
「なるほど。当日に捕まえるのでないと意味がないのか」
「ないとは言わなくても、僕たちの目的は達成しにくいだろうね」
「ふむ……分かった。私としてはカイル殿の方針に異議はない」
セシリアがうなずくと、他の二人も続いた。
「同じく!」
「それがしも同意です」
「よし、みんなありがとう。当面は怪盗に気取られないようにしつつ、学内で情報収集だ」
カイルは水をぐいっと飲み干した。
怪盗はあくまでも勇者の剣を目的に潜入しているはず。
そして学内の地下室で勇者の剣が発見されたのは、約一年前。
とすると、どんなに怪盗が情報に敏感であったとしても、潜入開始は最も古くて約一年前が限度ということになる。
ここ一年で学校が採用した人物ということになると、結構絞られる。
さらにそこから、勇者の剣について知っていて、過去を何らかの形で偽装していて、怪盗としての手腕をどうにかして隠していると思われる人物を絞り込む必要がある。
なお、勇者の剣が予告日前に盗まれる心配はまずない。怪盗はこれまで予告の日にきっちり合わせて財宝を盗んでいる。
「三人にまで絞り込めたね」
カイルが資料を見ながら言う。
中等部の保健医ガーネット。同じく中等部の二年一組副担任のルビー。高等部の校務員パール。
いずれも女性である。
「ネビルさんからの資料を見る限り、怪盗はこのうち一人で、複数人である可能性はない。たとえば三人が協力して一人を装っているとか、そういう心配は要らないことになるね」
「全員女性……いや確かに怪盗が男性であるという根拠はないけど、これ本当かなあ」
「怪盗が男性である根拠はないんだから、これでいいんだと思うよ。どれも根拠付きで絞り込んだわけだし。ありえない選択肢を弾いていった先に答えがある。たとえそれが一見奇妙なものであっても」
カイルはレナスに対して、若干得意げに説明する。
「それ、吟遊詩人の弾き語りで有名な探偵のことだよね……」
「たとえ作り話だとしても、僕たちは教訓を得ることができる。さて今後のことだけど」
事もなげに続ける。
「これ以上絞り込めないから、怪盗の特定はここまでにする」
「えっ、怪盗を絞り込まないと捕まえられないのではないか?」
セシリアのもっともな疑問。
「いや、できるよ。三人をなるべく一組にして、当日はその組で彼女たちを把握すれば、怪盗が一人に特定できていなくても阻止はできる」
「なるほど。しかしそれでも一人に特定できたほうが、捕まえるのに楽ではありませぬか」
今度はアヤメのもっともな疑問。
「そうだね。だけど予告の日までの時間はあとわずかだ。絞り込みに使うより、捕縛の作戦を準備するのに使ったほうが効率的、というよりそうせざるをえないと思うよ」
「確かに……」
アヤメはうなずくと、口を閉じた。
「さて、どうやって捕まえるかだけど、ネビルさんに事情を話して、学校側にも協力してもらおう」
「ネビル氏は信用できるのか?」
「できるし、するしかない。ネビルさんは勤続十年以上で、怪盗の活動可能な期間と合わない。加えてあの人の学校に対する忠義は格別で、仮に怪盗が内通者を作っていたとしても、少なくともあの人ではない。それはかなりの確率でいえることだと思う」
「そういうものか」
セシリアもうなずく。
「とにかく、学校というかネビルさんに事情を話して、当日は件の三人をなるべくまとめて動かしてもらう。僕たちも三人の監視に加わって、怪盗が行動を起こしたら、その動きを封じて捕らえる。こんな感じでどうかな」
「なるほど。それが最善策のようですな」
アヤメが首肯すると、他の二人も同調する。
「賛成!」
「それが一番現実的な策のようだな」
同意を得たカイル。
正直なところ、頭首として作戦を提案し、皆をまとめる仕事というのは、彼にとってあまり経験のないことではあった。まさに天性ではなく言葉通りの意味としての「司令」である。
しかし経験が浅いから……とも言っていられない。軍師的な人間がメンバーにいれば、その人物に頼るのでもよいのだろうが、このメンバーにそれは期待できない。
まさに頭首の「主動」にかかっているのだろう。
自分がしっかりしなければ。彼は頭首としての責任をひしひしと感じる。
勇者ミレディも、この責任の重さを感じていたのだろうか。
彼はそう思って、しかしその考えを打ち消した。
「よし、じゃあこの方針でネビルさんに掛け合うよ。国立学校に行くから準備しよう」
彼は外套を身にまとった。
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