◎第05話・戦いに向いている
◎第05話・戦いに向いている
仕合の当日がやってきた。
観覧場所は見物客でごった返している。あの中に直接の当事者ではないレナスもいるはずだ。
どうやら冒険者ギルドが集客に張り切っていたようだ。カイルは負けた場合の恥を考える……でもなく、賞金がたんまりもらえるであろうことに、一瞬だが思わず口の端が動いた。
しかし皮算用はいけない。気を取り直して、彼は持参した木剣を握る。
一方、セシリアは。
「長柄は有利だからな。念のため」
穂先を丸めた短槍を持っていた。
槍。セシリアの天性は【槍使い】系統なのだろうか?
いや、とカイルは心の中で首を振る。
長柄は有利だからな、というセシリアの言い方に注目するなら、彼女は槍以外にも複数の武器を使えて、その中から槍を選んできた、というように思える。
つまり彼女の天性は、武器に関して万能の、【武芸者】系統なのではないか、と予測が立つ。
もちろん、【武芸者】ではなく、武器使いの天性を複数持っている可能性もある。しかしカイルの研ぎ澄まされた直感に従う限り、天性は一つで、武器に関して万能のものであるように思えた。根拠はないが、底上げされた勘がそう告げている。
となれば。
――他に武器を隠し持ってるおそれがあるか。
彼は素早く彼女を観察する。
と、彼女はその警戒心に気づいたのか。
「おっと、他の武器は隠し持っていない。天地神明にかけて誓う」
「むむ」
「そのような真似をするほど、私は卑怯ではない。見くびってもらっては困る」
その表情は真剣そのもの。何かをごまかしているようには見えない。
「分かりました。大変失礼をいたしました」
彼は頭を下げる。
「さて」
と、それまで黙っていた、ギルドから派遣された立会人が口を出す。
「勝負は一対一。武器は非殺傷性であれば自由。勝敗は先に急所を突いたほうの勝ち。可能であれば寸止めで行う。勝負の条件はこれでよいですかな」
「同意します」
「同意する」
二人はうなずいた。
「では双方、棒を置いてある位置につきなさい」
二人とも、定位置に立つ。
あまたの戦いを経験してきたカイルだったが、【司令】と【主動頭首】が発動している状態の戦いは初めてだ。
それに、【武芸者】、中級程度の万能の天性持ちを相手にするのも、地味に今回が初めてである。
しかし、それでも勝つしかない。
せっかく手が届きかけているのに、ここで仲間候補を逃すわけにはいかない!
「よろしい。では――勝負、始め!」
カイルは一気に集中し、大地を蹴り、勢いよく攻撃を仕掛けた。
電光石火のはじめの一撃は、しかしセシリアにすんでのところで防がれる。
「なっ!」
「ぐぐっ!」
驚いた様子を見せたのは、一撃を仕掛けたカイルだけではない。セシリアもまた、カイル、もとい【司令】と【主動頭首】がいかに強力な天性かを思い知ったのだろう。
「カイル殿の天性のうち武術系は【剣客】だけだったはず……それがここまでになるとは」
「いまの僕の一撃が防がれるとは思いませんでしたよ」
先手必勝、最高の時機に、最高の太刀筋で入れたはずだった。
きっとセシリアは、中級相当の【武芸者】天性のみに頼らず、日頃から鍛錬をしてきたのだろう。武術系上級の天性持ちには及ばないまでも、その修業がいかに苛酷だったかはうかがい知れる。
もっとも、それでもカイルの一撃目を防げたのは運の要素もあったようだ。
彼が上級の天性【剣聖】に勝るとも劣らないような撃ち込みをし続けているうちに、徐々に状況は傾いていった。
木が削れて粉が飛ぶ。間合いを取ったり、急速に距離を詰めて打ちかかったり。
一見互角に見えるが、見る者が見れば、セシリアの手首がしびれ、力が徐々に弱まっていたり、彼女の額に大粒の汗が出ていたりしてることが見て取れるはずだ。武器だけで見れば長柄のセシリアが有利のはずだが、完全にカイルがそれを力と技で覆している。
そして彼女の変化は、最も間近で見ているカイルにも把握できた。
「せいっ!」
彼女が焦って繰り出した、大振りの一撃。
その隙を、彼は見逃さない。
「そこだ!」
あやまたず彼女の首元で、木剣が止まる。
「そこまで! 勝負あった、カイル殿の勝利!」
勝負に見入っていた観衆は、戦いの終わりとともに歓声を上げた。
セシリアは素直に頭を下げた。
「いや、素晴らしい。まさに私の完敗だった」
とはいえ、カイルが勝ったのは日頃の鍛錬というより、強力な複数の天性に頼ってのことだったから、彼は彼で少しばかり後ろめたさを感じた。
しかし、約束は約束である。
「で、仲間になっていただけると」
「無論だ。仲間の指輪を所望する。カイル殿の強さは、私を大きく超えるものだった。その行く末を見てみたい。これは私の、希望的観測に近い直感だが、きっと貴殿は大きなことを成し遂げる」
「むむ……僕はただ勇者一党を追い出されただけの半端者ですよ」
謙遜。しかもカイル自身もこれが謙遜であると自覚している。
そもそも全ての力を底上げする天性というだけでも強力なのに、それが実質二つも備わっているのだ。大きな成果を、例えば四大魔道具の獲得を目指すに決して不足はないだろう。
実際、カイルはその天性であっさりとセシリアに勝利した。このまま経験を積んで、剣術の腕と天性の双方を少しずつ成長させられれば、いつか大きな何かを成し遂げられる。
それが天性に恵まれただけだと罵る人間がいたとしても、成し遂げられるもののほうがきっと大きい。
カイルは天性を駆使して、大きな業績を目指す。
そして勇者パーティを追い出されたのは、不名誉ではあっても、好転の可能性がある転機であった。いまのカイルはそう思っている。
ともあれ、【司令】としても、またパーティの強化という観点からも、ある程度の粒である仲間は、野生動物が徒党を組まない人数程度には必要だ。
「改めて自己紹介しよう。私はセシリア。天性は【武芸者】だ。天性こそ中級で……【武神】ではないが、鍛錬で日夜鍛えている。主に荒事で役に立てるつもりでいる。これからよろしく頼む」
「こちらこそ、頼れる仲間が来てうれしいです。はい、仲間の指輪」
セシリアは指輪をつけると、その感触に驚いたように。
「これが【司令】の効果か。身体だけでなくて、世界の見え方が変わった気がする」
「僕も初めはそう思ったものです。だんだん馴染んできますよ」
かくして、カイルは二人目の仲間として、戦いに向いているセシリアを一党に加えた。
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