◎第04話・試合の予兆

◎第04話・試合の予兆


 女性にケガはなかったようだ。

「大丈夫でしたか」

「ああ、すまない、恩に着る」

 鎧姿の女性は、一礼する。

「その出で立ち、冒険者とみえますが、いかがですか」

「その通り。私の入るべき冒険者一党を探している。私には単独活動の才能はない」

 これはまたとない好機。

「なるほど。単独ではなかなか大変でしょう。現にさっきもゴロツキに絡まれていましたし、もし助けに入らなかったら、正直なところ勝敗も見えませんでした」

 少しだけ意地悪い言い方をする。

 しかし女性は素直にうなずく。

「たしかに、貴殿らが来なかったらどうなっていたか分からなかったな。それが分かる貴殿もなかなかだな」

「いえ、大したことではありません。それより」

 彼は慎重に話を切り出す。

「単独では色々不便もあるでしょうから、僕たちの一党に入りませんか?」

 目的の一打。彼は手に軽く汗をかきながら言う。

「君たちの仲間か……そうだな……」

 もとより、すんなりとはいかないものではあるだろう。

 そして、その推測は的中する。

「私と一対一で武術の仕合をして、君たちが勝ったら仲間になろう」

 交換条件。

「え、でも、あなたはカイル君に助けてもらいましたよね。恩を受けて、さらに追加の条件を提示――もごもご」

 レナスの不満は途中でさえぎられた。さえぎったのはもちろんカイル。

 その程度で済むなら、わざわざ異を唱えて相手の気分を害するほどでもない。

「何か言ったかな」

「いやあ何も。しかし武術の仕合ですか」

 彼は冷静に分析する。

 彼女は先ほどのいざこざでは戦っていない。ゆえに、彼は直に彼女の武術の腕を見たわけではない。

 その上で量るが、結論からいうと、油断さえしなければ勝てる、というものであった。

 彼女は確かに、戦いでもない所作の一つ一つに、高度に熟練した気配を感じさせる。しかしそれでも、カイルは自分の【司令】と【主動頭首】による強化でこれを超えられると判断した。

「いいでしょう。あなたを仲間にするためなら、お受けします」

「おお、私も強そうな人間と会えてうれしいぞ」

 鎧姿の女性が微笑む。

「ちなみに、お名前とか天性とかは」

「私はセシリア。天性は……秘密だ」

「天性を教えていただけないのは残念ですが、まあ、それなら仕方がない」

「カイル殿も秘匿して構わないぞ」

「いや……これは言ったほうがいいですね」

 決して公平な精神からではない。明かしたほうが、相手の動揺を誘えると考えたからだ。

「僕はカイル。天性は【司令】、【主動頭首】、【剣客】です」

「私はレナス。天性は【剣客】、【生存技術者初級】、【罠解除師初級】、【料理人初級】です」

 言うと、セシリアは驚く。

「【司令】と【主動頭首】か……まれな天性だな。しかしそうだとすると、あのゴロツキどもをあっさり片付けたのも説明がつく。ゴロツキどももそれなりの強さだったはずだが、その二つの天性を持っているとなると、あいつらが五人ぐらいいても余裕だっただろうな」

「お褒めに預かり光栄です。ところで一騎討ちの日程とか場所とか、打ち合わせに入りましょう。もちろん、企画屋や冒険者ギルドにかけあうのも一つの選択ですが」

「おお、そうだな。そうしよう」

 セシリアはうなずいた。


 結局、冒険者ギルドの関与と審判のもと、大々的に観衆を集めて一騎討ちを行うこととなった。

「カイル君、人を集めて行う必要はなかったんじゃあ……。カイル君が負けたら少なからず笑い者になっちゃうし、セシリアさんが負けても、それはそれでなんか可哀想だよ」

 対し、カイルは答える。

「僕が負けて恥をかいても、もともと僕の風評なんか底値だよ。なんせ勇者一党を追い出されたんだから。そしてセシリアさんも似たようなものだよ。ゴロツキ相手にあわや好き放題されるところだったんだから」

「でも……」

「それに、金策は大事だよ」

 彼の得意顔に、レナスは交渉を思い出し、頭を抱える。

「確か、勝ったほうが賞金をもらえるんだっけ」

「そう。観戦券を冒険者ギルドは売って、ギルドの取り分を差っ引いた分は勝った側が総取りする。ギルドのゴードンさんと話した通りだ」

「まさか仲間だけじゃなくて、金策までするつもりだったなんて……てっきりセシリアさんを乗り気にするための条件だとばかり。しかもカイル君が勝たないと意味が無いし」

「そう。僕が勝たないと意味がない。だけど僕には失うものがないのも事実だ。たとえばレナスを賭けて勝負するわけではないからね」

「そう……かなあ?」

「そうだよ。失うものがないなら、思い切って高い条件を付けるのも一策だ。それに」

 カイルは続ける。

「【司令】と【主動頭首】でいくぶん感覚が良くなった僕の見立てでは、勝てる」

 セシリアは、おそらく中級ほどの戦闘系の天性を持っている。それが何であるかは分からないものの、カイルの持っている天性、【司令】と【主動頭首】ならばそれを上回れるという確信が、彼にはあった。

 特に【剣客】を活かし、木剣を得物として勝負に出れば、勝算は充分。

「セシリアさんが他に強力な天性を持っている可能性は?」

「十中八九、ない。それほど顕著な天性なら、僕の観察で見つかるはずだ」

「【鑑定士】でもないのに?」

「それでもだよ。現に中級相当の天性には気づけたんだから」

「むむ……」

 レナスはひとしきりうなった後、ため息を吐いた。

「一つだけ。無理はしないでね。カイル君は私の大事な頭首なんだから」

「もちろん。僕としても大怪我とかを負うつもりはないよ」

「大丈夫かなあ」

 鮮烈な夕焼けの空を、カラスがのんきに飛び回っていた。

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