第21話

倉庫の中は、いるのかいらないのか分からない物で溢れかえっている。

ハサミの出し入れぐらいでしか立ち入らないので、裕作自身もこの雑然とした空間の中に何があるのか、ほとんど把握していなかった。

そんな雑然の一番奥の棚の右上の端っこが縁切りハサミの定位置だ。

父は身長185cmの大柄だったので楽に出し入れしていたのだろうが、平均身長程度の裕作は背伸びをしてやっと手が届く高さだった。

置き場所を変えちゃえば楽なんだよな、と思いながらも何となく父が使っていた時のままにしておきたくて、裕作はいつものように背伸びをしてハサミの入った木箱を手探りで棚に戻す。



しかし、あ、と思った時には既に木箱を奥まで押し込んでしまっていた。

その場でジャンプしてみたけれど、木箱は見えない上に足元がギシッと不気味な呻き声を上げたので、ため息を吐きながらも大人しく脚立を持ってくることにした。

脚立に登ると簡単に木箱に手が届いた。

次回取り出す時に背伸びだけで届くように木箱を棚のギリギリ手前の位置に置くと、祐作は物珍しそうに棚の上を眺めた。



ハサミの木箱の左隣に辞書ぐらいの厚みのファイルが置かれている。

何だろう、と手に取りファイルの表紙を開くと、古い紙とインクの匂い鼻をかすめた。

黄色く変色しかけているものの、A4サイズの紙の上の方には「契約書」の文字がはっきりと読み取れる。

契約年月は父が生まれる前の日付になっていて、どうやら祖父の代の契約書のようだった。

父から話には聞いていたものの本当に何十年も前からこうして縁切りが行われてきたのだと、裕作は古びた紙切れに初めて現実を感じた。

裕作の祖父母は裕作が生まれた時には既に他界していたので、祖父に会ったことは無かった。

叶うならば一度くらい会って話をしてみたい。

議題は縁切り屋の歴史とこれから。

俺に語れることは何もなさそうだけど。

裕作は契約書を一枚一枚慎重にめくった。

油断すると変色しかけた契約書と一緒に縁切り屋の歴史もボロボロと崩れて無くなってしまいそうだった。



裕作は祖父母だけに限らず、父以外の血縁者に会ったことがない。

元々身体が丈夫でなかった母は、裕作が生まれてすぐに亡くなってしまったそうだ。

母の話を進んでしたがらない父を見る度に、自分が生まれたせいで母が死んでしまったのだと子どもながらに罪悪感に押しつぶされそうになった。

母がどんな人だったのか知りたい気持ちは少なからずあったけれど、たった一人で育ててくれた父に対する感謝の方が大きく、父に悲しい記憶を思い出させてまでしつこく詮索しようとは思わなかった。



ただの古びた紙切れの束を自分の家族に触れるように丁寧にめくっていく。

しばらくめくっていくと段々と紙の黄色が薄くなり、ある所で契約書の形式が変わっていた。

おそらく祖父から父に代替わりしたタイミングで父が契約書の形式を変更したのだろう。

日付を見ると裕作が生まれて間もない頃だった。

続けてページをめくった時、ちゃんとファイリングされていなかった紙がはらりと何枚か落ちてしまった。

裕作は紙を拾いあげてファイルに挟むと、元の位置にファイルを戻して背骨を引っ張るように伸びをしながら一階に降りていった。

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